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健多くんシリーズ。(短編)
触れられない。
ゆっくりと音をたてて、前とは何かが変わっていく。

 
―――――――触れられない。


昼休み、ケータイが鳴った。
着信画面には鳴人の名前。

今日はいつもどおり僕の家に来る予定だったのに、いったいどうしたんだろう。

「もしもし」

口の中に入っていたものを強引に飲み込んで電話に出る。

すると耳の中にものすごい数の人の声が飛び込んできた。

『―――多。い―大丈夫か?』

どうやら鳴人は人混みの中にいるようだ。いろんな話し声に交じってかすかに声が聞こえる。

「うん、大丈夫・・・なんかすごい音だけど」

慌てて受話音量を上げる。

『空港だ。悪いんだが、いまから一週間くらい家空けなきゃいけなくなった』

「今から?」

昨日までは全然そんな話してなかったのに、いったい何が起こったんだろう。

でも鳴人の声の感じは、何かよくないことが起こってるという感じではなかった。

だったらきっと仕事の関係かなにかなんだろう。

風邪だってちょっと前によくなったばかりなのに、またすぐに忙しくなったみたいだし。

『ああ、こっちもまいってんだ。それで前みたいに準備してねえから、5日間好きにしていいぞ』

前みたいに、というのは以前鳴人がいない間にやっておけと渡されたテストの山のことだろう。

「好きにって・・・」

『成績も上がってきてるしな。少しくらい息抜きもいいだろ』

鳴人が笑いながら言う。

息抜きってことは、今度は完全な5日間の自由が手に入ったってことだ。

(・・・・・・・アレ?) 

ふと心の奥に小さな違和感を感じた。

前は一週間自由だってあんなに嬉しかったのに、今度はあんまり嬉しくない。

返事をしない僕を不思議に思ったのか、健多?と名前を呼ばれる。

「あ、うん。わかった」

『そういうことだ。じゃあな』

搭乗時間が迫っているのかもしれない。鳴人はずいぶん急いでいた。

僕もじゃあ、と電話を切ろうとしたとき。

『・・・ああ、そうだ健多』

「えっ、なに?」

また声をかけられて、慌てて切りかけていたケータイを耳を当て、鳴人の声を拾おうと耳をすませる。

すると鳴人は低い声で。

『電話する』

「・・・・・・・・うん」

答えると、フッと喧騒が途絶えて僕の耳にいつもの教室の音が流れ込んでくる。

ケータイを鞄にしまい、友人に謝って箸を手に取った。

「おい、健多」

「え?」

秋月の声に顔を上げる。

「なに?なんかついてる?」

慌てて頬を擦ると、いや違うけど、と肩をすくめられた。

「顔、真っ赤だぞ」

「・・・・・・・・・・・」

・・・・・もしかしなくても、重症。






「あ〜・・・・・・・ヒマ」

久しぶりに学校帰りにゲーセンに寄って(校則違反だけど)部屋に帰り着いた僕は、ベッドに勢いよく倒れこんだ。

鳴人が出発してから4日目。

最初のうちは秋月と放課後遊びに行ったり、買い物をしたりといろいろすることもあったが、さすがに4日目となると暇を潰すのにも限界がある。

あれから一度も電話は鳴らない。

「いや、でも・・・用事もないのに4日くらいで電話してこないか」

手の中でケータイを弄びながら、小さくため息をつく。

「・・・っていうか別に電話待ってるわけじゃないけど!向こうが電話するっていうから、なんか話すことがあるのかな、とか思っただけだし!?」

誰が聞いてるわけでもないのに大声で言い訳めいたことを叫ぶと、とたんに虚しくなった。

・・・病気だ。しかもどんどんひどくなってる。

「電話・・・かけてみようかな」

こっちからかけたら迷惑だろうか。鳴人だって遊びで行ってるわけじゃなさそうだったし。それに、特に電話してまで話す用事もないし。

(なんか、用事・・・)

なにか電話するための口実がないかと僕は考えてみる。

そうだ。

「そういえば今日、模試の結果が返ってきたんだ」

慌ててベッドから飛び降り、鞄の中を漁る。その中に今日返却された先月の模試の結果があったはずだ。

(これなら・・・電話、できるかな)

去年より成績が上がった結果表。鳴人に勉強を教えてもらってから最初の全国模試の結果だ。

これは家庭教師の耳に入れておいてもおかしくはない、と思う。

「・・・よし」

なぜかムダに気合いを入れて、僕は鳴人の着信履歴を呼び出した。

ひとつ大きな深呼吸をしてから、発信ボタンを押す。

プルッ、プルルルルルルルル・・・

5回目・・・6回目。

鳴人は出ない。

(・・・やっぱ、やめとけばよかった)

呼び出し音が続くたび、僕の心の中で後悔だけが募っていった。

「忙しいか・・・」

緊急の連絡でもないし、あまり長くかけても迷惑だろうと電話を切ろうとしたとき。

プルルッ、

『もしもし?』

少し慌てたような声。

走ってきたのか、その息は少し荒い。

・・・4日ぶりの鳴人の声。

「ぁっ、」

ど、どうしよう・・・。

話をするきっかけがつかめない。

『健多?どうした』

怪訝そうな鳴人の言葉が耳に届く。

「あ・・・あの・・」

とにかくなにか言わなないと。

「・・・げ、元気?」

って、そうじゃないって!

鳴人が出発してからたった4日しか経ってないのに、元気に決まってるだろ自分!

「いや、あの、ちがくて!そうじゃなくて・・・」

慌てて言葉を探すけど、自分でもなに言ってるかわからなくなってしまった。

しどろもどろになりながら、いや、とか、あの、とか繰り返してるうちに、鳴人が笑いだした。

『お前なに言ってんだ』

「なにって・・・その・・・」

自分だって何を言ってるのやらわからない。
黙ったまま言葉を紡げずにいると。

『なんだ、寂しかったのか?』

「・・・・・っ!」

カッ、と顔に火がつく。

慌ててそんなわけないと叫ぼうとしたのに、囁くような甘い声が、僕の否定する言葉さえも奪った。

「・・・・電話、するって言った」

『ああ、言ったな』

どこか楽しそうな声に、少しだけムッとする。

「約束守れよ」

『・・・黙ってれば、寂しくなってお前からかけてくるかと思って』

それってワザとってことか!?

本当にどこまでタチが悪いんだこの大魔王は!

「このッ・・・悪趣味男!」

『へえ。その悪趣味男が好きなのはどこのどいつだ』

・・・・・なんか今とんでもないこと言ったぞコイツ。

「さぁ、誰でしょうね。僕は知らないけど」

鳴人め、いつもいつも大人しく従ってばっかりだと思うなよ。

どうせそこからじゃなにもできないくせに。

『・・・お前、俺が近くにいないからってやけに強気だな』

「ふふん。悔しかったらココまで来てみな」

『・・・・言ったな?よしわかった。20分でそっちに行く』

・・・・・・・・・・・・・え。

い・・・いやいやいや。

そういうのがコイツのいつもの手だ。

僕をからかって遊んでるだけだ。騙されるな自分。

「そんなハッタリ通じないから!残念でした!」

鳴人のことだ、それくらいの嘘はついてもおかしくない。

いくら僕でもさすがにそんな子供騙しの嘘にはひっかからないからな!

電話口で鳴人がふん、と鼻で笑う。

『ハッタリだと思うか?実は仕事が意外と早く終わったから、前倒しで帰ってきたんだよ。さっき家に着いてシャワー浴びてた。電話に出るのが遅れたのはそのせい』

「うそ・・・」

マ・・・・・・・マジですか・・・!?

サーッと血の気が一気に引いていく。

ちょっと待て、僕さっきとんでもないケンカを売ってしまったような・・・。

「え、っと」

冗談じゃない・・・鳴人にあんなこと言っていったいなにされるか!

僕の頭の中を、過去に鳴人にされたあんなことやこんなことがグルグルと回る。

ヤバい。

この変態大魔王を怒らせたらとびきりヤバい・・・!

なんとか家に来る前に機嫌をとっとかないと!

「あの〜・・・さっきの話、」

『嘘』

冗談だから、と言おうとした僕を鳴人の声が遮った。

「・・・え」

・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ?

「なにが、嘘?」

『帰ってるって嘘。むしろ予定よりだいぶ長引きそうだ』

「・・・・嘘?」

『ああ。あと一週間くらいは帰れそうにない。その間は見逃しといてやるから安心しろよ』

くく、と喉を鳴らして鳴人が笑う。

帰ってるっていうのは、嘘。

あと一週間しないと帰らない。

じゃあ、まだ全然鳴人に会うことはないんだ・・・。

「・・・・・・・なんだ。そっか」

無意識に呟く。

そんな自分にハッとして、慌てて暗い気持ちを振り払う。

「あ・・・あー、びっくりした!そういうことなら当分帰らなくていいから。そのかわり絶対お土産買ってきてよね」

それならもう必死に言い訳する必要も、いま謝る必要もない。

これ以上なにか言われる前に電話を切ってしまおうとタイミングをうかがう。

「そっちも忙しいだろうし、もう切るから。一週間なんていわずにゆっくりしてきなよ」

『・・・健多』

「じゃあね」

『健多』

電話を切ろうと思っていたのに、鳴人の少しだけ強い声が聞こえて僕は静止した。

「・・・・なに?」

早く切りたい。

これ以上鳴人と話していたら、きっとこの電話を切りたくなくなるから。

「もう切、」

『寂しいのか』

チク、と胸が小さく痛んだ。

「・・・なに言ってんの」

なに言ってんの、鳴人。

・・・寂しいなんて言ったって、どうせそこからじゃなにもできないくせに。

どうせ帰ってきてくれないくせに。

それなら、悔しいからせめて寂しくなんてないって思わせたいなんて意地を張りたくもなる。

「寂しいわけないだろ。自意識過剰もいい加減に、」

『寂しいって言えよ』

「だから、寂しくなんか・・・!」

『寂しいって言ったら、会いに行ってやるから』

意地の悪い、笑いを含んだ声。

・・・まただ。

また鳴人はきっと、自分だけ余裕って顔してるんだろう。

最初に手を出してきたのは自分のくせに、こうやっていつも僕だけ振り回されてる。

「・・・会いに行ってやるなんて、どうせ来れないくせに」

『俺が行くって言ったら行くんだよ。お前が寂しいって言ったら、20分後に絶対にそこに行く』

どうやって。

いくら鳴人でも魔法使いじゃない。そんなこと不可能だってわかってる。

それでも。

離れてる今くらい、ちょっとだけ素直になってもいいかな。

「・・・・寂しい、から。会いに来いよ」

電話が拾えるか拾えないかくらいの小さな声で呟く。

顔が見えないと普段は絶対に言えないことでも言える。

でも、顔が見えないから、もっともっと寂しくなる。

「空でも飛んでくるわけ?」

『いや、車・・・・ああ、そういえばもうひとつ言ってなかった』

「・・・なに?」

『こっちに帰ってきてないってのも、嘘』


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