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ストレンジ・デイズ



「ちょっとおじいちゃん、なによ今の! あたしが真宮君と同室になることは決定事項よ! 外で聞き耳立ててて良かったわ」

「う、唄子」

怒った顔をしてずかずかと理事長室に踏み込んで来たのは、若い茶髪の女の子だった。おそらく彼女が花枝理事長の孫なのだろう。

「おじいちゃんも納得したはずでしょ! それをなんでいきなり…」

文句を言っていたはずのお孫さんは、俺を視界に入れた途端、まるで石になったかのように固まってしまった。目が大きく開かれている。

「あ、あの…」

「きゃああああ!」

かと思いきやいきなり叫びだした。どちらかというと女性が苦手な方の俺は、一般男性よりは過剰な驚き方をしてしまった。

「何これ! 何なのこのまるで用意されたかのような超美形は!!」

「……?」

「こら唄子! 落ち着きなさい。香月くんに失礼だろう」

理事長にたしなめられしゅんとなるお孫さん。俺は2人のやりとりにすっかり畏縮してしまう。

「いや、すまないね香月くん。これが私の孫の阿佐ヶ丘唄子。まったくいつまでたっても子供で。唄子、香月くんに挨拶しなさい」

理事長に背中を優しく叩かれ、唄子さんは俺に頭を下げる。俺は慌てて立ち上がった。

「はじめまして香月さん。先ほどはすみません。私、阿佐ヶ丘唄子といいます。唄子、と呼んでください」

登場の時こそ女子高生らしくはしゃいでいたが、唄子さんのたち振る舞いは礼儀正しく、まさにいいところのお嬢様といった感じだ。髪の色は明るい茶色だったが、おそらくこれは地毛だろう。

「こちらこそ初めまして、響介様の付き人を務めて参りました香月博美です。今回、響介様の護衛とサポートをするためにこちらに来ましたが、教師の職務もしっかりはたすつもりです」

理事長のお孫さんが響介様と同室になってくれるなんて、心強い協力者だ。響介様のために一肌脱いだ彼女に、俺は敬意を込めて頭を下げた。

「どうぞ座って下さい」

唄子さんにそう言われ俺は再び腰を下ろした。

「香月さん、私も学園の理事長の孫として、精一杯響介君をサポートしていこうと思っています」

にっこりと上品な笑みを浮かべた唄子さんは、断りを入れてから俺の目の前に静かに腰掛ける。1つ1つの動作に育ちの良さがよく表れていた。

「ところで香月さん、真宮響介君は一体どんな方なんですか?」

「響介様、ですか?」

「ええ。これから同じ部屋で暮らしていくわけですから、少しでも知りたいです。香月さんは、響介君ともう長いんですよね?」

屈託のない朗らかな笑みを見せた唄子さんは、少し首を傾けて俺に尋ねた。

「俺が響介様と初めてお会いしたのは彼が小学生の頃です。その日から俺はずっと、響介様に誠心誠意お仕えしてきました」

「まあ…。では心配ですね。今回のこと」

「…はい。響介様の身が危険にさらされていることを考えるだけで、俺は…」

不躾だとは思ったが俺は身を乗り出して、唄子さんに詰め寄った。

「唄子さん、響介様は俺の大切な人なんです! もちろん今回のことが貴女に迷惑がかかることは、わかっています。ですが、どうか響介様を…」

守ってくれ、なんてこと女性には到底頼むことは出来なかった。けれど俺が教師、響介様が女として入学する以上、俺の目が届かない場所で何があるかわからない。

「香月さん!」

突然、唄子さんが言葉を濁した俺の手をつかんだ。

「唄子さん…?」

驚きを隠せない俺に、唄子さんは潤んだ瞳を向けてくる。

「香月さん、あなた、響介君のことが好きなんですね…!」

「!」

会って数分、こんなに早くバレるなんて。好き、というのが家族愛の類を言っている可能性もあるが、彼女の言い方から察するにそれはない。

「大丈夫です香月さん、あなたの大切な響介君を、危ない目には絶対あわせません」

「…軽蔑、しないんですか?」

「軽蔑?」

「だって、男が男を好きなんておかしいじゃないですか。しかも相手は本来なら仕えるべき方…」

「香月さん!」

突然、唄子さんは俺の手を握ったまま立ち上がった。俺も一緒にそのまま腰をあげる。

「そんなこと言わないで下さい! 人を好きな気持ちに、性別も身分も関係ありません!」

「………」

唄子さんの熱弁に俺は思わず言葉を失った。まさかそんな言葉をかけられるなんて。びっくりした。

「香月さん、どうかその愛を貫いて下さい。あなたの思いはいつかきっと、響介君に届くはずです」

「唄子さん…」

世の中に、こんな女性がいるなんて。真宮邸で働かせてもらってから、接することが出来る女性といえば怜悧様と奥様ぐらいしかいなかった。奥様はあんな有り様だし、怜悧様には俺の気持ちを邪だと言われていた。俺はすっかり女性に対して苦手意識を持ってしまっていたが、これを機に俺の間違った固定観念は捨てるべきだ。唄子さんと出会って、俺は切実にそう思った。


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