side:和緋
◇
「お、戻ってきた」
一足先に御園と喜多川が戻ってから数分後、楓と橘も帰ってきた。
「…?何か橘くん顔赤くない?大丈夫?」
「だだ、大丈夫です連夜さん!お気になさらず!」
俺も克海と同じ事を思ったが、橘は首をブンブンと横に振った。
おい、ちぎれるぞ。
「北条楓、そろそろだ。行くぞ」
「ああ」
「何だ日比野貴様。また楓を攫う気か」
日比野と鳳に続いて行こうとする楓の後ろから、吉原が膨れっ面で投げ掛ける。
そろそろって…何だ?
何か始まんのか?
「へっ。てめーらのお姫様は今俺様のモンなんだよ」
「はあ!?」
「えええっ!か、楓ちゃんどういう事なんですか!?まさか会長に掘られ…っ」
「――てねえよボケ」
鼻息を荒くして楓の肩をがくがくと揺らす雅が一瞬にして床に沈んだ。
すげえ速さのボディブローだったぞ今の。
「う、羨ましい…!」
横で興奮気味に呟くレタスは無視だ。
つーか、さ…
「痛って…あにすんだコラ!」
「下らねえこと抜かすてめえが悪いんだよ」
「ほんっと可愛くねーな」
「有り難いな」
妙にこの2人、仲良くないか。
いや、確かに一見すると喧嘩ばっかりだし超仲が悪いように見えるが、何となく…お互いに気を許している気がする。
要するに地なんだよな、2人共。
喧嘩する程仲が良いってやつかよ。
「…はいはい。そこまでにして下さいね、お2人共。さっさと行きますよ」
ガンたれあう2人の間に鳳が入り込み、そのまま引っ張っていった。
穏やかに笑ってはいたが、あれはどう見ても怒っていたな。
「楓さんと会長…なーんか怪しない?」
「……何言ってんだ岬」
「あ、怪しいって…何、椎名くん…」
ぽつりと洩らした椎名に、周りの奴らがぎくり、と肩を揺らす。
恐る恐るといった風に柚が聞き返すと、岬は目を据わらせた。
「決もうとるやないの…あの2人…デキとるんや…!」
聞き耳を立てていたであろう、ほぼ全員の顔に陰が差したのは言うまでもない。
「か、勝手なことを言うものではないぞ椎名」
「よ、吉原くんの言う通りですよ?そんな…まさか楓ちゃんが会長に…ねえ?」
「そうそう!かえちゃんに相応しい下僕はウチ以外にいないしね!」
レタスの言い分はよく分からねえが、確かにあの楓と日比野なんかがデキてる訳がない。
とは言っても、みんな動揺している辺り最近の2人のやり取りを見て"有り得るかもしれない"と思っているのだろう。
まあ正直、俺も疑っているけどよ。
(………)
ちら、と斜め前にいる男を見遣る。
ここにいる中で恐らく最も楓に惚れている男はさしも気にした様子もなくグラスを傾けていた。
「…なんでえ、もっと慌てるかと思ったぜ。克海」
「……慌てる?何でさ」
「………」
全く動じていない…という訳じゃないのは、克海が静かに置いた空のグラスにヒビが入っているのを見て分かった。
相当キているらしい。
「ねえねえ、何か北条と日比野様ってちょっとイイ感じだと思わない?」
「僕もそう思う〜悪そうな雰囲気するよね」
「でも葉月様と並んでるのも上品な感じで良いかも」
楓たちを見ながら色めき立つ奴らの会話に、思わず不快そうに眉を顰る。
ついこの間まで楓を毛嫌いしていやがったくせに、よくもぬけぬけと言えるもんだ。
ムカつく。
楓が良いのは見た目だけじゃねえ。
中身の方がよっぽど格好良いだろうが。
ああ、本当に
「「――…気に入らねえ」」
ぴったりと口が揃った事にもさほど驚かずに、俺と克海は互いに素知らぬふりをした。
『待たせたな。たった今、留学組が到着したようだ。本当はあと1人いるが、もうすぐ来る』
拓馬さんがマイクを通すと、会場全体がざわめきだした。
皆の視線は拓馬さんの背後にいる2人の人物へ向けられ、楓や日比野たちもそのすぐ傍らにいるらしい。
『――藤城の皆様。今宵は私達の為にこのような宴を催して頂いたにも拘わらず長らくお待たせさせてしまい、大変なご迷惑をおかけしたこと心よりお詫び申し上げます』
やがて1人の奴が黒マントを外しながらマイクを受け取り、謝罪を口にした。
力強くて、よく通る声…まるで役者のようだ。
つーかすげえ流暢な日本語な上、長い。
そして言葉が堅い。
「キャアアアアア!!!アル様!!」
「ますます素敵になられて…!だめ…カッコよすぎ…」
ぼんやりと眺めていると、一部の連中が騒ぎ出した。
中にはよろめく奴もいるくらいだ。
「ああ、あの人ですか」
「知ってんのか雅」
「ええまあ、中等部の時にクラスメートでしたから。確かお父さんが外国の方らしいですよ」
「ふうん」
随分と美形さんになりましたねー、と呑気に言う雅に俺は気のない返事をした。
成る程、ハーフってやつか。
『お久しぶりです皆様。織原・アルフォンス・クラークです』
効果音でいうと、キラッだな。
「…悪い奴ではないと思うがどこかイラッとくるな。あやつ…」
「奇遇だな吉原。俺もだ」
よく見れば日比野も眉間にシワを寄せていた。
分かりやすいなーあいつ。
「はい、セイイチロウ」
織原が同じ黒マントを被ったもう一人にマイクを渡すと、そいつはこくり、と頷いた。
「…っ!」
「…克海?」
前に出て、そいつが顔を晒したの同時に、隣から引き攣ったような声が聞こえた。
克海は俺の呼び掛けにも答えず、その横顔は驚きに満ちている。
「――…的場清一郎です」
覚えている人は少ないと思いますが、と苦笑しているのを見て、チワワ系の奴らが蕩けたように頬を染め上げた。
的場と言った男は少し長めの黒髪を襟足だけ残して纏め、黒縁メガネをしている。
見るからに知的そうな容姿だが、それよりも印象的なのはその濁った瞳だ。
(……嫌な瞳をしていやがる)
「なあ克海。あいつって……っ!」
横にいる克海に話しかけようと顔を向けたが、言葉に詰まった。
普段は笑顔で繕っている克海が俺でさえ肌にピリピリと当たるような殺気を放っている。
まるで仇敵でも見るかのような鋭い目つきは的場を射抜いていた。
(こいつ…)
『僕は中等部3年に上がるのと同じくらいに、留学しました。久しぶりに戻ってすごく嬉しいです』
極上の笑顔を浮かべると、間近でそれを見た奴がきゃあっと女のような甲高い声を上げる。
毎度の事だが、どこから出ているんだよその声は。
『――さて、もう1人については到着次第、追い追い紹介しよう』
拓馬さんが的場から再度マイクを受け取った。
『来週から試験があるのは皆も知っているね?彼らもそれを皆と一緒に受ける為に帰校した。そして――』
そこで一旦言葉を切り、後ろにいた楓の肩を引き寄せて前に出させた。
『この北条楓とその試験で勝負をする事になっている』
「っ!!」
会場中の生徒が一斉に驚きに目を見開いた。
楓が日比野たちに連れて行かれたのはこれが理由だったのか。
『生徒会はもとより、君たちにも深く関わることだ。応援してあげてくれ』
少し引っ掛かる言い方だが、やがて会場は拍手で溢れ返る。
「北条…」
「なに心配そうな顔してんのさ沙都里。あの心臓が鋼で出来てるような北条が負ける訳ないでしょ」
「不本意だが同意見だなちびっ子」
「あんま身長変わらないでしょ吉原!!」
ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めた吉原と御園に、俺は口元を緩めた。
確かに…頭脳勝負だろうが体力勝負だろうが、楓なら負けない気がする。
バァン!
和やかな空気は突如荒々しく放たれた扉によって一瞬で崩れ去った。
「あっ!あいつさっきの…!」
扉に佇む黒マントを身につけた謎の人物を見て御園が指を差し、声を張り上げる。
「――遅くなって申し訳アリマセーン!!」
「テオ!こちらで皆様にちゃんと挨拶しなさい!」
「も〜アル達が僕を置いていったんじゃないデスかー」
他の2人に比べて外国訛りのある男は口を尖らせながら俺たちの目の前を通っていく――かと思えば、喜多川の後ろに隠れる御園に振り返り、投げキッスをした。
「また会ったね、カワイコちゃんっ」
「っ!」
ぞわっと全身に鳥肌が立ったのは俺だけじゃないはずだ。
「何、あいつと知り合いなのか?」
「まさか!さっき廊下でお尻触ってきたセクハラ野郎だよ!」
「尻とか…どこの親父だよ」
まあ見た目だけは美少女に見えなくもないからな。
なんて呑気に考えていると、続けて御園が爆弾を投下した。
「それだけじゃないよ!あいつ、北条にキスしたんだからね!」
ピキン、と音を立てて周囲が氷点下まで温度が下がった気がする。
「「「「何だと!?」」」」
「「「あ゛あ!?」」」
「ひっ…」
ほぼ同時。
ちなみにチンピラのような声を出したのは俺と克海と吉原だった。
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
あまりに息の合った俺たちに、御園は涙目で怯えながら喜多川を盾にした。
「………ブッ殺す」
幸い御園には俺の後ろでぼそり、と克海が洩らした言葉までは聞こえていないだろう。
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