03
「ロックウェルの頭脳は我が合衆国に必要なんです。あいつの研究発表の論文は合衆国でも話題になる程だし、その知識は大統領からも重宝されている。エドガー・ロックウェルなくして科学技術の発展は有り得ないんですから」
「………ふん、全くもって癪に障る話だ」
忌々しげに吐き捨て、アーヴィングは国防総省に向かうべく白衣を翻して出て行った。
◇◇◇
「うーん、疲れたぁ…!」
ワシントンの港に降り立つなり、優は微かに空気の淀んでいる空に向かって大きく両腕を突き出した。
優達以外、客船の中から乗客は誰一人として降りてこない。
誰もが船のエネルギーが回復するまで、客室で息を殺して辛抱強く待っている。
優達が観光を兼ねて下船すると申し出た時も、船長や船員は必死になって──主にシンやアナスタシアと言った西欧人を──引き止めようとしていた。
シンは下船に少々と言うかかなり乗り気ではないようだったが、アナスタシアが「少しくらいなら構わないんじゃないかしら」と嬉々として言った事や、駄々をこねたメイファに、止むを得ずと言った具合で同行している。
「本当に少しだけだからな」
忙しなく船員が行き交うのを見ながら、シンは何度目になるか分からない言葉を呟く。
「でもシン、他国──科学技術推進国の事に関しての見聞を広めるのは大切な事ですわ。こんな機会きっと二度とありませんわ。帝国に帰ったら皇帝陛下にお伝えしなきゃ」
「観光するアル!ほら、優なにボサッとしてるアルか、行くヨ!」
「あっ、こらメイファ!そんな走ると転ぶよー」
「大丈夫ヨ──…っぶ!」
ぼふっ、と言う音と共に、メイファは前方に立っていた人物にぶつかった。
「あーあ。だから言ったのに」
「メイファー大丈夫ですのー?」
「うぅ…ぶつけたアル…」
鼻をさすり、メイファは顔を上げる。
目の前に壁がある。
否、よくよくみるとそれは壁ではなかった。
壁だと思ってたのは長身の男性の体であり、顔を上げたメイファは白衣に身を包んだ短髪の男性と目が合った。
「おいおい。お嬢ちゃん、大丈夫か?」
身を屈めてメイファの頭を撫でる男性の名はエドガーだが、メイファの知る由もない。
少し遅れて優達が駆けてきた。
「メイファ、大丈夫ー?」
「ごめんなさい、お怪我はありませんか?」
「んー」
労いの言葉をかけたアナスタシアに、エドガーは煙草に火を点けながら返した。
風に乗って紫煙が舞い、ちょうど風下にいたシンはそれを直に受けて、露骨に眉をしかめた。
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