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神様とその子供たち
予言者


その日の夜、俺は自分のベッドに入ることなく、ゼロをなでながらイチ様を待っていた。しばらくして寝室に入ってきた彼に僕はさっそくお礼を言った。

「イチ様、今日はありがとうございました。あんな素敵なコンサートに呼んでいただいて。とても素晴らしかったです」

「そうか」

イチ様が返したのはその言葉だけだったが、話しかけられるのが嫌だというわけではないことはわかっていた。センリの言うとおりなら、喜びをもっとストレートに伝えてもやり過ぎにはならないはずだ。

「僕、ここに雇ってもらえて本当に良かったです。ゼロも可愛いし、イチ様も、他の方達にもとてもよくしていただいてますので」

「ああ」

「いつもしていただいてばかりで申し訳ないので…イチ様に恩返しがしたいです。何か、僕にでもできることはありませんか」

「それは……」

イチ様は僕を見ながら考えているようだった。特に何も思い付かないのか僕の申し出に困っているのがわかる。困らせたか、と撤回しようか迷っているとイチ様がゼロを僕から受け取り、抱き上げながら口を開いた。

「……たまに、ピアノを弾いてくれ。私とゼロに」

「はい! いつでも!」

その気になれば僕のピアノよりずっと上手い演奏者を呼べるはずだが、せっかくのイチ様のお願いだ。僕が笑顔で答えるとイチ様もわかりづらい笑顔を見せてくれた。だんだんと彼の喜怒哀楽がわかるようになってきた。

「あの、僕はもうこのままお休みさせてもらおうと思うのですが……」

「ああ」

「自分のベッドにいると、いつもイチ様に運んでいただくことになるので……よければ、最初からこちらで寝かせていただこうかと思うのですが、よろしいでしょうか」

「……ははっ」

厚かましい申し出かと思ったが、イチ様が今度ははっきりと笑った。「もちろん」と答えた彼に促され横になると、ゼロも隣に潜り込んできた。
ゼロを抱き締め目を閉じ、うとうとしていた頃にイチ様もベッドに入ってきた。そして当然のように抱き締められて、眠気が一瞬でふっ飛んだ。今までは抱き上げられたついでだったが、イチ様にとって僕を抱き枕にするのは普通の事らしい。少し気恥ずかしいものの、逃げるわけにもいかず目を閉じていると、いつも通りすぐに眠りにつくことができた。



それから数日後、この屋敷に客人がやってきた。僕も一度会ったことのある相手で、そのせいなのか何なのか、僕もゼロと共に同席を求められ、センリやイチ様と並んで客人を待っていた。


「よーう兄貴! 元気してたか〜〜」

客間に現れたのはイチ様の弟のナナだ。彼はイチ様の肩を抱きこれでもかというくらいベタベタ触っている。イチ様は人形のようにされるがままになっていた。
彼には一度、真崎といた時に偶然会って話したことがある。向こうが僕の事を覚えているかはわからないが、何故かここに僕も呼ばれたことを考えると何かあるのかもしれない。

「センリ〜相変わらず美人だな。俺の好みじゃないけど。何か困ったことねえか? この無口、相手すんの大変だろ」

「お気遣いありがとうございます」

馴れ馴れしく触れてくるナナに、センリも余所行きの笑顔を振り撒いて対応する。ナナは人狼達から神と崇められるロウの10人の子供の一人で、イチ様と並び称される英雄でもある。見た目は父親のロウとそっくりだが、とても気さくで優しい人という印象だ。

「おチビも変わらずちっちゃいままだな。前んときから全然成長してねぇじゃん」

僕が抱いているゼロの頭を触ろうとしてすぐに拒否される。ゼロがあまりに唸るので諦めて手を引っ込めた。彼は頭を下げる僕の事を一瞥するも特に何も言ってはこない。そのままイチ様の真向かいに腰を下ろし、あぐらをかいた。

「てか客が来てんのにここは茶菓子の一つも出ねぇの? チョコレート食べたい」

「ナナ様、イチ様にはない時間を無理やり作ってもらっています。どうか手短に…」

「はいはい、わかってるって。今日はただ雑談しにきたわけじゃねぇからな」

ナナは大きな耳をピンと立ててこちらを見る。ゼロを見ているのかと思ったが、僕とばっちり目があった。

「あれが雇った人間か。よく親父が許したな」

「……」

「悪い悪い、あの人が許すわけねぇよな。勝手に雇ったんだろ〜兄貴もついに反抗期かぁ?」

「ナナ様、早く本題を」

けらけら笑って雑談をするナナをセンリが笑顔で急かす。僕の方はナナにじっと見られてハラハラしていた。

「最近、親父ここに来てねぇだろ。まさか勝手に人間雇ったせいかな〜、とか思ってねぇだろうなお前ら」

「……?」

「あーあー、これだから仕事しかやらねぇ男は。親父はここんとこずっと、ロクの兄貴の方に通ってんだよ」

「ロクに何かあったのか」

この部屋に入って初めてイチ様が声を出した。ロクというのは恐らくイチ様の弟で、ロウの六番目の子供の事だ。

「その辺は自分で会って確かめてこい。俺はロクからイチの兄貴には何も言うな〜って口止めされてんだよ。忙しい兄上には時間をとらせたくないとか何とか、うるせーのなんの」

「センリ」

「はい。午後の予定はすべてキャンセルさせてもらいます。すぐに六群に向かう準備をいたします」

あれよあれよという間にイチ様とセンリが立ち上がり部屋を出ていく。僕はナナと気まずい雰囲気のまま部屋に残されてしまった。

「えっと、それでは……僕も失礼いたします」

「待てよ人間」

「え」

僕を呼び止めたナナは俺を見て笑みを浮かべる。以前、真崎がナナには気を付けろと言っていた事をこのタイミングで思い出し、やや警戒しながらも振り向いた。

「お前、前に俺と会ったことあるだろ。話があるから、ちょっと残れ」


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あきゅろす。
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