ページ:11 朱に交わればどうにかなるもんで、俺はもうすっかり部活メンバーに溶け込んでいた。 昼飯は皆で弁当を広げ、互いのおかずをつつき合いながら食う。 そんな微笑ましい光景の中にすっかり馴染んで違和感も無い。一応元の世界に戻る方法も考えなければならないのだが、そんなことを忘れさせる魔法にかかってしまったかのように、ここでの生活を楽しむ俺がいる。 「今日はレナさん随分とご機嫌ですわねー!?何かあったんですのー???」 「ねー。おじさんもちょっと気になってさ〜。今朝学校来るときからずっとこうなんだよ。いいことあったんならおじさんたちにも教えてよー!」 「はぅ〜……実はね、……やっぱり内緒だよ!だよ!あははは」 「ちぇー、気になるなぁ。喜びは分かち合おうよ〜」 「きっと心の中に大切にしまっておきたい喜びなのですよ、魅ぃ」 昨日、宝探しのあと、俺たちは家の近くの土手に行って少しばかり話をした。そこで聞いたのはいわゆる家庭の事情ってやつなんだが、何でそれを俺に話そうと思ったのかは分からない。 本人にだって分からないかもしれない。無意識のうちに感情の堤防が決壊するのを抑えたかったのか。 学校でのレナはそんな様子を全く見せない分、ためらいがちに語られた内容に少々驚かされた。 レナは父親と二人暮し。去年雛見沢に引っ越してくる前に両親は別れてしまったそうだ。 母親はバリバリのキャリアウーマンって感じの人だったらしいが、仕事関係の知り合いに惚れて、それが離婚の原因となった。こっちに引っ越してきてから、父親はリナという水商売の女にハマった。 離婚で傷ついた反動だろう、すっかり熱を上げた父親がそいつを家に招くようになり、次第に居ついて、なんとまあ泊まったりまでするそうだ。 言うまでもなく、そこはレナの家でもある。 「今も多分その人が来てるから、何だか帰りづらくって。ごめんね、ワガママ言って」 寂しそうな微笑みが痛々しかった。家に帰ればその女がいる……ひょっとしたら、宝探しは時間つぶしのためでもあったりするのかもしれない。 そう思ったら何かしてやりたくなるのが人情ってやつだ。俺はガラにもなくレナに約束をした。 さっき欲しいけど取れなかったと言ってたケンタくん人形、明日俺が取ってやる。 だからってレナの家がどうなるわけでもないけどさ、それで少しでも元気が出るならな。 そういうワケで今日のレナは上機嫌、なんて思い上がるつもりはないが、もし昨日の約束がレナの明るさの一部となって、今みんなを照らしているのだとしたら、友達冥利につきるね。 放課後の宝探しに、微力を尽くしたい。 さて、一日の授業と、まるでそれも授業の続きであるかのように自然と始まる部活動とを終えて、俺たちは学校を後にする。おっと、今回の部活は負けなかったぜ。俺にだって意地がある。 ちなみに最下位になった梨花ちゃんは、何故か用意してある小学生サイズのメイド服とネコ耳の組み合わせで、校長先生の頭を撫でに行く羽目に。もし自分が負けていたら…… 想像しただけで、背筋が氷河期にタイムスリップした。 魅音と別れ、俺とレナは瓦礫の山へ。ケンタくん人形のある場所に案内してもらう。 なるほど確かに女の子一人でこれを取り出すのは無理だ。小高く積まれたゴミ山の下の方から、頭と肩の部分が横に向かって飛び出してる。 人形の上に乗ってるガラクタの重さを考えたら、引っ張り出すことはできないだろう。上のガラクタを根気強くどかすしかない。 蒸し暑い中、テレビやら冷蔵庫やらを少しずつ運ぶ。汗でシャツがベッタリ貼り付いて気持ち悪い。 なんか、一生懸命だな、俺。 やっとの思いでジャマなゴミを全部どけて、ケンタくん人形の全身が現れる。 「!!!!! かっ、 かぁぃぃぃぃ〜〜〜……」 どんな喜び方をするのか、また発狂するのかと思いつつレナを見てみると、小動物のようにぷるぷると小刻みに震えていた。やっぱりこの子の理解には困難を極める。 「……っ! ありがとうキョンくん!わっ、すごい汗だよ?だよ? そうだ、お家から冷たい麦茶持ってくるね!ちょっと待ってて」 はっと我に返りそう言うと、レナは小走りで駆けていった。俺は一仕事終えた心地よさに身を委ね近くの傾斜に寝転がると、なんとなく今日の出来事を思い返す。 メイド服の梨花ちゃんに、小動物のようなレナ……その流れから朝比奈さんを連想してしまう。 この世界にもSOS団があるんだっけ。ハルヒのヤツが無理やりコスプレさせたりしてんのかね。 ちくしょう羨ま……朝比奈さんもかわいそうだよ、ホント。 物思いにふけっていると、レナが水筒を持って戻ってきた。キンと冷えた麦茶を美味しく頂いて、 それからゆっくり歩いて家路についた。もちろん、レナは人形を大事そうに抱えながら。 夜、あちこちに筋肉痛の予兆を感じさせる体をほぐしていると、朝比奈さんから家に電話があった。 ええいつでも空いてますとも、場所は朝比奈さんの行きたいとこでいいですよ、だって俺はあなたの笑顔があれば、どこにいたって幸せになれる自信がありますので。 ……なんて誘われてもいない デートの返事に万全の準備を整えていたんだが、電話の内容は第2回SOS団員会議の招集だった。 明日午後二時、エンジェルモート集合とのこと。土曜だから学校は昼には終わりだ。 どうやらSOS団の三人は、二日間、この世界の状況把握や脱出策についてハルヒの目を避けつつ話し合っていたらしい。限りなく危機感ゼロに近い自分がものすごく申し訳ないね。スイマセン。 翌日、魅音が上機嫌モードだった。何なんだ。それ、当番制なの? という疑問はさておき、 その魅音に、ちょっと用事があるから部活を休ませてくれと頼んだ。 「あー、そうなの?全然いいよん☆ っていうかどっちにしろ今日は部活無しの予定だったし!綿流し前日だからね、おじさんと梨花ちゃんはちょっくら準備があるんだよ」 なら丁度いいな。そうか、明日は綿流しか……。 そんなわけで学校が終わると魅音は梨花ちゃんと沙都子の三人で帰っていく。 残ったレナと二人の帰り道で、今日の宝探しは休みにしてもらいたいことを告げる。 「うん、構わないよ。昨日あれだけ頑張ってケンタくん人形取ってもらったし、あ……キョンくん筋肉痛になったりしてないかな?かな?」 まあな、こんなとこにも筋肉があったんだと今朝から発見の連続だ。 「あはは。どこなんだろ?どこなんだろ? それに綿流しの前だし、ゆっくり休んで明日は元気いっぱいで楽しみたいよね!」 みんな随分楽しみにしてるよな。おかげで俺もだいぶ期待し始めている。 家の前で明日の待ち合わせ時間を確認してから、レナと別れた。二階にある自室に行き、窓から望む雄大な自然の中にぽつんと一人、徐々に遠ざかって小さくなるレナを見ていると、何となく後ろめたい。今、彼女の家がどういう状況なのか知っていて、一人にしてしまう。 いや、俺がそんなことに責任を感じる必要は無いんだが。学校が早く終わって、持て余す時間をどう過ごすのか……。そんなことを考えながら着替え終わり、玄関を出ると自転車に跨る。 二時前には着きそうだ。 [*前へ][次へ#] |