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神様とその子供たち
004


彼女が歌っていた時間は一時間程だっただろうか。本当はもっと長かったかもしれないが、体感時間はそれくらいに思えた。伴奏のピアノも素晴らしく、こんな風に演奏できたらきっとゼロやイチ様ももっと喜んでくれるだろうと思った。

彼女のステージは盛大な拍手で終わり、ここにいた人狼全員が笑顔で皆とても楽しんだ様子だった。ゼロも僕のピアノには一緒になって吠えたりする時もあるのに、今日は大人しくしている。歌が素晴らしかったおかげなのか、吠えては駄目だといういいつけをいい子に守ったのか。

公演後、イチ様は僕に残るように伝えた。ホールには僕とゼロにセンリ、そしてたくさんの警備員だけが残ってていた。しばらくもしないうちに彼女が現れ、イチ様の前でお辞儀をした。

「イチ様、お招きいただき光栄でした。私の歌を聴いてくださった事、心から感謝申し上げます」

近くで見ると彼女はとても若く、少女といってもいいくらいの年齢に見えた。僕とそれほど変わらないかもしれない。イチ様は彼女に笑顔で答えると僕を紹介した。

「ミライ、彼は君と同じ人間のカナタだ。ゼロの世話係を頼んでいる」

「はじめまして」

宮木未来は僕を見ると、溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。すっかり彼女のファンになっていた僕はやや興奮気味に話しかけた。

「あの、とても素晴らしかったです。感動しました」

「ありがとう。そう言っていただけて嬉しいです」

感動を半分も伝えきれないままだったが、言葉を交わすだけで精一杯だった。僕に続いてセンリも持ち前の愛想の良さで彼女を賛辞した。その間も常に近い場所で警備員が立っていて、宮木未来が何かしでかさないように警戒しているのがわかった。人間とはいえ招待された客とは思えない扱いだが、彼女は何も気にしていない。むしろイチ様を見上げる小さな瞳は光り輝いて、至福の時を過ごしているかのようだった。

僕はセンリに促されゼロと共に先にホールを出た。センリが言うにはイチ様は彼女を出口まで見送るらしい。僕の隣を歩いている間、センリはいつもの調子で話し始めた。

「どうです? 気分転換になりました?」

「はい。僕、彼女のファンになりました」

「それは何より。ミライさんも、こんなに大勢の人狼の前で歌うのははじめてだったでしょうから緊張していたと思います。が、それをまったく感じさせない堂々とした歌声でしたね。成功して本当に良かった」

センリはほっとしたように僕にそう言う。うとうとし始めたゼロを抱っこしながら彼に訊ねた。

「人狼は、人間の歌はあまり聴かないものなんですか」

「ええ。こういってはなんですが、彼女の歌がどれほど優れていても、普通の人狼は耳に入れることすらしないでしょう。人間の歌など聴く価値もないと思っている者は多いですから。人狼にも良い歌手はたくさんいますしね」

あんなに素晴らしい歌だったのに、それはもったいない話だ。イチ様は自分の屋敷にまで招待するほど彼女を気に入っているというのに。

「イチ様が宮木未来を気にかけているのは、ご自身が彼女を歌手として見出だしたからです」

僕の思考を察したらしいセンリが説明してくれる。その答えに首をかしげた。

「イチ様はそういうお仕事もされてるんですか?」

「いえ、そういうわけではなく……。彼女、元々は下級市民なんですよ」

「??」

ますますよくわからないという顔の僕に、彼は話を続ける。

「下級市民は、群れのリーダーの許可が出た時のみ上級市民になれます。しかしどのリーダーもまずそんなことはしません。ですがイチ様は下級市民にもまともな教育を受けさせ、その中で才能がある者は一貴の権限で位を上げています。宮木未来もそういう人間の一人でした。今はコードも上級市民のものに変えられ、人間としては裕福な暮らしを送っています」

イチ様を見る彼女の目が崇拝に近かったのはそのためか。納得がいった僕の横でセンリは己の主の素晴らしさを語り続ける。

「イチ様が宮木未来の歌を聴いたと広まれば、必ず彼女は人気の歌手になります。今日のは彼女のための公演でもあったんです。もちろん、人間の歌手を呼んでカナタさんに喜んでもらおうという狙いもありましたが」

「僕?」

「ええ。あなたの元気がないことをずっと気にされていましたから。まさか彼女の名前も知らないとは思いませんでしたけど」

「す、すみません……」

せっかくイチ様が僕を喜ばせようとしてくれたのに、知らなかったのは申し訳ない。けれどコンサートは十分に楽しむことができた。

「……イチ様はどうして、そこまで人間に優しくしてくださるんでしょうか」

「あの方にとって人の痛みは、自分の痛みなんです」

「それって……もしかしてセンリさんと同じようにイチ様には人の心がよくわかるということですか」

「えっ? いえいえ単にそのままの意味ですよ。誰かが苦しむ姿を見てられない優しい方なんです。だからカナタさんが落ち込んでいるとイチ様が心配するので、あなたはいつでも元気でいてくださいね」

「………」

泣いている僕を優しくなぐさめてくれたイチ様の体温を思い出す。元気なふりはいくらでもできるが、きっとイチ様はそれを望んではいないだろう。迷惑をかけたくないと黙っているより、全部吐き出してしまった方が喜んでくれるのかもしれない。


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あきゅろす。
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