ストレンジ・デイズ
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元男子校なだけあってこの学校の女子トイレは極端に少ない。女子寮と1年校舎の近く、そして外に1つしかないのだ。ぶっちゃけ俺は周りに誰もいないとき男子トイレを使ったこともある。
しかしまさか怜悧が男子トイレを使うわけがない。とりあえず一番近い北館2階の女子トイレに向かいながら、怜悧の名前を呼び続けた。
「怜悧ー! どこだーー! あっ、あんた。俺の妹見てねえか!」
廊下を歩く生徒を見つけると誰であろうと取っ捕まえて怜悧のことを聞いた。誰もが俺の勢いに押されて突然の質問にも関わらず素直に答えていたが、怜悧を見た生徒はいなかった。それでも諦めず走り回りながら手当たり次第に訊いていると、二人連れの生徒が情報をくれた。
「見慣れない私服の女子なら、さっき見たよ」
「サッカー部の人と話してたみたいだったけど」
「マジ? どこにいたかわかる?」
「確か図書室の近くだったと…」
「サンキュー!」
図書室は2階にある。俺は一段飛ばしで階段を駆け上がり、ひたすら図書室へと向かった。自慢の脚力を生かして廊下を走り抜けていると、俺の耳に怜悧の話し声が聞こえた。
「本当にお姉ちゃんの友達なんですか?」
「そうそう。俺達ちょー仲良しなんだよ。だから怜悧ちゃんもアドレス交換しよう」
「うーん、どうしようかな〜〜」
見知らぬ男と話す怜悧に脳味噌沸騰するかと思った。ジャージ姿の男と怜悧の間に叫びながら無理矢理割り込んだ。
「誰だてめー! 怜悧に近づくんじゃねーー!」
「うわっ」
怜悧に絡んでいた茶髪の男は威嚇する俺を見て少し驚いていたが、すぐに宥めるように笑った。すぐに怜悧を背後に隠し、警戒したまま男を睨み付ける。
「怜悧、こいつに何もされなかったか」
「お…お姉ちゃん。ごめんね、勝手にこんなところにきて。女子トイレのある場所わかんなくて、この人がおしえてくれたの」
「そーだよ。俺が今日子ちゃんの妹になんかするわけねーだろ」
「誰だあんた」
俺がそう訊いた途端、茶髪の男が信じられないといった風に目を見開く。この反応、もしかして俺は以前こいつと会ったことがあるだろうか。
「おいおい、そこまで怒ることねぇだろ。サッカー部のエースのこの俺に向かって酷い女だ」
「サッカー部って…ああ、あんたもしかして善の先輩の…!」
そこで俺はようやく奴が誰か思い出した。マラソン大会の時、俺に絡んできた善の先輩だ。確か名前は…。
「えーっと、名前、名前は…」
「真柴修人! 俺の名前を忘れたなんて言う女初めてだぜ」
にこにこと愛想の良い笑みを見せつつも、こいつが油断ならないことを俺は善から聞いて知っていた。怜悧に逃げるぞと視線で訴えるも、そこそこイケメンな真柴の前で怜悧は天使の笑顔を見せていた。
「今日子ちゃんと似てないけど、怜悧ちゃんも美人だな〜。美人ってかカワイイ系? 彼氏いる?」
「えー、いないですよそんなの」
「じゃあ俺が立候補しちゃっていい?」
「やめろ。怜悧、もう戻るぞ」
さっさと逃げようとしたが自然な動作で道を塞がれる。睨み付けても表情ひとつ崩さない。
「そんな急ぐことないじゃん。連絡先だけでもさ、ね?」
「怜悧はまだ中学生だ。付き合うとかまだ早いし、彼氏とか必要ない」
年齢とか関係なしに怜悧に手を出す男には制裁を加えるつもりだが。特にこんな奴は怜悧に近づかせたくない。
「え、まじ? それ本気で言ってる? 今時ありえねぇだろ。中学生なんか俺らと変わんねえぜ」
「お前の価値観押し付けるなっての。怜悧はそんなこと知らなくていいんだから」
「えー、価値観押し付けてるのはそっちじゃね? 怜悧ちゃんだって彼氏くらい欲しいよな? な?」
「そりゃあ、欲しいですよ〜。友達にはみんないるし」
「なっ」
怜悧にはっきり彼氏がほしいと言われてショックのあまり真柴に反論できなくなる。確かに誰々が格好良いとかトミーに惚れたりとか今までも色々言っていたことはあるが、俺はそんな現実からずっと目をそらしていた。
「だろ? だったら友達からでもいいからさ、俺に番号おしえて」
「まあ、友達からならいいかなぁ…」
「だ、駄目だって!」
人良さそうな笑顔に騙された怜悧が携帯を取り出したのを見て、俺はすぐさま止めた。こいつだけは怜悧と関わらせるわけにはいかない。
「怜悧ちゃんがいいって言ってんだから口出すなよ、お姉ちゃん。そんなに妹の邪魔してたら嫌われるぜ?」
「…!」
怜悧に嫌われる。その一言が俺の思考を止めた。俺がやってることは怜悧にとって余計なことだというのか。妹が可愛いあまり独りよがりな考えを押し付けていると奴は言った。それが真実なら俺はいったいどうすればいいのか。
「怜悧ちゃんって指も細くて綺麗だよなぁ。女の子!って感じでさ〜〜」
「せーんぱい」
呆然としていた俺が目の前で怜悧を真柴に奪われようとしていた時、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこには爽やかな笑みを見せた善が立っていた。
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