リコリス 六説 「すまない。取り次いでもらって」 「兄上」 木枯らしの吹く寒い季節。 外套に布入りの笠をかぶり、灰色の髪を隠した紀一郎の兄は家を訪ねてきた。 酒の場で知り合った先輩に取次ぎを頼み、会えるとなるとすぐさま飛んでいった彼は、夕方戻ってきては弟の前に座り込む。 火鉢の中で炭が割れると、それを合図に会話が始まる。 「構わんさ。先生さんはどうだったんだ?」 「・・・・・・拍子抜けするほどいつも通りだった。」 「え?」 それは息災だったということなのかと計りかねる弟に、若干疲れた表情の兄は、弟の妻が用意したお茶に手を付けてふうと息を吐いた。 「・・・・・・図太いというか、強かというか。これっぽっちもヤバいと感じている様子では無かったな」 「そ、そうなのか」 「ほっといても死なないとはああいうことだと思い知った。」 「それは・・・・・・良かったってことでいいのか?」 「それ以外に何がある」 「あ、そうか」 変わり無いとは一番いいことだ。 この日まではそう思っていた。日付が変わるまでは。後に彼はそう語るが、今は別の話だ。 「数日したら出所できるそうだから、そこに迎えに行くよ。やれやれだ」 「じゃあその日まで泊まってってくれ。うちの息子2人も喜ぶ」 「嫁いないのにもう甥っ子が2人いるんだよなあ私・・・・・・」 「姪っ子もいるぞ」 「そういやこの前生まれたんだったか・・・・・・すまんな、祝いもせずに押しかけて」 夫婦円満なこの弟は、すでに息子二人娘一人の五人家族になっていた。 ここは生まれたばかりの娘の子育てに大変な弟の嫁さんのため、甥っ子二人の相手ぐらいやってやろうではないか、と白波は決意してみる。 「まさに一姫二太郎だ、理想のようだろ」 「それ、一人目は長女で二人目は長男が良いっていう意味だぞ」 「えっ?兄弟二人に女の子一人って意味じゃねえの?」 「女・男・男の順なら間違いじゃないが、一と二は人数じゃなくて順番のことだからな。この間違い意外と恥ずかしいぞ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |