ストレンジ・デイズ
□
「あ、善」
突然現れた後輩の姿を見て微妙に動揺する真柴に、物怖じすることなく近づいていく。善は先輩相手だというのに何のためらいもなく、指を相手の頬に向けつんと突いた。
「キョウだけじゃなくて、妹にまで手を出すんですか? 先輩がそんな人だとは思わなかったなーー」
「はあ? ちげーって。ただ道案内してただけ」
「あっ、そうなんですか、それはそれは。もうちょっとで先輩のこと嫌いになっちゃうところでした。誤解してごめんなさい」
「はははっ、お前そんなわけないだろ。俺ほど硬派な男はいないっての」
互いに笑顔をたやさない善と真柴。真柴が回してきた手を善はさりげ無くかわして、思い出したように言った。
「そういえば、キャプテンが先輩のこと探してましたよ。さっきまで食堂にいたんで、会いに行った方がいいんじゃないですか?」
「マジ? ちょ、俺行ってくるわ」
キャプテンの名前が出てると真柴は俺たちのことなど忘れたかのように慌てて廊下をかけていった。見事な早業で厄介な先輩を追い払った善に俺はようやくほっと息を吐いた。
「大丈夫か? 真柴さんしつこかったろ。連絡先とかおしえちゃ駄目なタイプの人だからな、あの人は」
「ありがと…善…」
あの真柴という男は危険だと前に善から聞かされていた。奴にはとやかく言われたが俺のやったことは間違いなんかじゃない。あんな言葉気にするなんて俺らしくないことだ。
「ほんとに、お前がいてくれて良かったよ。俺、お前いなかったらアイツの口車にのせられて怜悧を守れなかったかもしれねーもん」
「口車? 先輩何か言ったの?」
俺は善に真柴から言われたことをそのまま伝えた。善はちょっと考えた後、俺と怜悧に笑いかけた。
「確かに過干渉はよくないけど、妹はまだ中学生なんだろ。こんなに可愛いんだしキョウが心配になるのもわかるよ」
「だろ? お前もそう思うよな?」
「でももう少し大人になってこの子が恋人を紹介してくれたら、その時は笑顔で祝福してやる。それでいいじゃねえか。それくらいの度量はあるだろ?」
「うっ、それは、…そんなの、相手の男次第だし…」
「キョウの妹なんだったら見る目はあると思うよ。そんなに心配しなくても」
善の言葉に、確かに俺はそういう意味で怜悧の事をあまり信用していなかったかもしれないと思った。トミー先輩だって未だに腹の中は見えないが、今のところ悪い男には見えない。少なくともあのバ会長より百倍マシだ。
「……ごめん、怜悧。俺なんでもかんでも駄目駄目って、ちょっと過保護すぎたな」
「そ、そんなことないよ。お姉ちゃんが心配してくれるの、嫌じゃないよ」
俺を気づかってかそんな風に言ってくれる怜悧。優しい妹の言葉に俺はさらに反省しきりだった。
「そんな顔すんなって。妹がわかってくれてんだったら気にすることない。良かったな、キョウ」
なんだこいつら二人とも天使か何かか? と思うくらい優しい二人に絶句する。怜悧と善の方から後光がさしているように見えた。
「善!」
「ん?」
「俺、お前になら怜悧を任せられるかもしれない」
「…はい?」
得体の知れない野郎に怜悧をとられるくらいなら、自分が尊敬する男、善みたいな男と付き合ってもらった方がいい。もちろん結婚するまで手を出してもらっては困るが、善は紳士だから我慢してくれるだろう。
「怜悧、この八十島善は顔よし頭よし運動神経よし、そして何より性格よしのパーフェクト男だ! どうだ、トミーなんかやめてこいつにしないか? な?」
「…え?」
怜悧だって善と親しくなればきっと気に入る。善も怜悧ほど可愛い女子なら嫌とは言わないだろう。我ながら名案だと思ったのだが、二人は見つめあったまま何も言わず立ち尽くしていた。
「小宮さーん!」
いいタイミングなのかそれとも悪いのか、俺たちを見つけた香月が手を振りながら駆け寄ってきた。香月は少し息を切らしながら、元気そうな怜悧を見てほっと息を吐いた。
「良かった、無事だったんですね」
「香月、唄子とオバさんは?」
「オバ……またそんなことを言って。お二人には食堂で待ってもらってます」
腰に手をあててそう言った香月は、俺から善に視線を移した。
「そういえば八十島くん、サッカー部の生徒達があなたのことを探していましたよ」
「えっ、あ、ヤバいもうこんな時間!?」
善は廊下の時計を見て慌てる。学校がある日ならばとっくに昼休みは終わっている時間だ。
「部活始まっちまう。悪いキョウ、俺行くわ!」
「おう、サンキューな」
廊下を駆け抜けていく善に手を振る。その背中すらも惚れ惚れするくらいいい男だ。善と怜悧ならばきっとお似合いのカップルになれると、自分の素晴らしい考えに我ながら感動していた。
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