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ストレンジ・デイズ



「大丈夫ですよ香月さん、安心して下さい。私に解決策があります」

理事長の孫、唄子さんは聖母のような笑顔で俺にそういった。

「香月さん、変装とかします?」

「え…」

唄子さんはにこにこしながらポケットから何かを取り出し、静かに机に置いた。

「これは…」

机に置かれたのはメガネだった。しかもやたらフレームの分厚い、かけているだけで鼻が重くなりそうな。

「これをかければ、万事うまくいきます」

理由はよくわからないが、唄子さんがそう言うならそうなんだろう。実際こんな大きなメガネをかければ顔の半分は隠れる。変装にはもってこいだ。

「実は俺、ちょうど変装しようと思ってたんですよ。あ、いや本当はちょっと印象を変えるだけで良かったんですけど。このままの姿じゃ、富里君に気づかれる可能性もありますし」

何回か屋敷の廊下ですれ違ったことしかないから、向こうは覚えてないだろう。だが用心するにこしたことはない。

「これなら別人になれますね。でも、どうしてこんなものをお持ちだったんですか」

「そりゃあ、乙女の必需品ですから」

女性というものは、こんなメガネを持ち歩くものなのか。初めて知った。怜悧様は持ってなかった。

「でもこれ、唄子さんの物ですよね。 お借りしてもいいんですか?」

「もちろん」

こころよくメガネをかしてくれた唄子さんに礼を言ってから、俺はためしにそのレトロなメガネをかけてみた。度は入っていないので視界は良好だ。

「香月さん、ちなみに髪の毛は…?」

「ああ、髪はバッサリ切ってしまおうかと…」

「ダメです!」

唄子さんがいきなり大声を出したので、俺の体は固まってしまった。彼女もしまったと思ったのか、小さく咳払いをした。

「失礼。ですが香月さん、髪というのは顔を隠せる素晴らしいアイテムですよ。切ってしまってはもったいないです」

「…た、確かに」

納得する俺を見て、唄子さんはにっこり微笑む。確かに彼女の言うとおりだ。髪は全部前におろしてしまおう。

「あの、1つ質問してもよろしいですか?」

「どうぞ」

自分の生徒の悪行に悩む理事長に変わって、唄子さんが対応してくれた。

「先ほどゲイの方が多いとおっしゃってましたが、富里君も、その類なのでしょうか…」

もし富里君にそんな噂が広まっていれば、女装の意味はなくなり響介様は男の姿に戻ってしまう。そんなことになったら意味がないのだ。

「いえいえ、富里くんは違いますよ。彼はストレートです」

「そうですか…」

なぜ唄子さんがそんなことまで知っているのかはわからないが、とにかく良かった。それにしても男色の人が多いなんて、俺にとっては暮らしやすい環境だ。俺が彼に思いを伝えることはないだろうが。

「香月さん、私も1つ訊いていいでしょうか」

「はい、なんでしょう」

今度は唄子さんが俺に尋ねてくる。

「響介君は、富里君を惚れさせるために女装している、というのが表向きの理由…響介君はそう思っていると聞きました」

「その通りです」

命を狙われている、というのは旦那様の希望で響介様には隠している。旦那様いわく響介様を怯えさせたくないというのが理由だが、俺としては響介様が怯えるところなんて想像出来ない。

「ですが万が一、富里君が響介君に惚れてしまったらどうするんです? 可能性はあります」

唄子さんの質問はもっともだ。もしそんなことになれば、響介様にとっての最終目的は果たされたことになり、女装の意味はなくなる。だが、

「大丈夫です。その心配はありません」

「ど、どうしてですか?」

自信たっぷりの俺に困惑する唄子さん。その表情が何故かいいとこのお嬢様ではなく、普通の女子高生に見えた。

「確かに女装した響介様は、この世のものとは思えないくらい美しいです。ですが富里君は、あの顔だけは大和撫子の怜悧様の告白を蹴った人。恋人を顔で選ぶ方ではないと思います」

「でも…」

「それに響介様は、どんなときでも自分が一番。我が儘で自己中で、頭の中は自分と妹のことだけ。周りが自分の思い通りにならないと気がすまない、傍若無人で身勝手な方ですから。良識ある富里君が彼を好きになるはずがありません」

ハハハと笑いながら説明すると、唄子さんななぜか顔をひきつらせながら俺を見つめた。

「………………香月さんって、響介君のこと、好きなんですよね?」

「? もちろん。むしろ愛してます」

「だ、だったらいいんですけど…」

俺たちの間に流れる変な空気。理由はわからなかった。

「ま、まあとにかく香月くん、私の孫のこともよろしく頼む」

復活したらしい理事長が俺の肩をポンと叩き、立ち上がった。

「ご要望通り、君を1年A組の副担任にしておいた。それから香月くん、君は風紀委員担当だ。せっかく君みたいな男が来てくれたんだから、使わない手はない。異論はないね」

「は、はい」

素直に返事をした俺はもちろん、この時の理事長の言葉の意味に気づかなかった。

「それから香月くんの寝所は教師寮ではない。門番の東海林(ショウジ)さんのところで寝泊まりしてもらう。勝手だが彼にはすべて話しておいた。大丈夫、彼は素性の確かな男だ。保証しよう」

「はい」

門番とはおそらく、正門で門を開けてくれた守衛さんのことだ。そんな人が協力してくれるのなら、きっと心強い味方になるはずだ。

「まあ、いろいろと問題がある奴だが、よろしく頼む」

なんだか意味深なことを言った理事長は、再び俺の肩に手を乗せる。見かけは怖いが中身は案外優しい理事長に向かって、俺は感謝を込めてうなずいた。


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