ストレンジ・デイズ
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「はいキョウくん、これおみやげ」
乙香が笑顔で差し出してきたのはやたら分厚い封筒だった。まったく期待などしていなかったが言われるままに封をあけた。
「……なんだこれ」
「コモリガエルの交尾中の写真。これ撮るのめっちゃちゃ苦労したんだよ」
「こんなんいらねぇ」
「何で?! 野生のコモリガエルだよ!? 2ヶ月かかってようやく撮れたのに!」
乙香のくれるお土産は大抵現地で撮った写真だ。興味がまったくない俺はいつも突き返しているのに懲りずに渡してくる。
「あの、あたしにも見せてもらっていいですか」
「唄子ちゃん興味あるの? どんどん見てね」
そういや唄子は写真部だったか。こんなキモ……生物の神秘的な写真でいいならいくらでも見せてやろう。
「わぁすごい、こんなのよく撮れましたね! ……あれ、ここに名前が……豊島?」
すべての写真の裏には毎回律儀にフルネームでサインが書かれている。いまだに普段は旧姓使ってるのが乙香らしい。
「豊島乙香って、豊島乙香って書いてある!」
「なんだようるせーな。豊島はこいつの旧姓」
突然テンションが上がりだした唄子に圧倒される俺。奴の写真を掴む手が心なしか震えている。
「あ、あ、あの、キョウちゃんのお母さんはもしかして、動物カメラマンの豊島乙香さんだったりしますか……?」
「そうだけど、私の事知ってる?」
「嘘っ、本物!? どーしよ! どーしよキョウちゃん!! 何であたしにおしえてくれなかったの!?」
「はあ?」
なぜか大興奮の唄子が顔を輝かせながら叫びまくる。いきなり立ち上がったかと思うと乙香に向かって頭を下げた。
「豊島さんが出された写真集持ってます!! ずっと憧れてました! 握手してください!!」
ポカンとする俺の目の前で乙香が差し出された手をにこやかに握り返す。なぜ唄子が乙香の事を知っていてるのかまったくわからない俺はただただ驚いていた。
「やだー、そんな照れるなぁ。たいして有名人でもないのに」
「そんなことないですよ!! わたし写真部なんですけど、よく仲間内で豊島さんの話しますし!」
「唄子、何がどうなってんの? こいつのこと知ってんの?」
俺が訊ねると唄子が怖い顔でキッと睨み付けてきた。
「豊島さんにこいつなんて言っちゃだめ! 何でもっと早くおしえてくれなかったのよ! 知ってたらもっとちゃんとした格好してきたのに!」
「え、カメラマンなのこの人」
「そーよ! 何でキョウちゃんが知らないの!?」
「興味なくて……」
乙香が趣味で写真を撮りまくっているのは知っていたが、写真家を名乗っているとは思わなかった。しかも唄子が知っているほどの有名人だとは。
「豊島乙香さんは世界各地の様々な野生の動物の姿を長年撮り続けている有名なフォトグラファーなのよ。時には危険地帯に自ら乗り込み、カメラ片手に希少な動物のありのままの姿を捉えているの。写真集もたくさん出してるし、個展もやってるのに知らないなんてあり得ない!」
「いいんだよ、唄子ちゃん。私のために言ってくれるのは嬉しいけど、キョウ君が知らなくても無理ないわ。私とキョウくん、あんまり話せる機会がないんだもの。写真家としては成功している方なのかもしれないけど、家族を蔑ろにしてるからこそだものね……」
「そんなことありません豊島さん! そういう子育てのあり方も今時はありです! ありありですよ!」
乙香のことを非難していたはずの唄子が今は先程とはまるで違う事を言っている。手のひら返しもいいとこだ。
「ねーねー、お兄ちゃん」
隣の怜悧に袖を引っ張られてはたと気がつく。俺は乙香や唄子なんかに振り回されている場合じゃない。会えなかった分まで可愛い可愛い妹と思う存分じゃれ会わなければ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだよ怜悧、何でも訊いてくれ」
「トミーどこ?」
「なっ……」
怜悧から奴の名前が出されて、忘れかけていたトミーへの嫉妬が大爆発した。そもそも俺がここに来たのは怜悧のため、トミーを落とすためなのだ。
「トミーはいねぇよ。夏休みだから帰省してる」
「えーーー! 会えるの楽しみにしてたのに!」
「何であんなやつに会いたいんだよ。必要ねぇだろ。てか俺達が兄弟だってトミー知らねえから!」
「でも私の知り合いだってのはバレちゃったんでしょ」
「だからこそ、怜悧が俺の妹だってなったらややこしいことになるだろ」
トミーは真宮怜悧を知っているのだから、小宮今日子と姉妹ではおかしい。もしトミーがいれば俺の家族として来てもらうことはできなかっただろう。
「ねぇ、お兄ちゃん今トミーとどう? いい感じ?」
「そ、そりゃもちろん。なかなか手強い相手だけど、俺に落ちるのも時間の問題だな」
「ほんとに? さすがお兄ちゃん。トミーをぎゃふんといわせてやってね」
「はは、任せとけって」
目的を忘れかけていた俺だったが、怜悧に言われて正気に戻れた。しかも可愛い怜悧がぎゅっと手を握るものだから、俺はすっかり舞い上がってしまった。
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