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ストレンジ・デイズ
■3日前のこと


響介様入学予定日の3日前、俺は最神学園理事長室のソファーに腰掛けていた。単独で来たのは出来るだけ目立たないようにするためだ。今までは何を伝えるにも旦那様を通していたので、この学園の理事長と会うのは初めてだった。

「…………」

理事長室に来てから、俺は背中に入れ墨でもいれてそうな強面のおじいさんと2人きりにされてしまった。おそらくSPか何かなのだろうが、それにしては年をとりすぎているような。

「初めまして、私がこの学園の理事長、花枝青雲(ハナエダ セイウン)だ。香月くん、だね?」

「へ? あ、はい、香月博美と申します。初めまして…」

驚いたことにどうやら目の前のヤーさんが理事長だったようだ。俺はうっかり内臓が飛び出そうなぐらいびっくりしたが、極力顔には出さないように努力した。

「我々の急なお願いを聞き入れてくださって、本当にありがとうございます。あなたは響介様の恩人です。私が旦那様に代わって…」

「待て待て待て、香月くん。そんなまどろっこしい挨拶はいらんのだよ。すぐに本題に入ろう」

俺が座ったままお辞儀すると、理事長が鋭い視線を送ってきた。微笑んでいる、のだろうが彼の風貌はヤクザのそれと言っても過言ではない。髪は白髪混じりのオールバックで孫がいてもおかしくない年に見えたが、そのギラギラと獲物を探すような目は、一度捕らえられたら逃れられないような気がした。

「真宮さんにはいつも世話ァなってる。これはその恩返しだ。さもなきゃこんな無理難題、絶対に許さんのだがな。まあ、それはもういい…」

話し合わなければならないことがたくさんある、とよく通る渋い声でヤク…花枝理事長はいった。

「理事長、やはり学園のセキュリティーレベルを上げて頂くことは出来ないのでしょうか」

俺は勇気を出してずっとお願いしてきたことを、口にした。身勝手な頼みだとは思うが背に腹はかえられない。これも響介様の安全のためだ。

「悪いがね、香月くん。我が校のセキュリティーはすでに万全だ。敷地内にある監視カメラに死角はなく警備員も24時間体制で配置している。心配いらんよ」

理事長にそうあっさり返されてしまい、俺は返す言葉がなくなってしまう。確かにここの安全対策は万全だが、俺の不安な気持ちが消えるはずもない。他ならぬ響介様のことだ。

「それよりも香月くん、もっと私に話すべき大切なことがあるだろう」

「え? …あ、すみません。他の生徒さん達のことですよね。ご安心下さい、狙われているのは響介様だけです。私も教師としてこの学園の生徒達を…」

「いや、いや。そういうことじゃなくてね」

「…は?」

つい顔をしかめた俺の目の前で、花枝理事長はいっそう険しい表情になり頬をポリポリとかいた。

「…ほら、話というのは、私の孫のことだ。同室になる予定の…」

「ああ! それなら心配いりません。俺がこの身にかえても、響介様と共にお守りいたします」

「違う違う、香月くんは何もわかっとらんな!」

「ええ? それじゃあ一体…」

理事長が俺の鼻先で大げさに手を振ったので、俺は体をのけぞらせた。近くで見た彼の指は傷だらけだった。

「私の孫と響介君は、同室だそうだが…」

「? …はい。でもそれはそちらがお決めになられたことですよね?」

俺の言葉に理事長は、なぜだか喉に餅か何かを詰まらせたような顔になっている。彼が一気に老け込んで見えた。

「確かにそうだ、君の言うとおりだ。だがな、香月くん。その…真宮響介、という男は…大丈夫なのか…?」

「は?」

よく意味が分からない俺の前で、理事長が視線を泳がせながら足踏みする。何かが心配でたまらない、といった感じだ。

「つまりだな、2人とも高校生、年頃の男女だ。そんな若い2人が一緒の部屋で暮らしては…」

「…ああ、なるほど! そういうことなら心配いりませんよ。響介様はそんなことなさるような方ではございません」

やっと意味を理解した俺は笑顔で理事長に断言する。孫が心配な気持ちはわからなくもないが、響介様は妹の怜悧様にかかりっきりだ。他の女性を追いかける響介様なんて想像出来ない。

「いや、確かにうちの孫はまだ子供で色気の欠片もないような子だが、わからんぞ。魔が差す、ということも有り得る」

「はあ…」

とてもかたぎの人間には見えない風体の理事長は、いらいらしたまま貧乏揺すりを続けている。そんな彼の姿を見て、無傷で真宮邸に帰りたかった俺は余計なことは言わないことにした。

「ああ心配だ…やっぱり孫を同室にするのはやめようか。…そうだ、それがいい」

「り、理事長がそうおっしゃるなら」

まるで独り言のようにブツブツとこぼす花枝理事長。ところが俺が同意の意を示した瞬間、この部屋の扉が勢い良く開いた。


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