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マイダディー
適度な礼儀と教養はかーちゃんから。

同年代とのコミュニケーションのとり方は小さい頃、妹のれなの面倒をみてるうちに


もちろん、オレも人の子、当たり前だが父がいる

家族の中で一番気が合うのは、とーちゃん。
趣味も喋り方も顔も、オレはまるきりとーちゃん似


しかし、この人から学んだ事、とーちゃんから親として教えてもらった事って一体。





【マイダディー】






学校から帰宅してみると、我が家の玄関の外に一人のチャラチャラした男が居た。

しかしよくよく見てみれば結構歳がいってます。


暗がりの中ぽつんと一つまあるく光る玄関横の小さな明かり


その光りに照らされるメッシュ入りのロン毛頭は悲しそうに俯いていた。



「とーちゃん、何やってんの?」



時刻は8時過ぎ、普段なら6時には帰宅しているはずのうちの父が、なぜか作業着姿のまま玄関先でケータイをいじくっている


こんな所ご近所に見られたらオレだと思われるじゃないか

ただでさえ顔と背格好が似てるのに、若造りしちゃってよ



「おーケンちゃんおかえりー」


「そんな所で何してんの?コンビニ前で暇してる高校生みたいよ」


「お前のかーちゃんにキレられて、家入れてもらえねーんだよ・・」




オレのかーちゃん、という事はお前のワイフの事か


全く、よく喧嘩するよこの夫婦は、といってもいつも怒ってるのはかーちゃんの方だけ

とーちゃんはいっつもこんなふうに、しょぼんとなって終わる。

かーちゃんが言ってる事の方がいつも正論だから仕方ないが、とーちゃんも夫、いやその前に男ならたまには言い返してみたらどうだ。




「どーせまた、かーちゃんに内緒で服とか買ったんだろ・・」


「そーだよ・・」


「いつから、そうしてるの?」


「仕事終わってからすぐ」

「ええ!?じゃあ二時間近くじゃん」



驚く事に、この人は、まだ夕方と言える6時頃から馬鹿正直にずっとかーちゃんの命令を守っていたらしい。

夕飯もまだでポケットに入っていた充電切れ間近のケータイだけが唯一の暇潰し。

高校生の子供が二人居る大人がこんな扱いを受けていると知り、さすがにかわいそうになってくる



「とーちゃん、オレちゃんと家の鍵持ってるから、こっそり一緒に入っちゃえよ、どーせかーちゃんテレビ見てるから絶対気付かないって」


「分かってねーなー、それで済むならとっくにれなと一緒に入ってるよ、一時間前に」


「そんな事言って、かーちゃん忘れてたらどーすんだよ、絶対10時まではテレビに夢中で思い出してもらえないよ。」



二時間放置されてる時点で、かーちゃんがとーちゃんを追い出した事自体忘れてる可能性は十分にある



「忘れてないよ、かーちゃんはオレの忠誠心を試してんだから。だからオレポケットに千円入ってるけど何も買い食いしてない。すごくね?」


「もー馬鹿じゃないの。まあ、もしかーちゃんが本気で忘れるっぽかったら、さりげなくとーちゃんの話して思い出させてあげるよ」


「お前はやさしーよ、れななんかオレがお前にばっか服買ってやるから最近むかつくっつって、さっさと一人で入りやがったもん。あいつは分かってねーんだよなあ、オレの娘にはギャルじゃなくてフェミニン系になって欲しい親心が」


そうしみじみと、いつも洗面台の鏡の前に置いてあるれなのつけ睫毛を思い出すとーちゃん。


とーちゃんは自分の真似ばっかりする息子のオレに昔からベタ甘だったのは確かである。


昔からの夢だったらしい、自分に息子が産まれたら一緒に毎朝髪のセットで鏡を取り合う事が


普通、一緒に野球したいとかだろ



「お兄さん今年でいくつだっけ」


「さんじゅうななサイ」



こんな男でもハタチで人の親になったりするのだ。




オレはとーちゃんをひとまず置きざりにして、家の中に入った。

ただいまもおざなりのまま、手を洗い冷蔵庫からお茶を取り出して飲もうとすると、ペットボトルを掴む手がピシャリと叩かれる


攻撃の先は我が家の最年長で、ボス、かーちゃんだ。



「ケン!今何時だと思ってんの!?」


「は?8時15分」


「そーじゃねえよ!今日は夕飯、鍋にするから早く帰ってこいって昨日言ったでしょ!」


「え、オレそんなの聞いてないし」


「嘘言いなさい!あんた昨日、お腹にウサギ乗せながらちゃんと、ういーす、って言ったわよ」



そんな、かーちゃんだってオレがそんな態度で聞いてるなら適当に返事したって丸わかりだろうに


もしかして、人の話をちゃんと聞いているかを試されていたのか


さすがオレはとーちゃんの息子、試されレベルも似たりよったりだぜ



「お母さんとれなはもう二人で鍋したから、あんたは自分で鍋準備してやりなさい。材料はもう切って冷蔵庫に入ってるから」


「え、一人で鍋とか勘弁ですよ・・」


「一人じゃないわよ、表に善ちゃん居たでしょ、もう入れてあげていいから約束破ったもん同士二人でやりなさい!」



善ちゃんというのは、そう、とーちゃんの名前。

とーちゃんの言った通り、かーちゃんはちゃんと覚えていたみたいだ。


オレはかーちゃんに従い、コンロに鍋をセットした後に再び玄関に向かった。


かわいそうな中年をお家に入れてあげるためにだ。



「ゼンさーん・・」


「何?かーちゃん怒ってた?」


「もう入っていいって」



オレが教えると、とーちゃんは屈んだ体制のまま嬉しそうに玄関の戸を潜る


ああ、この犬みたいなギャル男がオレの父か


そんな事をしみじみ思いながら、オレはとーちゃんが靴を脱いでる間玄関の外明かりを消して静かに戸をしめた



鍋の中身が煮える間、オレ達二人はタバコを吸いながらどちらもぼーっと前髪をいじくる

無意識で同じ行動をとってる事に気付いたオレは、DNAの確実さが少し怖くなった。



「ねー、とーちゃんはなんで女房関白な年上女と結婚したの?」


「えー、だってオレMだもん」


「そーか、そうだとは思ってたけど・・」



忠誠心を試されているキツイ罰を普通に受け入れる姿を見て分かってはいたが、そう堂々と言われると息子はちょっと怯む。


納得したようにそのままアク取り作業に移ったオレに、とーちゃんは言葉を追加し始めた




「ま、それはかーちゃんと結婚してから分かった事だけど、最初は一目惚れだよ友達とバーに居た時にさーカウンターで一人で寝てる女が居たんだ」


「かーちゃん?」


「そう、後頭こっちに向けてキレーな色の長い髪でよー、あ、かーちゃん昔は茶髪だったんだぞ、オレも酔っ払ってたから無理矢理起こしてナンパしたんだよ」

「出会いはナンパだったのかよ」



らしいと言えばらしい。

初めて聞く両親の昔話に、オレは興味深々でアクをオタマですくう手を止めとーちゃんと目を合わせる




「それからお互い目茶苦茶気が合って、電話交換してさー、オレはまたすぐ会いたくなって次の日掛けたんだよ、そしたらかーちゃん何て言ったと思う」


「わかんない」



「あんた誰よ?だって」



なんだ、なんかその話どこか身に覚えが


カウンターに寝ていたキレーな色の髪。

いつものノリで、初対面でも一日話せば仲良くなったと思ってしまうオレは


自分でも意外な程ショック受けちゃったんだよなー
お前誰って言われて

まあ、オレの場合は冗談だったんだけどもさ



「かーちゃん全然オレの事覚えてねーの。あんなに話盛り上がったのにさあ、それからはもう二度と忘れて欲しく無くて昼間ばっかり遊びに誘った、つっても昼間のかーちゃんは真面目で、オレとかーちゃんの仕事の昼休みが合う火曜と木曜に一緒に飯食ってただけだけど」


「かーちゃん、昔からあんな性格?」


「おー、昔から怒らせたら怖かったよ」




両親が恋愛してた頃の話を聞くのはなんだか不思議な感じだ。

軽い性格のとーちゃんが、一度忘れられてるのに次に行かないで、かーちゃんにこだわったのはやはり、他とは違う何かを感じたからなのか



「酔っ払ってる時、一回会ったきりの人に、忘れられて怒られて、よく結婚までこぎつけたね」


「そう、そこが忠誠心よ」

「出た、忠誠心」


「かーちゃんに対する忠誠心っていうのもあるけど、自分の気持ちに対する忠誠心っていうのもあんのよ」

「自分の?」


「うん、自分が愛する人は怒る時もオレの事を忘れる時もあるけど、絶対に善い人だと信じなさいっていう忠誠心、ほらオレ善じゃん」


「掛けんなよ」



思わずツッコミんでしまったが、オレはとーちゃんの話を今までで一番真面目に聞いてしまった気がした


自分の愛する人を信じなさい、か


自分意外の人間に、感情を100%取り出して見せなさいと言っても無理な話だ。

だからこそ、そこが重要なのか。

見えない心に迷った時、自分の気持ちに忠誠を誓って信じる事。


子供も呆れるようなアホな喧嘩ばっかりやってる夫婦の旦那がそう語るなら、それは間違いないのかもしれない。



気が付けば、鍋はもう煮立って汁は蒸発しかけてる


慌てて、火を止めればそれと同時にオレのケータイが鳴り、坂本からの着信を伝えた。



「ねー、聞いて。これある極秘ルートから聞いた話なんだけど、北海道の個人農場にペガサスの子供が産まれたんだって。知り合い経由で四万で売ってくれんのよ、一人二万づつ出してペガサスゲットよ」



いつになく弾んだ声の坂本からの電話。

話の内容をおおまかに理解したオレは、坂本にイエスノーを返す前に一度ケータイを閉じとーちゃんに尋ねる。



「ねえ、もし愛する人から割り勘でペガサス飼おうって言われたらどうすればいい?」



二人分の皿に春菊を平等につぎわけるとーちゃんは、何秒も悩まずにいつもの軽いノリでオレの質問に答えた。



「愛してんなら信じなさい」



とーちゃんから、親として学んだ事、愛に対する忠誠心

目の前の男に自分の未来が見えたような気がしたオレは


やっぱりDNAには逆らえないんだろうなあ、と思う

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あきゅろす。
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