勝負。
武side
「いいかぁ、先に相手から10点とった方が勝ちだ」
「10点、ね…」
なんかよく分からんが椿と会長が卓球で勝負することになった。
まぁ浴衣で卓球ってのは温泉の醍醐味だが…
ばかだな、あの会長。
椿相手にスポーツ勝負とは。
「おい俺が勝ったら雫から離れろよ」
離れるも何も、成川が椿に引っ付いてんだろうが。
椿を見ると、シラけ顔で会長を見据えている。
…あの顔はマズイかもしれない。
「そうか。じゃあ、俺が勝ったらお前は何をしてくれんだ?」
「ハッ。一つだけ言うこと聞いてやるよ。まぁ俺が負けるなんざ有り得ねぇがな」
よほど自信があるのか、会長はほくそ笑む。
それを見て椿の目つきが変わった。
目を細め、僅かに口元を緩めたその顔は何度か見ている俺ですらドキリとするくらいに妖艶に見える。
「…っ」
面と向かってそれを見た会長の動きが止まった。
それを気にもかけず、椿が卓球のラケットを構える。
「後悔、するなよ…」
ぁあ…スイッチ入っちまったか…
◇
「はい。終了〜」
「――っ!!てめぇ…!」
始まって10分もせずに、椿が会長から5点を奪った。
まぁ予想はしてたが随分と呆気なかったな。
会長の後ろにある壁に刻まれた玉の跡が、椿の力を物語っている。
つーかあれコンクリだよな?
どうやったらピンポン玉でコンクリにヒビを入れられる訳?
「あ?何?負け犬が何か文句あんのか?負け犬は負け犬らしく地べたにしゃがみ込んで尻尾振れよ」
「しっぽ…!?な、ナメてん」
「おいおい、犬は人語を話さねぇぞ?しゃべりたきゃワンワン言えよホラ。あ、俺は人間だから犬語分かんねぇけどな」
完全にスイッチの入った椿は負けた会長にノンストップでまくし立てている。
会長はもちろん、成川や副会長まで呆気に取られた表情で2人を見ていた。
唯一、二階堂先輩だけは面白いオモチャを見つけたような笑みを椿に向けている。
(やっぱりこの人…何かありそうだな)
「どうした?山田くん」
「……何でもねーです」
「ふーん?」
俺の視線に気付いた二階堂先輩が不思議そうな顔で俺を見遣る。
できるだけ自然に目を逸らしたが、目の端で二階堂先輩がクスリと笑ったのが分かった。
「負けは負けだ。さっそく俺の言うこと聞いてもらおうか」
ニヤリ、とあくどい顔を浮かべながらゆっくりと会長へ近付いていく。
「な、なんだよ…」
もう少しで顔が当たりそうなほど近くまでくると、椿の手が会長の肩を掴む。
ぎくりと身体を固まらせた会長を横目に、椿は耳元へ唇を寄せた。
………何してんだ椿の奴。
「えろ…」
よく聞いていなければ分からないほど小さく、成川が呟いた。
おい、『えろ…』って何だ成川!
お前は王道転入生ってやつなんだろ。
椿の話だと王道転入生はノーマルなハズだぞ。
「!!お、前…」
「分かったな?」
俺たちからは椿が何をしたのか分からないが、会長の反応を見る限り、何かを囁いたのだろう。
…嫌な予感。
椿がああいう顔をする時は決まってろくな事を考えていないんだ。
と、そんな事を思っていると、椿が俺の方を見てニタリと笑った。
よく見ると小さく親指を立てている。
………不幸を運ぶフィンガーだな。
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