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神様とその子供たち
002


朝目が覚めるたび絶望する。これはすべて悪い夢で、目が覚めたらいつもの部屋で家族に会えると期待してしまう。寝ているときは嫌なことを忘れられるがその分、目が覚めた時のショックが大きい。だから夜がいつも嫌いだった。

ハレから家族のことを聞いて里心がついてしまったせいか、その日の夜は特につらかった。なかなか寝付けず、イチ様が夜遅く部屋に戻ってきていた時まだ起きたままだった。しかし起き上がって挨拶することもできず、そのまま頭から掛け布団を被っていた。イチ様が寝静まってからも僕はまだ眠れず、もう会えないかもしれない家族のことを思っていた。自然と涙が出てきて鼻をすすっていると、突然肩に重みを感じた。

「カナタ」

「イ、イチさま……!?」

声ですぐにイチ様が肩に手を置いているのがわかった。慌てて起き上がるも酷い泣き顔を見せるわけにはいかず、すぐに顔をシーツで隠した。

「大丈夫か」

「は、はい。大丈夫です。すみません起こしてしまって…」

震える鼻声で答えることしかできずいたたまれない。暗闇の中、心配そうにこちらを見るイチ様に申し訳なかった。

「今日は、少し、昔のことを思い出してしまって…ごめんなさい。もう大丈夫ですから…」

「今日だけじゃない」

「え……」

「毎晩泣いてるだろう」

「……」

イチ様は気づいていた。それがわかると言葉がつっかえて何も言えなくなった。声も出していなかったし、布団も頭まで被って気づかれないようにしていたはずだ。

「す、すみません。うるさかったですか」

「私の狼の耳が良すぎるだけだ。気づかれたくないのかと思って今まで何も言わなかったが、もう見て見ぬふりも限界だ」

彼の言う通り、僕は毎晩つらくて悲しくて泣いていた。最初のうちはこの環境や仕事に慣れるのが大変だったが、ここで皆が優しく接してくれて当たり前のように日々がすぎていく中、離れ離れになった家族の事が頭から離れなかった。

「ごめんなさい、こんなに良くしてもらってるのに泣いたりして…。ここでの暮らしがつらいとか、そういうわけじゃないんです。ただ僕が………わっ」

突然ぎゅっと抱きしめられて思わず声をあげて固まる。体格差がありすぎて僕はイチ様の胸の中にすっぽりおさまってしまった。

「わかっている。家族を失うのはつらい。その悲しみは簡単に消えたりしない」

「イチ様……」

「もっと泣いてもいい。ただ一人でつらい思いをしてほしくない。私相手では気を使うかもしれないが、ここにいる間だけでも頼ってくれ」

泣いてもいい、という言葉に僕の涙腺は崩壊した。どうしてイチ様はこんなにも優しいのか。同情しているだけではない。僕を心配して慰めてくれているのだ。

「ああ…うああぁ…」

「ゼロは君を家族だと思っている。私もそのつもりだ。だからもう一人ではない」

涙が溢れて止まらなかった。もう家族に会えないかもしれないという不安が日に日に強くなっていく。ここでの生活が現実味を帯びていくたび、これまでの人生が遠ざかっている。そんなのはダメだ。僕はまだ家族にお礼も言えていない。別れも告げられず突然いなくなった事、どんなに心配しているかと思うと今にも胸が潰れそうだった。こんな思いを家族にさせるために、僕は生まれてきたわけではない。抱えきれない思いを吐き出すように僕は一晩中泣き続けた。




次の日の朝、いつの間にか眠っていたらしい僕はイチ様の腕の中で目が覚めた。僕とイチ様の間に挟まるようにゼロもいる。状況が理解できずパニックになったが、昨晩の一件を思い出し愕然とした。

「な、なんてことを……」

昨日の僕はおかしかったのだ。さもなければあんな醜態をイチ様に晒すはずがない。いくら優しい言葉をかけてもらえたからといって、あんな風に甘えていいわけがない。あまりの恥ずかしさに見悶えていると、イチ様の目がゆっくりと開いた。

「おはよう」

「おっ、おっ、おはようございまっ…」

動揺のあまり噛んでしまった。イチ様は気にする様子もなく半身だけ起こすと気だるそうにしながらも僕に微笑んだ。

「昨日は、申し訳ありませんでした…!」

その場で土下座する僕の脇に手をいれると流れる手つきで無理やり身体を起こされた。

「なぜ謝る」

「イチ様に涙と鼻水まみれの顔をおしつけ、服を汚してしまったので」

しっかりとは覚えていないが、相当まずいことをしてしまったのはわかる。雇い主でありこの国のトップ相手に不敬極まりない。

「問題ない」

「でも…」

「静かに、ゼロが起きてしまう」

僕が自分の手で口を塞ぐと、イチ様がその手をどかして僕の顔に触れる。僕が女子ならこのままキスでもされるのかと勘違いしそうなシチュエーションだ。そして女子でもないのに高鳴っている僕の心臓はいったい何なのか。

「目が腫れている。濡れたタオルを用意させよう」

そう言って僕から手を離す。そういうことかとほっとしながらお礼を言うと、イチ様は立ち上がって出ていってしまった。いくら綺麗だからといって男を前にして意識してしまってどうするのか。

「馬鹿! 僕の馬鹿…!」

自己嫌悪に陥りそのまま枕に顔を埋めて足をばたばたさせる。これ以上イチ様に恥ずかしいところを見せられない。これからは雇い主と従業員という立場を忘れず、迷惑をかけないようにしようと誓った。


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