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神様とその子供たち
007


その後、センリは呆れながらもハレを宥め、頭を冷やせと彼をいったん風呂場から追い出した。僕の方も風邪を引くといけないからと、早くお湯につかるように促される。
言われるがまま中に入ると、中央に綺麗なお湯が溢れんばかりに注がれた大きな湯船があり少し気分が上がった。本当に貸しきりで一人で堪能できたら嬉しかったのだろうが、先程のこともあってのんきに喜ぶことができない。ハレに怪我はなかったのだろうか、なぜ僕にあんなことをしたのか、色々ありすぎて何を気にすればいいのかわからないくらいだ。

かけ湯をして恐る恐る足先からお湯に浸かる。少し熱く感じたものの入れない程ではない。こんな豪華な風呂場が一人で使えるなんて贅沢かもしれない。一瞬いまさっき起きた衝撃の事件を忘れかけそうになった時、背後から声をかけられた。

「湯加減はどうですか」

「えっ、センリさん!?」

振り返ると全裸のセンリが立っていてぎょっとする。まさか彼も一緒に入る気なのだろうか。

「僕がいてはくつろげませんか」

「いえ! そんなことは…」

ばっちり思考を読まれてしまっている。多忙で身体など鍛える暇もなさそうなのに、アスリートのような引き締まった体型だ。そしてしっかりと後ろには狼の尻尾がはえている。こんなに生え際まで見られる機会なんてないので、ついまじまじと見てしまいそうになるが不躾だと思い目をそらした。

「尻尾が気になります?」

「えっ」

「見てもいいんですよ。なんなら触ってみますか」

僕の隣に腰を下ろしたセンリが笑顔でそんなことを言う。どこまでこちらの考えを見抜いているのか。彼相手には何を隠そうとしても無駄な気がする。

「…できれば乾いてる時の方がいいです」

「はい?」

「その方が触り心地よさそうだし……ってごめんなさい! そういう意味じゃないんです」

ならばいったいどういう意味なのか、僕にもよくわからない。てっきり怒らせたかと思ったが、センリは笑っていた。

「ふ、ふふ……」

「センリさん?」

「いえ……っ…すみません…ふふっ」

センリは口を押さえながら身体を震わせる。もしかしてこれは笑いを堪えているのだろうか。彼の素の笑顔を初めて見た気がする。

「すみません、少し面白かったもので」

「……いえ」

センリはいつもの表情に戻り、僕の方に向き直る。自分の貧相な身体が恥ずかしくてなんとなく身体を丸めた。

「実はカナタさんに頼みがあるんです」

「? 僕にできることなら……」

「と、その前に先程のハレ・ミレナのこと本当に申し訳ありませんでした」

「えっ、いやあれは」

センリが謝ることではない、と言おうとして先程の現場を見られていた事が突然恥ずかしくなり口を閉ざす。男に押し倒されたあげく女でもないのに襲われていたなんて、墓場まで持っていって誰にも他言したくないような事だ。

「まさかあんなところで鉢合わせするとは思いませんでした。ハレは庭仕事の手伝いで汗をかいたのでここを使っていたらしいです。ですがこれくらいの事予想できたはずなのに、一人にしてカナタさんに怖い思いをさせてしまい……すみません」

「いや、いやいや! センリさんはまったく悪くないですよ」

僕に頭を下げる彼の姿に思わず狼狽する。まさか人狼である彼が人間の僕にこんなに深々と謝罪するなんて、こんなことが許されるのだろうか。しかも自分とは関係ない事なのに。

「いえ、僕は……というかここの人狼は皆ハレを甘やかしすぎなんです。19なんて僕らにはまだまだ子供だからと……もっと叱っておけば良かったですね」

「いや! もう十分なので!」

あれで甘やかしていたのなら、本気を出して怒ったらどうなるのか。人狼の身体は人間の何倍も丈夫らしいから、多少のことがあっても問題ないのかもしれないが見せられているこっちはハラハラする。

「これが本題なのですが、……ハレの事、どうか許してやってくれませんか。二度とこんなことがないように徹底してあなたを守りますので」

「あ、はい……僕は、怒ってはいませんので……」

あの時の彼は、何かおかしかった。しかしそれと同時に今までで一番優しかったような気さえする。酷いことをされたのは間違いないのに、怒りや恐怖はなかった。

「言い訳にしかなりませんが、若い人狼はすごく不安定なんです。僕らが人間とは違い、女性の恋人を作るのがとても難しいことは知っていますよね」

「……はい」

人狼は寿命の違いから男女の比率に大きな差がある。結婚できる男はとても恵まれているらしい。

「それだけでなく、人間の間ではありふれているポルノ雑誌、映像。そんなものも一切ありません。人狼の女性を夫でない男が性的対象として見ることは許されないからです。無論、人間用のアダルトビデオなども閲覧することは固く禁じられています。人間の女性との性行を誘発することになりますから」

以前、真崎から話を聞いた。人狼と人間の異性が身体の関係を持つことは法律で禁じられている。人間と人狼の血が交わらないようにするためだ。

「でもそうなると、人狼の男の方はかなり苦労されてるんじゃ…」

「そう! そうなんですよ。本物の女がいないどころか、その代わりになるようなものもないんです。油断すればあっという間に人狼界は強姦魔で溢れかえってしまいますよ。……普通ならば」

「ということは、そうならないようにする方法があるんですね?」

「ええ。それはズバリ、“我慢”です」

「はい?」

センリが指を立てながら得意気に言うが、まったく解決法になっていない。我慢できたら誰も苦労しないのではないだろうか。

「家庭によってやり方は様々ですが、忍耐力と精神力を鍛え、いついかなる場合でも自分を見失わず性欲に打ち勝つ訓練をするんです。どんな美女が誘ってこようと、自分の妻でなければ拒絶する。これができなければ一人前の男とはいえません」

「えっ、じゃあセンリさんは、他の皆は全員できるんですか?」

何があっても仏のように女性に接し邪心を捨てる。徹底した禁欲生活だ。そんなことをしてまともに生活できる男がいるのだろうか。

「勿論。現に裸のあなたと二人きりなのに見事に無反応でしょう」

「見せなくていいです」

立ち上がって堂々と構えるセンリに慌てて目をそらす。見た目は繊細そうなのに男らしい性格だ。

「つまり…ハレはまだそれを習得できてなかったという事でしょうか」

「そうみたいですね。カナタさんみたいな子供は細くて小さくて、我々からすれば女にしか見えません。そんなあなたが目の前で服を脱ぎ出して、しかも部屋には二人きり……。もしこれが男女なら誘ってるとしか思えない状況です」

「ぼ、僕ってそんなになよなよしてますか?!」

15歳の設定なのでセンリは子供だなんて言うのだろうが、本当は18歳なのだ。女みたい、だなんて言われる年ではない。
一応男のはしくれとしては、あの時のハレの気持ちがわからないわけではない。しかしそれは相手が可愛い女の子だった場合だ。

「だから……つまりですね、何が言いたいかというと、ハレがやったことを秘密して誰にも言わないでほしいんです。特にイチ様には」

「イチ様に?」

「もしこの件があの方の耳に入れば、ハレを解雇しなければならなくなるかもしれないので」

「え!? ハレさんがですか!? 僕じゃなくて?」

「もちろんハレの方です。ここの責任者としてイチ様は正しい判断をしなければなりません。この件を知っていればの話ですが」

つまり僕が口を閉じていれば、何の問題もなくなるということか。僕も彼がこんなことでやめさせられるのは嫌なので今日の事は忘れるとセンリに告げると、彼はほっとした様子で僕に礼を言った。


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あきゅろす。
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