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神様とその子供たち
添い寝


その次の日、ハレが僕のいるゼロの部屋に頭を下げに来た。どこか冷たい印象だった顔立ちは消え、しょんぼりと項垂れている。心なしか頭の耳が垂れているようにも見え、失礼ながら可愛らしいとまで思ってしまった。僕はゼロをケージに入れて、彼の話を聞いた。

「本当に、本当に悪かった。突然あんな酷いことをした挙げ句、そっちも悪いと言わんばかりの態度をとった。男としてあまりに未熟で、最低の行為だった」

あろうことか土下座までしようとするハレを慌てて止める。人狼の事情を知ったとはいえ普通ならば簡単に許せることではないのだろうが、自分でも驚くほど怒りはなかった。どちらかというと恥ずかしいという気持ちが大きい。

「もういいんです。頭をあげてください」

「いや、こんな謝罪じゃ俺の気持ちがおさまらない。イチ様にも報告せず、なかったことにするなんて……」

聞けばハレは自ら雇い主にに自分がやったことを報告するつもりだったらしい。それをセンリに止められ、こうしてはるばる僕の元へやってきたそうだ。

「心配しなくても、僕はセンリさんに無理強いされてハレさんを許したりしていません。ハレさんがここを辞めることは僕の望む事ではありませんから、どうかセンリさんの言う通りにして下さい」

なかなか義理堅い性格だったらしいハレを説得するのは大変だった。こんな男が僕の貧相な裸なんかで強姦魔になるところだったのだと思うと、人狼男子の苦労が切実に伝わってくる。
相手が頷いたのでようやく僕の意思が伝わったかと思ったら、彼は真剣な顔で話を続けた。

「なら俺の事はこれから、ハレと呼び捨てにして欲しい。敬語もいらない。俺を許してくれたお前は恩人も同じだ。敬語なんか使われたら居心地が悪すぎる」

「いやでもそれは、ハレさんは年上で先輩ですから」

「四歳なんか、人狼にとっては年の差にならない。ここでの経験なんかたった一年しか変わらないんだ。しかも、カナタの方がよっぽど重要な仕事を任されてる」

「でも元々、僕は人間でハレさんは人狼ですよ。身分差がありすぎます」

ここでは皆が優しいので忘れそうになるが、本来人間は人狼に気安く口を利けるような立場ではないのだ。上級市民といえどもそれは同じ。ここに来て日は浅いが、真崎の話やネットから得た情報でそれは嫌というほどわかっていた。

「人狼と人間だからというのは、身分の差にはならない。そんなことをいう輩は、少なくともここにはいねぇよ」

むっとしながらそんなことを言う彼の言葉に、ようやくセンリがハレなら僕と仲良くなれると言った理由がわかった気がした。そもそもここの人狼は皆とても優しいのだ。ハレだけが冷たいわけがない。

「……わかった。敬語を使うのはやめる。これからハレって呼んでもいい?」

「ああ! もちろん。よろしくな」

そう言って俺の肩を抱くハレに思わず身構えてしまう。昨日のようなことにはならないとわかっていても、あの事件の事を完全に忘れることができない。

「あ、悪い。いきなり触ったりしたら怖いよな」

「いや、それは大丈夫…」

怖いというよりは意識してしまうといった方が正しい。正直、あの出来事は女性とつきあったことがない僕には刺激が強すぎた。

「つーか、お前が壁作ってんのなんか元々俺が冷たくしたのが原因だよな。悪かったよ。あん時は余裕がなくて…いや結局理性もたなかったんだから意味ねぇな」

「でも、僕が得体の知れない人間だったのは事実だし、気にしないで」

「そんなことねえよ。センリ様が面接して通したんだから、カナタの人間性は疑ってなかった。なのに自分の意思が弱すぎて……あ、今はもう大丈夫だからな! カナタを見るたびセンリ様に殴打された痛みがすぐ甦るから……」

青い顔をしてそんなことを言うハレにそれは本当に大丈夫なのかと不安になったが、これでもう突然襲われることはなさそうなので良かった。

「でもハレは格好いいし、そのうちすぐ彼女かできるんじゃ……」

「はあ?」

今の今まで笑顔だったのに、突然目を見開いてキレた顔つきになる彼にビビる。ハレはため息をついて部屋の椅子にどかっと座ると男らしく胡座をかいた。

「いいよなぁ人間の男は。女が選り取りみどりでさ。俺なんかまだ無理だよ。身体もできてねーから、弱すぎて相手にもならないし」

「え……弱いとか強いとか、彼女作るのに関係あるの?」

「あったり前だろ!! 強くなきゃ女も守れねぇし、そもそもモテない!」

確かに強い男はモテるのかもしれないが、それよりも学歴とか見た目とか優しさとか他にも色々あるのではないか。しかしハレの力説を見るに、人狼の世界では強さこそすべてなのだろうか。

「毎年群れの中で最強の男を決めるトーナメントがある。その優勝者にはどっと縁談の話が来るんだぜ」

「それってあの、円陣格闘っていう格闘技のことだよね」

その一群の優勝者であるアガタには昨日会ったが、僕が女性だとしても絶対に結婚したくない相手だ。それでも強ければ人気があるのだろうか。

「アガタさんには会ったことあるよ。確かに強そうだったけど、正直怖い印象しかないな……」

「あー、あいつね。あれはマジで強いだけのサイコ野郎だから。でも強いからすげぇモテる。あんなんでも女には優しいし」

「そうなの?」

「そりゃ女に優しくするのは男の義務だぜ。ただアガタはずーっと頂点とってるけど、女と結婚する気はないみたいだな」

「へぇ、なんでだろ…」

「女に優しくすんの疲れるからじゃねぇの。それにあの男、センリ様に惚れてるし」

「え!!? そ、それはないと思うけどなぁ」

「何でだよ。センリ様すごいモテるんだぞ。まあ主に男にだけど」

そういえば昨日女扱いされるのが嫌だと言っていた。僕からすればセンリは男にしか見えないのだが、身体の大きな男の人狼にとっては違うのだろうか。

「でもアガタさん、センリさんにすごい攻撃的だったような」

「ばかやろう、何のためにアガタがここに通ってると思ってんだよ。ロウ様に会いたいだけなら、入り口で見張ってりゃいいだろ」

「じゃあ、センリさんに会いに来てるの? そんなことセンリさん言ってなかったけど」

「アガタのことは徹底的にさけられてるから気づいてないのかも。それに純粋に好きっていうか……自分のものにしたいだけだろうからな」

ハレにそう言われてもいまひとつ納得できない。本当に好きなら優しく接するものではないだろうか。

「アガタは男にはすぐ手出してすぐ捨ててる男だから、カナタも気を付けろよ。……俺が言えた義理じゃないけど」

最後自虐的に締めくくったハレの耳がたれたのでつい撫でてしまう。まずいことをしてしまったかと思ったが、ハレは嫌がらずに撫でられていた。後ろの方でゼロがキャンキャンと吠えまくっている。

「あ、そういえばこの前ハレの妹さん見たよ。綺麗な子だね」

「妹? 誰?」

「誰って…ハクアさんって、ハレの妹じゃないの?」

「あ、ハクアか。妹いっぱいいるからさ」

「そんなに妹いるの?」

「まあな。2つ上の兄のレツと、双子の妹ハル、すぐ下にハクア、その下に6歳になる双子のユリとマリがいる。6人兄弟だ」

「すごい大家族だね。いいなぁ」

「まあ兄貴は家出てて、ハクアとはあんま話さないようにしてるし、ハルとは喧嘩ばっかりだからなぁ。ユリとマリは可愛いけど……まあ、仲悪くはねえか」

兄弟がたくさんいるのは羨ましい。しかも妹が四人もいるなんて、僕も妹が欲しかった。

「カナタは、ここでは俺のこと兄だと思ってくれていいからな。俺、前から弟が欲しかったんだよなぁ」

そういって俺の頭を撫でるハレに笑顔になりつつも、僕は本当の兄のことを思い出していた。ここでは一人っ子の設定だが、本当は兄が二人いる。こちらの家族のことを彼が一切きいてこないのは、きっと僕の事情を知っているのだろう。事故で亡くなったというのは僕の家族ではない。けれど家族ともう一度会える可能性があるのかどうかもわからない今、僕は変わらず孤独のままだった。


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