諸星千鶴の悲劇続き
「ねぇ〜ん、諸星くーん!!アリサ問3わかんなーい。諸星くんなら分かるでしょ〜!教えて〜諸星く〜ん!!」
あああ!徳永さん!!!
僕が息をひそめると決意した直後に、諸星くん連呼はいけない!!!
普段は甘えてくる可愛い徳永さんを嬉しく思う僕だが、今回だけは返す笑顔が引き攣ってしまった
「諸星くんど〜したの?」
顔の微妙な痙攣に、徳永さんがぎょっとした目で僕を見つめてきた直後、背後でデカイ陰が立ち上がるのを感じる
「あ、お前、諸星じゃん、何やってんの?」
ここはファミレス、僕達は高校生。こいつには、僕らのテーブルに広げられた参考書やノートが見えないのか!
何やってるだと?勉強してるに決まってるだろ!!
だから馬鹿は嫌いだ!!!16の癖に違和感無く香る香水の匂いも嫌いだ!
ヤンキーと馬鹿の巣窟仙山のくせに僕を見下したような目と無駄にデカイなりと態度、針より軽いその下半身も
僕はこいつが大嫌いだ!!
闇に葬った過去のもう一人。
憎しみの方はこいつの方が強い。
黒川民也、素行は最悪、成績は下の下、不良共の間で権力の強かった兄の威を借り、何一つ僕より優れた物など持ってなきくせに常にデカイ態度
坂井くんのライバル笑と屈辱的な呼び名を最初に言い出したのはこいつだ!
けれど、僕はそんなの相手にせず、常にこいつらのような不良は無視して日々を過ごしてきたのに
忘れはしない、中学三年の文化祭前日、当時バスケ部のマネージャーで僕の恋人だった吉川Hなの似の相沢さん
僕と相沢さんは誰もが認める鳩中一のベストカップルだったはずなのに
準備で生徒皆の帰宅が遅くなった前夜だった。
委員長を務めていた僕は皆を帰した後、担任に鍵を渡すはずだったのだが、突然相沢さんに少しだけ残るから自分が鍵を返しておく、今日は一緒に帰れないと言われ、なんの疑いも持たずにそれに従った。
ところが、帰宅している途中、受験対策用問題集と赤シート(赤ペンで書いた答えが消えるシート)を忘れた事に気付き、学校に引き返したのだった。
きっと相沢さんもまだ居るはず、途中の小さな花屋で彼女の為にピンクのガーベラを買ったのにも関わらず
薄い暗い、教室の扉前で聞こえきた会話はこうだ
「ねぇーたあは高校どこ行くのお?」
「オレは赤高か仙山しか行けねぇー」
「じゃあ赤高と仙山どっちにするのお?」
「男子高なんか行くわけねえじゃん、仙山だよ」
「じゃあー私も一緒に仙山行くう〜」
「つーか、相沢よく鍵奪えたな、ゆーとーせーの諸星さまから」
「お花作りまだガンバリたいにゃん!って言ったら、ソッコー!!にゃんでソッコー!!あはははは!」
「自分で言った事にそんなに笑うなよ」
それから先の声は、もう思い出すにも堪えない・・
黒川民也、猿以下の思考しか持たない下半身男の癖に、諸星千鶴をコケにしやがって!!
坂井のライバルならまだしも、こんな奴に彼女を奪われるなんて
ああ、あのワンシーンを思い出すだけで呼吸が荒くなってくる
あの時は辛さのあまり、赤シートも捨てて学校を飛び出したが、今はもう違う、オレは新しいキュートな彼女と樫木できらめく高校生生活
こいつらは、仙山と赤部で休日に男二人、掃きだめのような結末じゃないか
存在に気付かれてしまったなら、もう仕方ない、
諸星千鶴、過去に捕われてはいけない、こいつらとは元から生まれてきた星が違うんだ
ポジティブに考えれば、今こそ復讐のチャンスなんじゃないか?
「あ、あれ確か黒川くんと、えーと、坂井くん?だっけ?確か中学の時クラスが一緒になった事あったっけ。」
「何名前出てこねーふりしてんの?体育の時間腹痛いとかでこっそり抜けて、オレとヒコが読んでた雑誌チェックしてたくせに」
「な!何を言ってるんだ、僕がそんな事するわけ!!」
「あ、たあ、それ都市伝説特集が載ってたやつ?」
「そうそ、あれ読んでからしばらくオレとお前マック行かなくなったよな、バカだったよねー」
「おい!話を聞け!!」
ちくしょう!!相変わらず黒川には口で勝てない、まず見た目の威圧感に負けてしまう!
しかも徳永さんが居る前でこんな話、やっぱりこいつらに気付いた時点で店を変えるべきだったのか!?
「そんなに、都市伝説が知りたかったのお前、ゴメンねーエロ本じゃなくて」
「ぼ、僕はそういう目的で見たんじゃ!!」
「やっぱり見てんじゃねーかよ、つーかこの歳でエロ本に恥ずかしがってんじゃねえよ、だから相沢とチュー止ま」
「何を言ってんだ貴様!!!!」
「き、キサマ!!キサマって、あははははは!諸星くんってスゲー面白キャラだったんだ」
エロ本目当て呼ばわりされた上、坂井に貴様で爆笑されている
やばい、もうこれ以上ここに居たら、また過去を葬る事になってしまう
徳永さんを連れて早く出なければ
「お前達、下品な会話はやめろ、徳永さん、ごめんね、もう出よう不快な思いしただろう」
「あの!初めまして!!私諸星くんのクラスメートの徳永アリサです!!」
頭の悪い連中に、徳永さんがびっくりしていると思い優しく声を掛けたはずなのにどうも、徳永さんと視線が合わない。
嫌な予感がして徳永さんの視線の先をたどっていくと、モロに坂井にぶつかった
「あー、こんにちわ」
「諸星くんの中学校の時のお友達ですかー!!あ、何食べてるんですか?カキフライ?私も大好きなんですー!」
徳永さん前に僕に、魚介類全部無理〜って言ってなかった?
その前に僕達ってただのクラスメートなの
ああ、この感じ、まさに中学時代そのもねじゃないか!?
諸星くんって、ハートマーク付きで呼んでくる女の子が坂井が来た瞬間にアンタ呼ばわりしてくる現象
こうなったら、もう奥の手しかない、本当はあまり使いたくなかったが、もう仕方あるまい。
「徳永さん、もう随分勉強したから疲れたでしょ?父とよく行く行きつけのレストランがあるんだ、VIPルームを予約するよ、スクリーンがあるんだ、映画でもみながら食事しない?」
「VIPルーム!?」
この言葉で、坂井に向いていた徳永さんの視線はあっという間に僕に返って来た。
坂井がどれほどのイケメンだろうと、黒川がどんなに陰険に僕の事を話そうと、もうこれで徳永さんの頭の中には微塵もこいつらへの興味は残らないはずだ。
こいつらが逆立ちしようと、僕の財力だけには叶わない。
今奴らが何の根拠も無しに、自分に自信を持って調子に乗ろうが、将来的に見て、女の子は財力の有る男を選ぶのだ。
最後の逆転ホームランてとこか、もうこいつらに何を言われようが、ファミレス飯とVIPルームディナーの現実は変わらないという事だ。
徳永さんに荷物を片付けるように言い、立ち上がってオレら二人をポカンとしたような目で見る黒川と坂井に勝利の笑みを送る
分かったが、オレは本物だ。育ちが違う。
有終の美を飾る自分に浸っていた僕がふと入口に目を向けた瞬間、非常に見覚えがある顔と共に、忘れていた、もう一つだけあった忌まわしい記憶が脳裏に蘇ってきた
「トモヤ〜、今日はらんさんがおごったげるからなーんでも頼んでいいよ〜!!はい上着よろしくー」
「えーらんさん急にどうしたんですか?スロットに勝ったわけでもあるまいし」
「スロットには勝てねーけど、オレには麻雀の神がついてるぜ〜!!セレブ限定の麻雀で小金虫から有金全部ぶん取ってやったわあはは〜ん!!!」
「うはー・・らんさんもうスロット辞めて麻雀一本にすればいいじゃないですか」
「分かってねぇよ〜麻雀は単なる遊びで、スロットに勝つのは人生の目標なんだって〜」
普通のファミレスで、当たり前のようにウエートレスに上着を預ける男
鳩中出身でこの男を知らないわけがない
黒川以上の馬鹿だが、認めないわけにはいかない数字
天下の馬鹿セレブ、小松蘭太郎!!
忘れもしない!!まだ中学一年だった春、今までどこに行ってもいい所のボンボンとして扱われてきた僕に、話した事もない小松蘭太郎がいきなり一万円扎を渡してきてこう言った
「ガムさっきの車(タクシー)の中に忘れてたきちゃったよ〜買ってきて〜キシリトール強めね〜はいダーッシュ!!」
この諸星千鶴、生まれてこのかたパシリ扱いをされたのはこれが最初で最後!!
へらへらしながら髪をいじり、こっちに向かって歩いてくる小松にふつふつと怒りが込み上げてくる
「うお〜い!たあとヒコじゃんっ!何だお前ら飯食ってんのか〜!!そんじゃあ伝票全部こっちつけとけって〜、オレ今日ハイパーリッチだからさあ〜!」
「え!らんさん本当!?じゃあたあ、カワラソバも頼んでみよう、この赤いの何か気になるよね」
「よっしゃ、ヒコ、戸田さん呼べ!」
オレのたった三つの、葬った過去が、今この場に集合している
このファミレスは呪われているのか?
「トモヤ〜おごるって、ファミレスかよって思ってんだろ〜!!ファミレスが一番いいんだって〜!!オレはファミレスが好きなのよ〜」
「や、別に思ってないですけどー、らんさんはでっかいスクリーンとかがあるよーな店には行かないんですか?」
「え〜でっかいスクリーンなんて家にあんだろ〜、わざわざそんなもん見ながら飯食うなんてあほみた〜い、やっぱファミレスだよ!イエーイファミリ〜!!」
「らんさん叫ばないで下さい!!オレセレブじゃないから恥ずかしいっす!」
もう我慢出来ない、早く徳永さんを連れて脱出しなくては、そして今日こそ、徳永さんに「アリサ」って呼んでいいか聞くんだ!
呼べたら、もうオレは一生こいつらとは、関わらず暮らせる!
さあ賭けだ!
「あ、諸星くんもう帰るんだ?一緒にカワラソバ食べないの?」
「諸星、カワラソバ持ってくる、戸田さんって女見といて、特に首から脇にかけてを集中的に」
「え?誰お前らの友達?君も伝票こっち付けとけよ〜オレ今日ウルトラリッチだからよ〜」
こうして、過去を葬ったはずの諸星君の悲劇は、鳩中出身者の地元からそう遠くない、このファミレスに行く限り続くのであった。
そして以外にも諸星君の事をそう嫌いでもないヒコとたあの事を、諸星君だけはいつまでたっても大嫌いなのである
諸星君の悲劇は続く。
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