日がな一日
003※
瀬田に迫ってくる男たちはどうしてこうも話が通じないのか。このままでは嵐志にまで襲われてしまう、と瀬田はようやく己のピンチを認め逃げるという選択肢を取ることにした。
一瞬の隙をついて、嵐志の下から抜けだし制服のズボンに入っていた携帯を取り出す。通話ボタンを押して助けを求めたが、嵐志にひょいと携帯を取り上げられ相手が出てくれる前に呼び出しを止められてしまった。
「……ん? 杵島先輩? こういう時、普通は恋人呼ぶもんじゃないんですか」
瀬田の携帯画面を見ながら不思議そうにしている。助けを呼ぶための携帯を取り上げられて絶望する瀬田。嵐志のいうことはもっともだが、夏目を呼んでこんなところを見られるのは困る。
「浮気したと思われたくない」
椿や孝太ならともかく、嵐志が相手では浮気だと思われる可能性がある。瀬田が佐々木嵐志の熱狂的ファンだということは夏目もよく知っているのだ。
「あ、先輩が俺のファンだからってことですか? 嬉しいです、彼氏公認で俺のファンやってくれてるなんて」
「公認ではないけども」
「マジでお願いします、先輩。俺のファンなら、お願いきいてくれますよね?」
「わっ」
またしても嵐志に背後から押し倒されてどうすればいいかわからなくなる。後ろを再び触られて身体が強ばる。先程までは夏目だと思っていたので喜んで受け入れていたが、今は受け入れられない異物としてしか認識できない。
「駄目、やだ、やめて。お願い佐々木くん」
夏目を裏切りたくない、その一心で嵐志に懇願する。ここで抱かれたら今度こそ夏目に愛想を尽かされてしまうかもしれない。瀬田には余罪がありすぎる。
「先輩、俺のこと煽ってるんですか……? 嫌とか絶対嘘ですよね。だってこんなに……」
「んんっ」
「ここに挿れてほしいって、準備万端なのに」
嵐志の性器があてがわれて慌てて逃げようとしたが、腰をがっちり掴まれて押さえつけられる。先端をぐっと入れられそうになり、力の限り前に進んで嵐志から逃げる。彼は「あんまり焦らさないで下さい」と笑いながら這い出そうともがく瀬田のうなじにキスを落とした。幸い嵐志が手慣れていなかったので、抵抗の甘い瀬田でももがいているだけで犯されずに済んでいた。これが孝太ならとっくに挿れられている、と瀬田の中の冷静な部分が思っていた。
「や、やだ、佐々木く、待って」
「やだやだ言ってる先輩、可愛いですね。他の先輩達が抱きたくなる気持ちわかります」
「本気で、やなんだってばぁ……!」
瀬田が声を荒げた瞬間、部屋の扉の方からガチャリという鍵を開ける音が聞こえ扉が開く。そこには息を切らした救世主が立っていた。
「弘也!!」
「……瀬田ぁ、お前って本当……いや、大丈夫か? もう遅かった?」
全速力で助けにきてくれたらしい弘也に感激のあまり涙目になりながら首を振る。瀬田に露出した下半身を押し付けていた嵐志は驚きのあまり動けないでいるようだった。
「何で……鍵かけてたのに……」
「ったくどいつもこいつも、鍵が一つしかないわけねぇだろうが」
「弘也! 信じてたよ!」
これで助かったと安堵する瀬田に、ぜぇぜぇと肩で息をしながら近づいてくる弘也。ため息をついた嵐志はズボンを履き直しながら、弘也を睨み付けていた。
「どうしてここに杵島先輩が?」
「瀬田からお前とここで話すって聞いてたからな。電話ワン切りされて、かけ直しても出ねーし。そりゃ急いで見に来るだろ」
「?」
そんなことで? と嵐志は不思議そうだったが、これまでの瀬田の被害を考えると妥当ではある。助かった、と心底ほっとしていると、弘也が掃除用具入れから箒を取り出し思い切り嵐志に向かって振り上げた。
「うわっ杵島先輩!?」
「弘也!?」
思わず咄嗟に嵐志を庇ってしまい、弘也の手が止まる。
「どけよ瀬田」
「待って待って、暴力は駄目!」
「お前がされてることも暴力だろうが。アイドルだからとか関係ねぇ。二度と瀬田に近寄れねぇようにここで躾る」
「やめて! 気持ちだけで十分だから!」
その後は嵐志を弘也から守るのに必死だった。瀬田が本当にやめてくださいと土下座して、ようやく弘也が引いてくれた。何故自分が……とは思ったものの刃傷沙汰にならずに済んだことにほっとした。
その後嵐志には子犬のような顔で謝ってもらい、瀬田は制裁したくてうずうずしている弘也の手前許すしかなかった。しかしこれから純粋に嵐志のファンを続けることはできそうになく、ポスターを夏目のために撤去しておいて本当に良かったと思った。嵐志は謝る間ずっと瀬田の手を握っていて、「ほんとに反省してんのか?」と弘也が第二ラウンドを始めそうになったので、そこでも彼を止めなければならなかった。
弘也に慰められながら自分の部屋へと戻る。床の上でしょんぼりしていると隣に座った弘也が背中を撫でてくれた。
「お前ってほんとに変態ホイホイだな」
「変態ホイホイ!?」
慰めてもらえると思っていたのに酷いことを言われる。俺は悪くない、と言いたかったが本当に悪くないかと訊かれると疑問が残る。嵐志のファンとして、嵐志に誤解されるような振る舞いをしてはいなかったと言いきれるのか。落ち込む瀬田に弘也が心配して声をかけてくれる。
「大丈夫か? これからあいつをお前に近づけさせないようにするから。夏目にも言って……」
「駄目駄目駄目! 夏目くんにだけは絶っ対に言わないで」
「まあ、アイツ佐々木を殺しに行きかねないもんな」
それを弘也が言うか、と思ったが確かにそれもある。だが一番の懸念は瀬田の気持ちを疑われることだった。
「夏目くんに知られたら、浮気だって思われるかもしれない。嫌われたくない」
「えっ、いやそこまでは思わねぇだろ。俺もちゃんと証言してやるし」
「……」
瀬田がちゃんと説明すれば、夏目はきっと疑ったりしないだろう。しかし瀬田の方に一ミリも下心がなかったと信じきれるだろうか。大好きなアイドルに迫られて、少しでも嬉しい気持ちはなかっただろうかと夏目が思ってしまっても仕方ない。そんな勘違いは絶対にさせたくなかった。
「俺がちょっとは喜んでるんじゃないのかとか、思われるのが嫌だ。お願い弘也、絶対絶対夏目くんには言わないで」
「……うん、まあ、わかったよ」
「絶対だからね!?」
いまいち信用できない瀬田が何度も何度も念押しする。瀬田は嵐志に襲われそうになったことよりも、夏目に嫌われてしまうかもしれないということが気になっていた。
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