52嘘以上、言葉以上 坂本と口がくっついて、15秒。オレは人々の視線に耐えられなくなり、随分とこっちに傾いてきた坂本をバレーボールのように飛ばしてはがす。 「・・・はあっ!!長い!」 15秒、人前でやっちまったチューにしては長い。されど15秒、突然のこんな事態に対する、いい対応を考えつくのに十分な時間とは言えない。 加えてオレは馬鹿。 「長いっていうか・・」 分かってます、さっきまで坂本と賭けをしていた君、一男子として、男にチューされた後の第一声目が、長いじゃおかしいよね 分かってます、馬鹿かオレは。もう終わった 【嘘以上、言葉以上】 どうしよう、黒やんがオレを見ている らんと横須賀くんも見てる フルネームも知らぬ女の子達も口あけっぱなしでガン見 あのお喋りな手島くんでさえ今はもう無言 なるほど男と男がチューするという事は世間でわかりやすく言えばこういう空気だというのね えへへ、君達の見てないところではもう何十回とやっちゃってま〜す オレは死刑でしょうか オレは真っ白な脳を抱えながら悪の根源坂本と目を合わせてみた 一体全体何をこいつはこんな空気でニコニコしているのだろうか 胸キュン、じゃなくて収集をつけろ馬鹿殿! 大体坂本の思惑は分かった。みんなの前で男にいきなりベロチューくらいすれば勇気を買われて金を巻き上げられるっつー作戦だろ なのにオレが生々しいリアクションとっちまってすみませんね お前のケンくんは本当馬鹿ですみませんでやんすね なのに、明日から近所歩けなくなりそうなこの空気で何をそんなニコニコしてんだよ、坂本よ 「で」 「で!?」 のほほんと、しばらくターボくんのように無言のままニコニコしていた坂本が発した突然のオレへの問に、更にオレは身動きが固まる で、って!オレが言いたいだっつーの!! この状況の行方!オレが知りたい!オレには何の作戦もない!! で、って言うな! 架空の滝汗が心臓をだらだら流れる、坂本は一体オレに何を求めてる。 何も言葉が出ないままいるオレに、坂本はだんだんと呆れた表情が交ざり始め音がこぼれないように口を動かした ゆっくりとたどる、坂本の口元 えっと、オ、マ、メ、ジ、ダ、イ お豆時代、なんのこっちゃ、え、違うの。 オ、マ、エ、ああ お前次第 「ごめん、調子乗り過ぎた、頼むからこの空気勘弁して」 上手く演技出来たのか、ナチュラルにそういう顔になってしまったのか、オレは情けない笑い方でみんなに手を合わせた 「え、それはどういう意味で?」 みんなより、動揺の引きが少し早かった横須賀くんが声を発したことで少しづつ沈黙は崩れはじめた 「ずるいかもだけど、坂本の勝ちてっいうことで」 「ズッルーイ!!」 「誰でもビビるはあんなの〜!!」 「くやしー!でもそこさっきからひそひそ話してたもんね〜!グルかよ」 グルじゃないよ、坂本の単独行動です 「ケンなんかリアクションスゲー素だったよ」 そう、黒やん。いきなり食らったからオレお家と間違っちゃったよ 「でしょ〜!やっぱやるならあそこまで演じないと今時の子はびびらないかな〜と思ってさー」 「ケンケ〜ンうーん、んーんん、うん、何でもない!」 らん、言いたい事は分かるけど、説明しにくいけど、そうじゃないんだよ どんどんと、氷が溶けていくように和む空気の中で、オレも笑って胸を撫で下ろして、でもずっと一つの言葉を頭の中で転がしていた お前次第、お前次第、確かにあの時、あの場面をどうするかの決定権は坂本よりもオレにあった気がする 坂本はオレに問い掛けていたのだ、絶体絶命のピンチを逃れたのに、ちょっとだけ流れ星でも捕まえそこねた気分でもある オレは坂本の女にはなれねーよ、だって女じゃないもん しかしながら、言いたかったかもしれない ずっとずっとを毎秒願いたくなるような気分ですよ、とかね 一仕事を終え、深く深呼吸しながら椅子に深く座り直せば、疲れきったオレの顔を見つめる坂本の視線が刺さる ざわつく店内で再びニヤニヤし始めた坂本は小声のからかい口調で呟く 「いつもは坂本ラブとか言うくせに」 こんにゃろう、汗一つかいてない顔でこんな事言うこいつが憎たらしくて仕方ないんですが 「はいはい、言えばよかったね」 「あほ、言ったらオレらの人生終わるよ」 「はいはいはい、だから言うわけないじゃん!」 ああもう!本当こいつは自分勝手のまとまるくん消しゴムかよ、一体オレの心臓はこいつの無茶振りにいつまでもつのだろうか 恨めしい目を向けるオレに、坂本は愉快そうに目を細める 「でも言えばよかったのに」 「人生終わるよ」 「でもラブなんだろ」 「そうだよ」 何が悲しくて合コンで他人に聞き取れないような声の痴話喧嘩をやってるんだ、と思ったらくやしいけどおかしくて拗ねてるにもかかわらず笑ってしまうオレ つーか、いい加減オレにもラブって言えよ、こいつ。 [前へ][次へ] |