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往にし方に礼賛を


蔵馬は、唯独り佇んでいた。
其処は幻海の屋敷の裏に在る、森の中の竹藪。

その風景が、蔵馬に過去の出来事と先程の闘いを重ねさせていた。

走る痛みに顔を顰めて、腹に手を当てながら。
蔵馬は徐に、一本の笹竹に手を添えた―…



〜往にし方に礼賛を〜



耶雲と三獄神を倒した後、満身創痍のぼたんやひなげしを連れて、幻海の屋敷に全員で訪れた。
幽助は螢子の側に、桑原は雪菜の側に居て、飛影も雪菜の様子を気にして桑原の後ろから伺う様にしていた。
ぼたんの手当ては幻海が施していて、安心した蔵馬は独り屋敷を出た。


森の中の竹藪。
今の自分には似合いだと、蔵馬は思う。
胸の中に渦巻くものを、整理するには。


“過去に心の傷を持たないヤツ等いやしない”と。
“そんなヤツがいたらそいつは薄っぺらなヤツだ”と…。

三獄神の一人、傀麒を倒して俯く蔵馬に飛影はそう声を掛けた。
飛影が直接的に慰撫の言葉を口にするのは珍しい事。
その飛影の言葉で救われた事に、蔵馬は感謝していた。

けれど。
まだ、蔵馬の胸の内には渦巻くものが在る―…



「お前はいつもそうだな。早く手当てをしたらどうだ。」


呆れた声が、蔵馬の後ろから掛けられた。


「飛影…雪菜ちゃんは…?」

「…潰れ顔が看てる。」

「へぇ、少しはシスコン卒業出来たんですか?」

「話を逸らすんじゃない。早く手当てしろ。」


飛影の声には、多少の怒りの色が伺える。
蔵馬がからかった事にでは無くて、蔵馬が自分の手当てをしない事に。


「…少し…考えなきゃいけない様な気がして。」


笑って蔵馬は言った。
“其処まで酷い傷じゃないから心配しないで”とも付け加えて。


また何をうじうじと…
そう飛影は苛立ちを覚えた。

周囲の者は、蔵馬を強いと思っている。
持つ力だけで無く、内面も。

けれど飛影はそう思わない。

物事一つを、他人の言葉を真摯に受け止め、奥深くまで意味を考える。
その癖が、蔵馬にはある。

その事で、要らない事実に気付かねばならなくて、内面に傷を負った事も少なくないだろうと思う。
それを決して他人には気付かせない様に生きて来ただけで。
気付いてやれる存在が、居なかっただけで…

他人を思い過ぎて自分を疎かにするところも、逐一他人の欲しがる言葉を投げ掛けるところも、蔵馬のそう言うところから来ていると飛影は分かっていた。


「…他に、何を考える事がある。」

「…何って…何だろうね…?」


笑みを崩さないまま、蔵馬は言った。

心の奥底を読ませない…蔵馬の方法。
それを飛影にまで使用する事実は、何かを抱えていると言う証拠で。


飛影の言った“他”とは。
蔵馬が傀麒を倒す際に乗り越えた事実以外に…と言う事。

言い方を変えれば、蔵馬が己の過去を乗り越えなければ、傀麒を倒せない可能性が有った…と言う事だ。

過去を乗り越え、傀麒を倒した。
それだけで充分だろうが…
何をうじうじと…

再度、飛影は苛立ちを覚えた。

笑顔を崩さないまま、足下の笹竹の根元に目線を下げた、蔵馬の横顔に。
たまに見えてしまう、蔵馬の儚さが揺れていた―…


飛影の纏う空気の変化に気付いてか、蔵馬は顔を上げた。
まるで“今から話すよ”と言う様に、困った様な笑顔で飛影を見詰めた。


こんな時にまで、蔵馬は他人を気に掛ける。
その弱さが、強さが、飛影には痛々しく感じられた。



「…浮かんだんです、あの時…傀麒が化けた黒鵺に“裏切り者”と呼ばれた時…」


蔵馬は苦悶の表情を浮かべる。
笑顔が剥がれた蔵馬の表情を、飛影は静かに見詰めていた。


「黒鵺を罠に掛けて笑う…妖狐のオレの表情が…」


飛影は黙って、蔵馬の声に耳を傾けていた。
蔵馬は顔を俯かせて続けた。

見詰める笹竹の根元に、真実を見つけ出そうとしている様な…
しかし揺れる瞳が何も見えないと物語っている様でもあった。


「…勿論、オレは黒鵺を罠に掛けたりしていないんですけどね…」


“でもほら、オレって噂に成る程極悪非道…だったし…”
自嘲気味に笑って、蔵馬は顔を上げて続けた。


昔の己の所業―…
それが傀麒の見せた幻覚と重なった。


飛影は掛ける言葉が見付けられないでいた。
蔵馬の様に相手が望む言葉を選ぶ特技等、飛影は持ち合わせていない。
尤も、慰めを蔵馬が必要としているかどうかは置いておいて。

極悪非道と呼ばれた昔。
それは飛影も同じ事。
背中を合わせる事が出来る仲間を見付けた今でも、その性質は変わらない様に飛影自身は思う。

只。
早く怪我の手当てをしろ、と。
それしか浮かばない己は、蔵馬にとって如何なモノか…

癖の舌打ちが出掛けたのを堪えて、その代わりに飛影は一瞬で蔵馬の背後に立った。
蔵馬の傷に障らぬ様、傷口を避けて腰を引き寄せ、飛影はそのまま蔵馬を抱える様にして座り込んだ。


「…わっ!」


蔵馬が驚きの声を漏らす。
飛影の動きが素早い事と、別に意識を持って行かれていた蔵馬は、只驚くしか出来ないのも仕方が無い事と言える。


「…飛影…?」

「…早く手当てしろ。俺がしてもいいんだぞ?手荒いのは充分分かっているだろうしな。」

「そ…れは、ちょっと…」

「なら、早くしろ。」


飛影は蔵馬の手を掴んで、傷口に当てさせた。
ホールドとも言える体勢で蔵馬が逃げ出さない様にし、有無を言わせない様に追い込む癖に、傷口に手を当てさせる行動は傷に障らぬ様至極優しい。
蔵馬は大人しく、傷口に妖気を送り始めた。

それを確認して、飛影は少しだけ蔵馬を抱える力を抜いた。


「…下らん。俺は過去等どうでもいい。お前が黒鵺を手に掛けてようがいまいが。」

「…オレは…そうは思えなくて…」


蔵馬は頭を下げる。
傷口を見ているのではなく、恐らく地面を見詰めているのだろうと飛影は思う。

飛影は蔵馬の肩越しに、傷口に注がれる蔵馬の柔らかい妖気を見詰めていた。


「いい加減にしろ、蔵馬。うじうじと悩む程の仲間だった黒鵺を、お前が手に掛ける訳無いだろうが。馬鹿な幽助でも分かる事だ。」

「飛…」


妖気を送り出す蔵馬の右手がぴくりと揺れた。


「妖狐だったお前が、極悪非道と呼ばれるまでのヤツで心底良かったと思うがな。うじうじしがちの弱っちいお前じゃ、魔界でとっくに死んでるさ。」


蔵馬の耳元で、飛影が笑う。


「また…酷い言い様ですね…」


蔵馬もまた、笑った。


「感謝するんだな、昔のお前に。」


蔵馬が小さく息を呑んだ。
…そんな事、考えた事も無かった。
昔の自分が居て、今の自分が居て、大切な人に出逢えた事を―…

特に最近は、昔の自分を省みる事しか出来なかったのだから…


「…はい。」


蔵馬はそれだけ答えて、顔を上げた。

見上げた先に、数本の笹竹が揺れる。
さわさわと、柔らかく…

背中には、愛しい者の鼓動とぬくもり。
気持ちが沈み過ぎて気付けなかった事を、蔵馬は恥じた。


「治療が終わったら、師範の屋敷に戻りましょうか。」

「いや、このまま消えても構わんだろう。」

「それも…いいね…」


クスクスと笑う蔵馬が、“本当にシスコン卒業出来たんですね”と続けて。
面白くない飛影が、顎で蔵馬の頭を小突いた。


たまには饒舌になってみるものだと…
蔵馬を引き上げる事の出来た飛影が安堵して。

その飛影の安堵と、二人を纏う柔らかい空気は。
風に揺れる笹竹達だけが知る事となった―…



(END)



*6666*REQUEST
乃亜様より 「冥界編」
受付 2010.11.11  掲載 2011.1.15.....☆

★あとがき★
や…やっとUP出来た…
上記の受付日時を書いて呆然。。。
乃亜ちゃん、すまそ…(T^T)
“往にし方(いにしえ)に礼賛を”と言う事で、如何でしたでしょうか?(汗)
乃亜様より「冥界編」とリクエストを頂いた際、映画ガン無視で、飛影が慰めに入った時にナニをさせてしまいたい…ムフっとか思ったんですが、断念。
何故ならば、あたしに文才が無いからっっ(ずーんΣ)
映画でも珍しく饒舌だった飛影をそのまま引っ張ってみました☆
リクエスト下さった乃亜様、お読み下さった皆様、有難うございました^^

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