side:藤 「じゃあ先に行ってるぞ」 「…ぁあ。じゃあな」 楓の前髪を掻き上げ、その額にキスをすると、俺の行動に驚いたのか、瞬きを繰り返した。 愛おしむように笑って髪をわしゃわしゃと撫でる。 「…頼むから無理するなよ、楓」 「…ガキ扱いすんなよバカ……じゃあな、藤」 ぐしゃぐしゃになった髪を直しながら楓は俺に背を向け、走って行った。 その小さな背中を見送る。 (我ながら情けねぇなぁ…) 『怪我は俺自身が弱いせいだ!てめぇ等のせいじゃねぇ!俺はてめぇ等が好きで傍にいるんだよ!!』 保健室へ近付いて聞こえた声、アレは紛れも無く楓の声。 あの楓がこんな大声を出すほど感情的になるとは思わなかった。 楓は昔とは比べられないくらいに感情が出てきている。 それを引き出しているのは俺じゃなく……アイツ等だ。 (…あー情けねぇ…あんなガキ共に嫉妬するなんてよ…) 離したくねぇな、そんなガキっぽい事を考えていた。 『………………藤。大丈夫だ…俺はお前から離れないから…ずっと、ここにいるから…』 そんな俺の心情を知ってか知らずか、楓が囁いてきた時………いい歳したオッサンが不覚にもトキメいちまったよ。 「…俺もベタ惚れだな……」 『お待たせーー!!!皆さんお待ちかねの3年競技だよーーー!!!!』 ――ワァァアァアアア!!! グラウンドの方で歓声が聞こえる。 どうやら3年競技が始まるようだ。 (そろそろ戻るか…) 誰も居ない廊下を歩く俺のあしどりは…軽くなっていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |