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ケンバイトをする
ある晴れた夜中、寝起きの坂本君は唐突な事を言い出した。



「ねえ、オレ前から思ってたんだけどさ」



「うわ!!ビックリした!起きてたんかい!」



「お前バイトとかした方がいいと思う」



「は?」



「明日から二人で喫茶店でバイトしよ、短期だから」


「はあ!?」



そして坂本はまた眠りに落ちていった。

勿論、オレのベット。
ケン最近床で寝てるのです。


坂本君が寝起きの焦点の合わない目で言った事を、オレは真に受けた方がいいのかな〜と考えているうちに次の日になり


訳がわからないまま、オレはマジで喫茶店で働く事となった。





【ケンバイトをする】





喫茶店のくせに何故か短期のバイトの募集をかけていた、「喫茶マカダミアン」で働き初めて一週間。


オレは今だなんで自分がここで働いているのか解らないまま、なんとなく仕事に慣れつつある。




「兄ちゃん、アメリカン特薄で!」



「かりこまりましたー。アメリカン特薄入りまーす!」



マカダミアンのコーヒーは特薄、薄、並、濃、特濃、と自分の好みが選べるラーメン屋のような喫茶店だ。


しかも値段は同じ。
ああ特薄なんてほとんどお湯なのに。
この人から580円も取るなんて心が痛むよ



そして一緒に入った坂本。
坂本がバイトなんか出来るのかと万人が思いそうだが

実はこいつ初日からコーヒーカップを一気に10個運べる事が認められて、ホール長に任命されるという馬鹿げた自体になっていた




「高柳くーん、雑誌全部先週のなんですけどー、買ってきといてって言ったよねー、ホール長さっきベランダで言ったよねー」



オレが各テーブルの砂糖を補充してる横で(基本暇な店)カウンターのクルクル椅子に座り雑誌を並べるホール長もとい坂本。


クソ!なんで短期のバイトがホール長なんだ!
つーか従業員オレとこいつと店長しか居ないんだから、わざわざホール長なんか作らなくてもよし!



「すみませんホール長、つーかそろそろなんでここでバイトしようと思ったのか教えて下さい。バイトしなくてもなんだかんだ常に稼いでるじゃんお前」



この一週間常に心の中にあった思い。

元々坂本はバイトなんかしようと思うタイプじゃないし

一体何がこいつに労働の意欲を与えたんだ。




「それはねー、ここには有名な噂があってー」



「噂?」



「毎月二三回、メシアンっていう人が夜中の12時に来るんだって。インディアンみたいな格好の。その人にワンコイン渡すとトランプしてくれるんだって。それに勝つと何か貰えるんだって」



「その為に・・?」




「あたり前じゃーん。」




やめたろーか。



と思ったがなんとなくオレも、メシアンが気になり始め、なあなあにバイトを続けて三週間目に突入したある日、事件は起こってしまった。




「兄ちゃーん、アメリカン特濃で!」



「ハイハイかしこまりー!アメリカン特濃入りまーす」



オレの方はもう完璧仕事に慣れきってしまったが、未だマカダミアンにメシアンが現れる事はなかった


そんな当初の目的を忘れかけていたこの日、いつもより微妙に忙しい店内で慌てていたオレは、常連のアメリカン特薄おじちゃんがなぜか特濃を頼んだ事に動揺した事もあってか


カップをおじいちゃんに届ける1メートル前で、手を滑らせ漫画のようにコーヒーをぶっこぼしてしまった。


そして、これまた漫画のようにコーヒーの落下位置の席に座っていた、ザマス系マダム



とその子供



「うわあああああん!!」


「んまあ〜!!ヒナギクちゃんのお人形が!!!」



そして被害者の、子供のぬいぐるみ。



なぜ!オレは真面目過ぎるほど真面目に働いていたのに!



「高柳くーん、そんな事するバイトホール長初めてなんですけど」




あたりめーだろ!!三週間しか働いてねーんだから!

コーヒーが滴るぬいぐるみと泣きじゃくる女の子を前に途方にくれていたオレに坂本は、15個くらいのクリームソーダにさくらんぼを乗せながら超他人事モードでしれっと言いのけた


こんにゃろう!ホール長のくせにちっとは庇えや!

つーか本当にあんなにクリームソーダの注文あったのか!?


どうしても、あいつがさくらんぼを乗せたかったばかりに勝手に作ったと思えてならないんですけど



コーヒーで半分以上が焦げ茶色になってしまったホワイトタイガー。


なんでよりによって特濃なんだよ。



今にも訴えるザマスと言ってきそうなマダムのパニック振りにハラハラしながらぬいぐるみを見つめていると、オレはある天救いのような記憶が頭に映像として映った。




は、このトラ、いつかどこかで。




瞬間にピンと浮かんだ記憶を頼りに、オレは店長がマダムを宥めてる隙をついて、謝りながら厨房へ走り肩で息をしつつケータイのボタンをプッシュしたのだった






「もしもし!らん?」



「ケンケェ〜ン、何だ〜い」



「あのさー、らんの部屋になんか死にそうな顔のトラのぬいぐるみあったよね?確か」



「あ?ああ〜病みトラちゃんの事?」



「あ、あのキャラクターそんな名前だったんだ」



「ケンケン知らねーのかよ〜一昔前に超流行ったんだって〜」



「ねえ、あれちょうだい」


「え〜?なぜに〜?」



「お願いちょうだい」



「いや〜どうしよっかな〜あのぬいぐるみにはオレのほろ苦エピソードがあって〜」



「でもちょうだい」



「ケンケンなんで今日そんな強気なんだよ〜!とにかく聞けって〜!このエピソード聞いたら絶対オレから病みトラちゃん奪えなくなるって〜、あれは今年の正月過ぎにさーオレたまたまクレーンであれゲッチューして〜、せっかくだから黒やんにあげようと思ってー渡したいもんあるから近くの公園まで出て来て!ってロマンチックに電話したのに〜、たあが明日受験で一夜漬けさせてる最中だから無理ってシビアに断られたんだよ〜。ヒデーよなー仙山なんて試験官殴っても受かるっつのにな〜!」



「マジでー、ちょうだい」



「・・・いいよ」





こうして、ゴリ押しの末、オレはらんから病みトラちゃんを奪い取る事に成功し、電話を切った後業務用冷蔵庫にズルズルと背中を滑らせなんとか助かったと一息ついたのだった






「なんだ〜ケンケン超意味わかんね〜。なんでオレがケンケンに病みトラちゃん無償であげなきゃいけないんだよ〜。ねー黒やん。」


「病みトラちゃんって何?」



たまたま小松家に黒やんが来ていて、らんの機嫌がよく、病みトラちゃんを貰える事が出来たと、オレは知る事はなかった。






「あー。はー。死ぬかと思った・・ドーベルマンの餌にされる所だった・・」




「よかったじゃーん、じゃあホール長タバコの時間だから高柳くん一人でレジ閉め出来る?」



「オイコラ!!オレはまだまだやる事残ってんだよ!今からはなーわざわざ宅急便で病みトラを送らなきゃいけないの!!忙しいの!!」




怒涛の一日を終え、閉店の深夜1時まで残り30分になったマカダミアンは、お客さんも帰り、今日はもう閉めますな雰囲気に包まれていた。




「だいたい今日も結局メシアン来なかったじゃん、その噂嘘だって、もういいじゃん。平日深夜1時までの労働はキツイ」



「嘘とかじゃねーし、赤高でもメシアンとトランプした奴いるんだって、超強だから勝って何か貰ったやつはいないっぽいけど」



「だいたい何かってなんだよ!そんなインディアンみたいな格好の奴からいいもんが貰える気がしねーんだけど。コインチョコとかじゃねーの?」




もうメシアンを待つのに疲れた。今月も半分終わろうとしてるのに月二三回来ると噂のメシアンはまだ一回も現れていない。


月末にまとめてくるのだろーか。
でももういいよ。大体その噂始めつから怪し過ぎるのだ。よく考えたら。


坂本マジックにかかってしまった。


もういい、オレは目を覚ます。



メシアン実在の希望を手放そうとしたその時、先程まで誰かと電話をしていた店長が、オレ達の方を振り返り、当たり前のように声を掛けてきた




「あ、坂本くん、高柳くん、今日メシアン来るよ」



「ええ!??」



「ほらみろ」




なんだ!?メシアンって来る時がちゃんと分かってんのか?

店長の口からメシアンって出るとミステリアス加減が一切無くなるな


しかしなんでメシアンはこんな閉店間近にいつも来るんだろう

本当謎過ぎる。本当に居るしね。




「メシアンって何者なんですか・・一体どんな人?」


「ん〜?どんなって、いい子だよ〜。トランプ好きなんだろうね〜、いっつも持ってきてね〜かわいい子だよ」



なんだ!なんだ!?小学生とかなのかメシアンは?


情報が普通過ぎて、余計に意味がわからなくなってきたオレは、もう店長に質問をせず着席し静かにメシアンを待った。



それから15分程が過ぎた、閉店ギリギリ、とうとうマカダミアンのベル付きドアーが開いた事を教える鐘の音がだらけた店内に鳴り響いた。



瞬間、好奇心を最高潮に高まらせながらドアに注目するオレと坂本。





「こーんばーんわーって、何やってんの二人。マジでうける」




現れた、男は、一切インディアンの格好ではない


そこはデマか、何がインディアンだ。


インディアンっつーか、インディアンっつーか、赤高の制服じゃん。




「お前ってもしかしてメシアン?」



目茶苦茶不満げな目で念願ねメシアンを睨む坂本が、やる気のない声で一応の本人確認をする


その質問に、メシアンは目だけでにっと笑い、いつもの何考えてるかわからない、淡々とした声で答えた。



「だからオレはいろんな呼ばれ方をされてるんだって」




メシアンの正体は、赤高のパー太郎、なかがわ。




「なかがわ、結局お前に勝ったら貰えるもんって何なの?」




噂になるほど、金払ってまでトランプしてみんなが手にいれようとしてるもんとは、いかに





「ああ、バイアグラ系の薬だけど二人共彼女いないから貰っても意味ねーでしよアハハー」





よし、今月いっぱいで辞めよう、と夢のカケラもない結末を見届けたオレは天使のような顔で店長相手にトランプを広げだすなかがわの横でそう誓った。

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あきゅろす。
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