53この夜に
オレは坂本が好きだ。
あれから少ししてお開きになった合コンの帰り道、ひたひたと前を歩く坂本の靴底を眺めながら改めてしみじみ思う。
馬鹿な事を思う、オレはどうにかして、自分が世界一坂本の事を好きな人間だと証明したいと
そんな事を真剣に考える
【この夜に】
終わってしまったから言える事かもしれないが、オレは今日坂本と二人で合コンに行ってよかったかもしれない
坂本がオレに対して考えてる事が少しだけ見えたような気がするし、またオレは坂本に関する事をあまり知らないという事実を自覚する事が出来たから
「お前ってA型だったんだー」
「あー?」
眠たそうでリズム感の無い坂本の背中にポツリと呼び掛ければ、やはり眠そうな声の返事が返ってきた
「知らなかったし、お前の血液型とか」
「見れば分かるじゃーん」
「見た目じゃ永遠に分からないです」
血液型、そんなちっちゃい物を知らなかったという、ただそれだけの事がオレの胸に地味に張りついている
坂本の事が知りたい、何でもいいのだ
坂本を集めたい、オレん中を誰よりも坂本でいっぱいにしたいという、単純だけど小さな衝動のようなもんが沸き上がる
「坂本、何人兄弟」
「見たじゃん、アキフミ」
「アキフミさん一人?」
「アキフミなんて何人もいてどーすんだよ」
「そういう意味じゃねえよ、つーかオレお前の家族アキフミさんしか見た事ないんだけど、とーちゃんかーちゃんいっつもいないよね」
「そうだっけ、とーちゃんはいっつもいねーけど、かーちゃんはたまに居るし、お前だけ見えてねーんじゃねーの〜」
「ほら、そうやってすぐ意味不明に怖い話にしない!じゃあお前のかーちゃんって」
オレがまだ目にした事がない、坂本のかーちゃんについて訊ねようとしたその時、自分の名前を呼ぶどこか聞いた事のある声が後ろで響いて反射的に振り返る。
一瞬は空耳かと、前を向き直そうとしたのも束の間、それが実体である事を証明する、原付にまたがった影がこちらに近づいてくるのが分かった
「おい、ケンちゃんじゃーん」
「え?センパイなにやってるんすか?」
「バイト帰りー」
「バイトー?センパイが?」
「アハハーまだ一日目だけど」
微かに確認出来た黒い原付の影から除々に姿を現し始めた釣り目の男、派手だった髪の色は黒に変わっていたけど伸びて彼の雰囲気の種類は変わっていなかった。
「超久しぶりで、マジびひったんだけど」
「だってケンちゃんオレら卒業してから全然連絡してこねーしー、本当はウザイのいなくなってラッキーと思ってたんだべ?」
「別にそーゆうのじゃないから、こっちも色々忙しかったんだって」
適当に誤魔化したものの、センパイの言う事も若干ある、正直仲良くしてた先輩達の中でもこの人達のグループはなんだかネチネチしててオレらの代の後輩からはあまり好かれてなかった
「じゃーセンパイオレ行くわ、人待ってるから」
「何、彼女?」
「違うって、そんじゃバイバーイ」
センパイに軽く手を振り、眠そうにぽけっとした顔でガードレールに座る坂本の元に走った
この時のオレは、頭の中坂本でいっぱいで、この偶然の再会の事なんか、センパイの事なんか、これっぽっちも心に止めておく気なんてなかったのに
小走りで寄ってきたオレに坂本は目を擦りながらぼんやりと問う。
この時は坂本だってセンパイになんて何の興味も示していなかった
「誰あれ?」
「んー?城中の先輩、千羽先輩っていう人」
「ふ〜ん、見えなかったわ、どんな人?」
「うーん、チャラ男」
街灯の下、再び歩みを進めるまでしばらくガードレール座り喋っていたオレと坂本。
この時もう既に千羽先輩の事は頭に無かった。
勿論、千羽先輩が何を思ったかなんて気にするはずも無かったのだった。
「ケンちゃん相変わらずいいケツしてんなー」
二日後、今暇?と来た先輩からのメールにもオレは返さなかった。
オレが千羽先輩に偶然会っていたちょうどその頃、らんと横須賀くんはどうやって黒やんを自分の所に連れて帰ろうと本人に気付かれないよう燃えている真っ最中
「黒やん、オレんち来てよ〜宿題で分からない所あるんだ〜」
「宿題って・・おまえはのびたかよ」
「お前嘘つくのはいーけどもっと真剣につけよ、黒ちゃんオレんちが一番近いからやっぱ来なよ、疲れてるっしょ。小松君はタクシーいっぱいいるよーよかったなーどれでも好きなのでお帰りー」
「てめえいっつもいっつも人の会話に乱入してこないで下さい!つーかオレは本当に宿題があるんです〜!!家庭科の補習プリントでフカヒレスープの作り方の文章の括弧を埋めなきゃいけねーんだよ!!」
「黒ちゃんやっぱうちこなきゃ、バカワールドに行ったらバカになって帰ってきちゃうよ」
「テメエ!もっぺん言ってみろやー!!!」
「げ、知らない番号から電話。」
深夜のアスファルトの上、たいして飲んでないのに酔っ払いのような馬鹿喧嘩をする男二人への返事はいきなり黒やんに掛かってきた名前の表示されない着信によってどちらも見送られる
「誰だろ、こういうの出るべき?」
「こんな時間なあやしーって多分オナってる人だからやめとけやめとけ」
「やー黒ちゃん一応出た方がいいよ遠い親戚の危篤の知らせかもしれないし」
「っとに!!お前はオレと逆の事言えば全部勝てると思ってんのかって!!」
「まあ、とにかく出てみるわ、知ってる奴登録し忘れてるだけかもだし」
どっちの意見も、ねーよ、と心の中て高をくくった黒やんは、何となく気になって見知らぬ番号に返事を返した
「もしもーし」
軽く返した応答に、案の定電話の相手は無言、しばらく黒やんも無言で待ってみたが呼び掛けはない
「切りまーす」
「待って・・」
「え」
痺れを切らした黒やんが電源ボタンに指を近付けようとした瞬間、高い声が電話の向こうで黒やんを引き止めた
「ダイ、わたし」
「た、え・・・?」
人と人との巡りあわせはどうして、幸せなものに限定されずに絡み合うのか
この日はしばらく後にオレら何人もにそう思い知らせる日と、なってしまったのだった
[前へ][次へ]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!