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先憂後楽ブルース
喧嘩するほど仲がいい


この時クロエが何をしようとしたのか、したかったのかは結局わからなかった。なぜならクロエが顔を近づけてきたと同時に部屋の扉が開き、ダヴィットが姿を見せたからだ。後ろにはいつものようにジローさんが立っている。俺は変な誤解を受けないように慌ててクロエを突き飛ばした。


「…何をしていた」

ダヴィットの顔が怖い。頭からツノがはえてきそうだ。

「別に、なにも」

俺は平静を装って答えるが、もちろんダヴィットは騙されなかった。ずかずかと足を踏みならして部屋に入ってくる。

「嘘をつくな! いま2人でひっついていただろう。何をしていた!」

「だから何もしてないってば」

いちおう嘘はついてない。あえて言うならば顔を手で思いっきりはさまれただけだ。

「ダヴィットこそ、何でここにいるんだよ。忙しいんじゃないのか?」

逆ギレじみたことを言った俺にダヴィットはむっとした表情を返してくる。多忙を理由に俺を置いていったんだ。これぐらい言わせてくれ。

「リーヤがクロエを勝手に解放したりするからだ。私の臣下からすぐに連絡がきたぞ。一体どういうつもりなんだ」

「どういうつもりもなにも、ダヴィットにクロエを捕まえる権利なんてないだろ! 何でそんな──わっ」

ダヴィットと激しい口論になっていた俺は、いきなり腕をまわされクロエに抱き込まれた。

「レジスタンスのことが片づいたんなら、もうここに用はねえ。帰るぞ」

「え、ちょっ…」

そのままずるずると俺を引きずっていくクロエ。そうはさせじと、困惑する俺の腕をダヴィットが両手でキッチリつかんだ。

「待て、クロエ。リーヤは置いてお前だけ帰れ」

「は? 寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。何でそんなこと」

「リーヤは今夜、私と夏夜祭に行く。お前は邪魔だ」

その一言にクロエの足が止まり、彼は俺を締め付けていた腕の拘束をといてダヴィットに詰め寄る。この位置からじゃクロエの表情は見えないが怒っているのだけはわかった。

「悪いけどな、バカ王子。リーヤはお、れ、と! 祭りに行くんだ。お前の出る幕じゃない。そこの青二才と大人しくしてろ」

そこの青二才、とはジローさんのことだ。彼はうろたえながらも言い争いを続けるクロエとダヴィットを止めようとしていた。完全に無視されているようだが。ああ、出来ることなら俺はジローさんと一緒に祭りに行きたいな。

「寝ぼけたことを言ってるのはそっちだ。なんならジローは貴様にくれてやる。だがリーヤは駄目だぞ。私のだからな」

「誰がテメェのだっての! アイツは俺の舎弟だ!」

この2人さっきからぐたぐだぐたぐだ、くだらないことばかり。これでもし仮に彼らが女の子なら、俺ってモテモテと浮かれることも出来たかもしれないが、相手は自分より体格も威勢もいい男2人。気分は憂鬱。俺は癒やしを求めて、困惑顔のジローさんに近づいた。

「…リーヤ様、僕、殿下に売られてしまいました」

そうつぶやいて悲しげにうなだれるジローさん。一瞬なんのことだと顔をしかめたが、すぐに先ほどのダヴィットの貴様にくれてやる発言のことだと気がついた。

「気にしないでくださいジローさん。ダヴィットは勢いでああ言ってるだけですよ。それにもし、本当に売られても大丈夫」

「…どうしてですか?」

きょとんとするジローさんに向かって、俺は半分冗談半分本気で言った。

「俺が、ジローさんを買いますから!」

「…………………………あ、ありがとうございます」

俺は拳をつくりながら、何か言いたげな様子のジローさんに笑顔を見せる。彼もそれに合わせてやや引きつった笑みを返してくれた。

ああ、いいなぁジローさん。俺の護衛になってくんないかなあ。
もし俺に人としての常識と理性がなければ、アウトサイダーの権利を使ってダヴィットから盗ってしまっていたかもしれない。……うん、ちょっと危険思想。

俺が人格破綻者みたいなことを考えてるうちにも、クロエとダヴィットの口げんかは続いていた。コイツら、なかなか面倒だぞ。

「リーヤ様、お願いです! あの方達を止めて下さい。僕にはとても…」

半泣きになりながら俺に頭を下げるジローさん。暴力や争い事が嫌いな彼のことだから、この無意味な諍いに耐えられないんだろう。

「よおし、任せろ! 俺が2人を止めてみせる!」

ジローさんのために意気揚々と、俺は耳をふさぎたくなるような2人のやり取りに介入した。

「おい2人とも! とりあえず落ち着け、くだらない喧嘩はやめろ!」

俺の一声で、一応クロエ達の金切り声は止んだ。だが彼らは邪魔するな、とばかりに俺をにらみつけてくる。もしかしてコイツら、俺をダシにして喧嘩したいだけなんじゃないだろうな。

「いいか、よく聞け。俺は夏夜祭にはいかない。だからもうそのよくわかんない喧嘩やめてくれ」

「ちょ、お前行かないってどういうことだよ! 約束しただろうが!」

真っ先に怒りを露わにしたのはクロエだ。無理もない。けれど俺は、どうしてもクロエと祭りに行くわけにはいかなかった。

「クロエには悪いと思ってる。せっかく誘ってくれたのに行けなくてゴメンな。でも俺、ハリエットにあんな事しといてクロエと祭りを楽しむ気にはなれないよ。それにクロエの誘いを断ってまで、ダヴィットと行く気はない」

きっぱり断言した俺に、何も言おうとしないクロエとダヴィット。大人しくなった2人に満足した俺は息を吐いて、彼らの視線を感じながらも元いた場所に戻り椅子に座った。




「…お前のせいだぞ」

やっと大人しくなると思った矢先、ダヴィットがクロエを睨みつけながらそんなことを言った。

「あぁ? どういう意味だコラ」

険悪なムード漂わせガンをとばしあう不良と王子。あれ、ヤバいなコレ。なんか様子がおかしい。

「言葉のままだ。リーヤが祭りに行きたがらない詳しい理由は知らんが、どうせお前が何か余計なことをしたんだろう? ダラー・ジュニア」

「俺は何もしてねえよ。つーか途中で割り込んできたくせに知ったような口きいてんじゃねえ」

「お前こそ少しは口を慎んだらどうだ。それからクロエ、私を軽々しく見下ろすな。不愉快だ」

「仕方ねえだろ! お前の方がチビなんだから。だいたいリーヤがお前と祭りに行く予定なんか元々ないんだよ。めでたい奴め」

あきれる俺とジローさんを差し置いて論争を続ける血気盛んな2人。せっかくこれで大人しくなると思ったのに、むしろ逆効果だったようだ。

「リーヤ様、どちらへ?」

ため息と共に立ち上がった俺を見て、ジローさん慌てて声をかけてきた。彼には悪いが、もう奴らの不毛なやり取りにはうんざりだ。

「ジーンとこに帰る」

「え! そんな、ちょっと待って下さいっ」

出口に向かう俺をジローさんは必死で引き止めようとするが、俺にはもう彼らの喧嘩を諫める気はない。

「ごめんなさいジローさん。でもあの2人、言っても聞いてくれなさそうだし」

「で、ですが…」

「大丈夫! ほら、よく言うでしょう。喧嘩するほど仲がいいって」

「…はあ」

あの子供みたいな低レベルな喧嘩、おそらく血を見る事態にはならないだろう。確かにクロエは本気で怒っているようだが、ダヴィットは少々あの口げんかを楽しんでる節がある。あくまで俺の予想だが。

不安げなジローさんの肩をポンと叩いた俺は、1人部屋を出る。ドアの前にいた兵士さんに帰るための車の手配を頼むと、すぐに用意出来ると言ってくれた。俺が部屋の外で待つ間、ずっと中からクロエ達の激しい罵りあいとジローさんの嘆く声が聞こえていた。














その日の夜、俺はダヴィットの制止も無視してジーンの家へ戻り、薄い毛布にくるまりながらハンモックに揺られていた。あの後すぐ兵士さんに用意してもらった車にクロエを無理矢理のせ、この家に逃げ帰ってきたのだ。
正直、祭りには行きたかった。でもこうすることが1番だ。それは自分が決めたこと。
俺達の帰りを待ちわびていた皆にレジスタンスの件を伝えると、一部を除いてほっとした表情を浮かべていた。エクトルには悪いが、国に認められた奇妙な公正レジスタンスはこれからも続くらしい。

ついさっき確認した時計の針は8時を指していた。まだ就寝には早い時間だが、ジーンとエクトルはさっさと部屋にこもってしまった。おそらくジーンはレポート制作、エクトルは祭に誘われるのが嫌で退散したってとこだろう。…クロエも多分、部屋だ。彼はかなり怒っている様子で、帰る時もろくに口をきいてもらえなかった。もう一度謝りたかったが、俺の部屋には近づくなと何度も言い聞かせられている。また明日にでも頭を下げようと、俺は電気を消して早々に就寝準備をしたってわけだ。

でもこうして、暗闇の中1人横になっていると考え事も多くなる。まだ早い時間帯のせいか一向に眠りにつけない。先ほどから、俺の頭の中を占めるのはクロエのことばかりだった。くそ、ハリエットがあんなこと言うから変に意識してしまう。クロエが俺を好きだなんて、そんな馬鹿な。まず理由がない。そもそもアイツはホモなのか? 考えれば考えるほどありえない気がしてきた。でも意味をわかってて夏夜祭に誘うってことは、やっぱりそういうことなんだろうか。

と、そこまで考えた時、急にリビングのドアが開き、誰かがずかずかと無遠慮に侵入してきた。そして俺が反応する前に毛布を奪われ、突然現れた侵入者の顔が見えた。

「クロエっ…!?」

目の前にいたのはやけに硬い表情のクロエで、寝そべる俺を感情のよめない目で見下ろしている。

「なに、どうしたの?」

「……来い」

一言命令するようにつぶやくと、戸惑う俺をいきなり持ち上げた。

「わああっ、何すんだよ!」

俺が抵抗してもおかまいなし。クロエは暴れる俺をなんなく担いだまま、ハンモックだけが虚しく揺れる部屋を出ていった。


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あきゅろす。
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