ストレンジ・デイズ
□
「キョウ」
昼食を食べ終わった頃、ジャージ姿の善が俺達に声をかけてきた。その後ろにはいつも善にくっついているクラスメイトの里見啓太がいて、物珍しそうにこっちを見ている。何事かと顔をあげると善が笑顔で訊ねてきた。
「食事中邪魔して悪い。もしかして、その人たちキョウの家族かなと思って」
「あー…そう。こいつが俺の可愛い可愛い妹の怜悧」
「この子が? わあ、本物だ」
善にはこれまでに怜悧の話を何度もしている。俺の話を聞いて一度会ってみたいと言っていたが、善といえど直接会えば怜悧の事を好きになってしまうかもしれない。善は男の俺から見ても格好良いし、もし怜悧の方がその気になってしまったらと思うと会わせるのが怖かった。だが見つかってしまった以上紹介するしかない。
後方でちらちらこっちを見てくるサッカー部の集団がいたので、大方奴らに聞いてこいと頼まれたのだろう。ご苦労様と思いつつ俺は妹に善を紹介した。
「えーっと、こいつは友達の八十島善。一緒のクラスなんだ」
「はじめまして八十島です。小宮さんとは仲良くさせてもらってます」
善の爽やかスマイルと礼儀正しい態度に乙香が目を輝かせる。俺は怜悧に紹介したのであってあんたは関係ないぞと言う前に、乙香が笑顔で答えた。
「まあまあ、これはこれはご丁寧に。私はま……小宮乙香といいます」
「はじめまして、いつもお姉ちゃんがお世話になってます」
乙香に続いて怜悧も善に挨拶をする。善と里見は二人をまじまじと見ていた。
「妹さんの話はよくキョウから聞いてたよ。キョウは可愛い可愛いって言ってたけど、予想以上でびっくりした。な、啓太」
「だよなぁ、さすが小宮さんの妹っていうか…あ、お母さんも綺麗ですね。遺伝ってすごいな」
里見啓太。クラスメイトの中でも俺がこいつのフルネームを覚えているのは、ひとえに善と仲が良いから、ただそれだけの理由である。善と同じサッカー部で親友を気取っていつも一緒にいるが、俺が男なら間違いなく親友の座は俺のものだった。いや、今だって仲の良さでは負けていないはずだ。
「でた、啓太の年上好き。いくら小宮さん綺麗だからって口説いたりすんなよ」
「はあ?! 善お前やめろよ!」
「あらー、ありがとうこんなオバサンに。良かったら二人とも一緒に食べない? キョウくんの話聞かせて欲しいから」
「おい、勝手に何言ってんだ」
「あらキョウくん、友達なんでしょう。お誘いするくらいいいじゃない」
「善は確かに友達だけど、横にいる男は無関係だから」
里見啓太を睨み付けて敵意丸出しにする俺。奴は特に気にした様子もなく拗ねたように唇を尖らせた。
「えー、無関係はねーだろ。一応クラスメイトなんだし」
「うるせー、お前いっつも善にくっつきやがって! こいつの親友の座は誰にもわたさねーし!」
私怨丸出しの本年を思わずぶつけてしまった。里見の方は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐ面白そうに笑いだした。
「なに、小宮さんそんなこと気にしてたの? いやいや悪いけど、善と俺は中等部からの仲だから。こいつの趣味とか苦手なものとか知り尽くしてるから」
「はあ? そんなの俺だって善の好きな食べ物とか完璧に把握してるし」
「俺は好みの女のタイプもわかるぜ」
「そんなら俺なんか善の好きなAV言える…むぐっ」
「ふたりともやめやめ! こんなとこでくだらない喧嘩すんなよ」
俺達の間に割って入った善は俺の口を慌てて押さえる。敵がい心丸出しの俺と違って里見の方は笑みを見せる余裕がある。俺なんか敵じゃないとでも言わんばかりの余裕の態度だ。
「あのさ、今ちょっと気づいたんだけど、いい?」
「なんだよ唄子、邪魔すんな」
「いや、そういえば妹ちゃんがいないなーって」
「えっ」
唄子に言われて慌てて辺りを見回すと、確かにさっきまでそこにいたはずの怜悧の姿がない。俺は必死で怜悧を探しながら香月と乙香に訊ねた。
「れ、怜悧どこ行ったか見てないか?!」
「申し訳ありませんキョウ様。キョウ様達に気をとられていたもので…」
「ごめんキョウくん、私も見てなかった。怜悧ちゃーん、どこー? いるなら返事してー」
乙香が呼んでももちろん返事などなく、俺はいよいよ不安になった。可愛い怜悧がこんな無法地帯で行方不明だなんて、何が起こるかわからない。
「ど、ど、どうしよう。何でいないんだ??」
「落ち着いてキョウちゃん。トイレかもしれないじゃない。あたし見てくるから」
「俺、探しにいく」
「え、ちょっとキョウちゃん!」
怜悧がいない。その事実に頭が真っ白になった俺はまず考えるよりも先に身体が先に動いた。気づくと唄子や香月の呼び止める声を無視して、俺は一番近い女子用トイレに向かって走りだしていた。
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