イタズらん
ケン坂黒らんの四人がまだ高校一年だった時の冬休み
四人は暇という暇を持て余し連日、四人の中で一番居心地がいい(ブルジョアだから)小松宅で徹マンと昼ドラ観賞に励んでいた。
「来た来た来たギャハハハハ!ツーモ!!」
「坂本今日ツモ上がり多過ぎ!イカサマしてんじゃねーの!?」
「バカ言ってんじゃねーよ!!オレの格好見ろや!どこにイカサマスペースがあんだよ、ああ!?」
ケンが文句を言えば、坂本は自分の体を指刺す。
上半身は何も着ておらず、下はポケットのついてない、スエット。
基本的に坂本は、人目を気にしなくていい場所ならすぐ上を脱ぐ。服着てるのはあんまり好きじゃないらしい。
それは分かってるものの、坂本だけに、ケンはなんとなくまだ疑いの目を捨てきれなかった。
それはともかく、そんな事以上に今日という日に納得出来ない男が一人。
【イタズらん】
「で、最下位誰よ。」
ぶっ続けのゲームに疲れた黒やんはタバコに火を付けながら、じゃらじゃらと詰まれた牌を崩し言う
「黒やん分かってんのにー意地悪だなー、残念らん!調子わりーな今日」
「ウソじゃん・・」
ケンがらんの肩をポンと叩きながら励ます。
そう今日の最下位はらんだった。
らんは信じられないという表情で自分の髪を掴む。
と、いうのも、この男頭は確認するまでもなく確実に馬鹿なのだが、麻雀だけはいつもは四人の中でも群を抜いてべらぼうに強かった。
今までは最下位になんてなるどころか、一番トップが多く、いつもヘラヘラ余裕しゃくしゃくで囲んでいたのに、この日初めてらんはの雀士のプライドに傷かついたのだった。
「マジかよ〜!位置が悪りいんだよ〜!位置が!オレいつもここじゃね〜もん!」
ゴロゴロとファーマットの上で駄々をこねまくるらん。
いつもは本当に強いので、他のみんなも不思議だなあという目をらんに向けていた。
坂本以外。
「よっしゃー!!ハイハーイ!最下位は罰ゲームねー!ビデオ30本全部巻き戻して返しとけよー、今の時間ならギリギリ延滞免れんじゃーん、小松ラッキー」
落ち込むらんの頭にペットボトルの水をぶっかけ、なぜかいつの間にか決まっていた罰ゲームを発表する悪魔坂本。
麻雀の合間にハマッて見ていた30本のビデオは半分以上、伝説の昼ドラのボタバラである。
次々に見ては巻き戻しを誰もしなかったので、溜まったビデオは高々とテレビの横に詰まれていた
DVDにすればいいのに。
髪から雫を滴らせながら、無言で恨めし気な眼差しを坂本に向けるらん。
ケンと黒やんはそんならんをほんのチョッピリかわいそうだな〜冷たそうだな〜と思いながらも、別の感情が遥かにそれを上回っていた
(やった、ビデオの巻き戻ししたくなかったんだよねー)
30本のテープの山はチラリと目に入っただけで、絶対に関わりたくないと全員が思っていた。
もちろん、らんも。
「超、超、超、ヒデー!!それはねーでしょ!鬼!悪魔!!」
「最下位のくせに文句言ってんじゃねーよ!最下位は奴隷が坂本ルールだっつの!」
「今まで別に最下位何もしてなかったじゃん!悪魔!悪魔!悪魔!」
「ま、今日はついてなかったならん。」
「まあ、だりーけど痛くはないし、頑張れらん。」
坂本に責めらるらんを励ましつつも、完全に巻き戻しと返却をさせる方向に話しを進めるケンと黒やん。
真冬で外はチョー寒いし、つーか疲れて眠いし(麻雀しかしてない癖に)
二人の気持ちは心の中でがっちり一致し、リハーサルもしてないのに完璧なコンビネーションでらんにリモコンとビデオケースを渡す。
「みんな、ヒッデー!!!お前ら全員年明け瞬間に死ぬからなー!絶対天罰下るからみとけよ!!アホ〜!!」
「らん大好き」
「らん大好き」
「らん水ぶっかけても、天パーだから大丈夫なとこ大ー好き」
不満と怒りをあらわにするらんを軽く流し、一日の神経を麻雀に集中させていた三人はみんな一言ずつらんに愛を呟き、即効で睡眠に入っていった。
「ちっ・・きしょ〜、今に見てろ・・」
呑気に爆睡する三人をよそに、一人ビデオと共に取り残されたらんは、復讐を胸に誓い、地道に一本づつビデオの巻き戻しに取り掛かった。
それから数時間後、ビデオを巻き戻し、ビデオ店に返しに行くメニューを全てこなしたらんは、体を凍えさせながら自宅に戻る。
「あ〜、さっみー!!もう絶対最下位とかなんね〜!この体験絶対みんなにもやらす!!」
凍てつく体を擦りながら、ようやく温かい室内で体を伸ばすと、目の前には無防備にそれぞれの場所で寝ている三人。
ソファーの上に坂本、その下の床にケン、それを挟んだテーブルの反対側のファーマットに黒やん。
外に出て、少し頭が冷えたらんの思考は、自分も早く寝ようには向かわず、どんどん頭は楽しい作戦に支配されていった。
今がチャンス。
まずは、ソファーの上に登り、恨みナンバー1の坂本を眺める。
手にするのは、母親のアイシャドー。濃いグレー。
「んふふ〜。アークマ、アクマー。悪魔くん〜。」
チップも使わず、坂本の目の周りに指で塗りたくる。
坂本はどんどんバンドの追っ掛けをしている少女のようになっていった。
「アハハハー!キャワイイぞー!」
最後になぜか額にバットマンのマークをかかれて、坂本終了。
次は一番幸せそうな表情で毛布に包まるケン。
何かいい夢でも見てるのか、口がニヤニヤ笑っている
「あ・・坂本、それヤバイ、うわマジでやったのかよ・・それヤバイって・うふふ・」
何か可笑しい様子でいきなり語り出したケンに、らんも一瞬怯んだが、すぐに寝息に戻ったのを見て寝言だと確認が出来た。
寝言が多い男、ケン。
「ケンケンは〜、ヒョウ柄〜」
次にらんが手にしたのは、ブラウン系のチークで、それをケンの顔全体に塗りたくり、更にブラウンのアイシャドーを使って顔に一つ一つヒョウ柄を描いていった。
ちゃんとヒョウらしくヒゲも描いて、アイラインを使って口の端もピンと上げる。
もはやイタズラというよりアートになってしまった。
「うあ〜!どーしよ!ちょっと消されるの勿体ね〜!」
思った以上の出来に、復讐とはまた別の感動も芽生えて、ケン終了。
二人の成功で、どんどんテンションの上がっていったらんは、いそいそと最後の黒やんに近づく
黒やんには何しようかな〜、高鳴る胸を押さえて、忍び足で黒やんの前にしゃがむらん。
黒やんも、二人と同様、安らかに眠りに落ちて居た。仰向けで首だけ横に傾けた黒やんは今自分に危機が迫っている事など全く知るよしもない。
らんはしばらく黒やんを見つめながら、何か構想を練るふうに口に手をやっていたのだが
実はこの時、らんの思考はとっくに脱線していた。
「あどけにゃい・・」
復讐心、断然恋しさに負ける瞬間である。
らんは、二人を料理した楽しさもすっかり忘れ、黒やんの隣にゴロンと横になり、まじまじと寝顔を見つめる。
頬に少し手を触れれば、若干顔をしかめつつも起きない様子の黒やんに一人で勝手にトキメいていた
完全にモードに入り、どんどんと黒やんににじり寄るらん。
もう二人の間は数センチも無く、誰も見てないのをいい事に、らんは黒やんの体をギューと抱きしめ、調子に乗って頬をチューと吸った後、そのまま一緒に眠りこけた
ある意味一番たちが悪いイタズラである。
翌朝、らんが慌てて目を覚ましたら、運のいい事にまだ誰も起きておらず、慌てて黒やんから離れる
「わあ、あ〜ぶね〜・・」
流石に言い訳の出来ない状態だった自分に、本当運が良かったと一息つくと、即効でケータイに手を伸ばして、適当にリダイヤルをする
「あ、吉川〜、オレ今からドトール行くから、車お願〜い」
起きたらキレられるので、取りあえず避難場所を確保するらん。
後先は考えない男。
らんが一人家を出て、数時間後、ようやく三人は起床した
「ねーオレなんかパンダ目になってる」
「うははは!何やってんの!?坂本パンダ!坂パン!」
「お前笑ってっけど、テメーこそ、サーカスに売られたのかよって感じになってっけどな」
「は?あああああーあ!?」
起きて即効で自分達の異変に気付いた二人の視線は、なぜか一人無事な彼に集中して注がれた。
「なんだよ・・」
二人はふざけて自分達でやったんだろうと思っていたので、怒りの様子で自分に向けられる目に焦る
なぜ自分だけ無事かすら分からない黒やんである
「テメー!寝れねーからっつって、夜中に人の顔で遊んでんじゃねーよ!ちょっとコワイっつーの!」
「やるわけねえだろオレが!!寝てたっつーの!」
「黒やんさすがにこれはちょっと趣味の域越えてるから!!麻雀しながらこんな事考えてたってわけか!」
「だからしてねえっつってんだろーが!!」
起きて一発で二人に責めまくられる黒やんの疑惑は、昼を大分過ぎた後、らんがスロットで負けて帰ってくるまで晴れる事はなかった。
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