唐紅に
2
センセと先輩の会話は、端々に棘があって胃に悪い。
けど、俺の繊細な神経をキリキリと刺激するのは、この応酬が聞こえてないのかと訊きたくなる反応を示す外野も同じだった。
いや。実際に聞こえてないのかも。センセや先輩がちょっと動くだけで、抑えてはいるものの、はしゃいだ歓声が人垣から上がる。
「佐々木先生こっち見て!」
「班長、今日も可愛いー」
「バカじゃない!? 西尾様は格好良いんだって!」
……何だコレ。
あちこちから聞こえる言葉に俺は自分の耳を疑った。
見たことないけど、芸能人を間近で見たファンってこんな感じ? と思わせる嬌声。学校でこうしたシチュエーションに遭遇するとは、今まで想像したことなかったからビックリだ。
同時に俺に対する言葉だろう、「何あいつ」とか「ずるい」とか、非難めいた声も聞こえた。これに至っては本気で意味が解らない。ずるい。って、この胃に優しくない環境が羨ましいなら、喜んで代わってあげたいです。
まぁ憧れだかなんだか知らないけど、センセ達に対する好意はハッキリしている。俺は勝手に、外野をセンセ達のファンだと納得した。
どこの世界にも人の耳目を集め易いタイプはいるもんだ。センセ達はきっと、周りが放っておかない典型的な“人気者”なんだろうね。
それにしても、
「みんなオカシイって…」
密着するセンセに気付かれないよう顔を背けて呟く。
皆の神経はどうなっているんだろう。
俺にはそこまで集中してないけど、傍の二人にはさっきから痛いくらいの熱視線が注がれている。
それだけが原因ではないと言え、同じ場に居るだけで俺は気分が悪くなりかけていた。なのに、当人達は慣れているのか口論に夢中で気付いていないのか、周囲なんか全く意識していない。その図太さも驚きだけど、それ以上に、ゴツいのから小さいのまで多種多様な男達が、同じ男をどこかうっとりと眺める様は不気味で仕方なかった。
……まあ確かに二人とも、鑑賞したくなるくらいに麗しいお顔立ちをしてるけど。
理一さんも今日は何だかおかしかったし、この学園にいたら誰もが変人になりそうな気がした。
エリート校の実態は、変人の巣窟?
うわ、有り得そうで怖い。
「出入り口で固まるな。迷惑になるだろ」
軽くトリップしていた俺は、ガヤを抜けて明瞭に通る声に我に返った。
「げ、」
隣でセンセがらしからぬ呻きを洩らす。
視線を辿ると、一定の距離を開けて俺たちを取り囲んでいたギャラリーが、一箇所から凄い勢いで割れていた。
「え、何事?」
ちょっとない光景に、何度目かのビックリ。この異界は未知の体験のオンパレードだ。
「来た」
センセを睨むのを止めた先輩が、ポケットから出した棒付き飴を口に含みながら呟いた。
「来たって…?」
「あれ。何かよけーなのも着いて来てっけど」
ズザザと音を立てて割れてゆく人海の真ん中を、悠然と歩く二人連れを指差す。
ひとりは前髪をチョンマゲにした金髪。もうひとりは妙に存在感のある黒髪。二人とも背が高そうだった。
「うおおマジできょんちゃんがいる! って、ニッシーも!?」
「珍しい組み合わせだなオイ」
能天気な声を辺りに響かせて、彼らはモーゼよろしく、真っ直ぐ此方へと向かって来た。
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