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REQUEST
アンバランスなKiss

何処か…虚ろな瞳。
本人でさえ、容易に気付く事の出来ない程の。

いや、恐らくはその虚ろな瞳の持ち主である彼を、唯一愛して止まない彼だけは気付く事が出来る…

そんな瞳をして、蔵馬は己の部屋の片隅に座っていた―…



〜アンバランスなKiss〜



―何処を見てる―…


飛影は何かを読み取る様に、蔵馬を見詰めていた。

部屋の片隅に座っていた蔵馬は、飛影が部屋に入るなり直ぐに反応して立ち上がった。
“いらっしゃい”とも声を掛けたし、何の滞りも無い仕草で、飛影の為の珈琲も用意した。

けれど。
飛影に、いつもと何かが違うと思わせるのには充分だった。


―光が、無い。

いつもならば。
光が宿った翠の瞳に、俺を映し出して笑うのだ、蔵馬は―…

挨拶と共に寄越される笑みも、作り物そのものだった。
その事も、恐らく飛影しか気付けない程の事実。


テーブルに置かれた珈琲を口に運びながら、飛影は目の前に座った蔵馬を見詰めた。
飛影の視線に気付いてもいい筈なのに、蔵馬は何処かぼんやりとしたままだ。

いつもならば、直ぐに飛影の視線に気付いて、笑みを零すか、“どうしたの?”と尋ねただろう。
それ程、飛影は明から様に見詰めていると言うのに。


「…何があった?」


この様子では進んで何かを言う事はして来ないだろうと判断して、飛影は蔵馬に声を掛けた。


「…何も無いですよ?珈琲、薄かったですか?」


蔵馬は笑顔を貼付けて、飛影に答えた。

その様は他人から見ればまるで自然だろうが、飛影には通じる訳が無い。
一瞬慌て、無理に笑った事は、飛影から見たらとても分かり易い事だったから。
蔵馬が飛影の問い掛けから逃げる為に、わざと珈琲の話をした事も…


―何年、見て来たと思ってる―…


内心でのみ溜め息を吐き、飛影は思った。
そして徐に蔵馬を引き寄せ、腕の中に仕舞い込んだ。

素直に飛影の腕の中に仕舞い込まれたものの、蔵馬は身体を強張らせた。
蔵馬の体温が酷く冷えている様に…飛影は感じた。


「…吐け…吐き出せ、蔵馬。」


静かに告げられた飛影の台詞に、蔵馬は尚、身体を強張らせた。
必死で、溢れ出る何かを塞き止めている様な行動だった。


「…な…にも…」


“何も無いです”と言い掛ける蔵馬の声が震える。
何かあった事を物語る様なものであった。


「…吐き出せ。」


飛影は尚も同じ台詞を続ける。
静かにゆっくりと…
蔵馬の身体に染み渡る様な、催促。

蔵馬は強張ったままの指先で飛影の腕を掴んで初めて、声だけで無く指先も震えている事を知った。
その震える指先でも、飛影の体温は温かいと感じ得た。
指先から、飛影の温かさが流れ込んで来ると思わせる程に―…


「…今日…義父と一緒に、取引先の取締役のお宅に招かれたんです…」


小さな声で、蔵馬が語り始めた。
蔵馬は震える指先で掴んだ箇所に出来た、飛影の衣服の皺を見詰めていた。

まるで、蔵馬にとっての視界は其処にしか無い様に…
唯、一点を見詰めていた。

飛影は何も答えずに、聞き手の居ない独白の様な蔵馬の口調で語られる次の言葉を待つ。


「とても立派なお屋敷で…其処の…裏に…」


言葉に詰まった蔵馬を促す様に、飛影は蔵馬の背中に掌を優しく押し当てた。
其処からも。
飛影には蔵馬の冷えた体温が。
蔵馬には飛影の温かい体温が。
交換し合う様に伝わっていった。


「…竹藪…が…在って―」


苦しそうに、それでもやはり独白の様に…蔵馬は言葉を続けた。


「お茶を出してくれた婦人の首元に…赤の―」


蔵馬は再び言葉を詰まらせた。
いや、言葉を詰まらせたと言うよりは、嗚咽を堪えている様な…

飛影は蔵馬の背中に押し当てていた掌を移動させ、蔵馬の髪に指を絡ませた。
ゆっくりと…何度も蔵馬の髪を梳かす。
蔵馬の言葉には相反して、詰まる事無く留まる事無く、蔵馬の髪は飛影の指に流されてゆく。


「…赤の…ペンダントが…」


其処まで聞いて、飛影は理解した。


黒鵺…か―…

妖狐の時代に、蔵馬の友であった男。
助けられなかった事を、未だに悔やんでいるのは知っていた…

だが、この様な形で蔵馬が追い詰められるとは思わなかった。


「オ…レ…それまで黒鵺の事…っ……忘れ…て…っ」


悲鳴に近い、叫ぶ様な蔵馬の声。
とても痛々しいものであった。

忘れてはいなかっただろうと、飛影は思う。
只、有り有りと思い出す事が無かっただけの事だろう、と…


飛影は顔が合わせられる距離まで蔵馬を離した。


「…何処を…何を見てる、戻って来い。」


何を言われているのか理解が出来ずに、蔵馬は未だ光を宿せない瞳で飛影を見詰める。
瞳に光は宿っていないと言うのに、床に真っ直ぐに落ちてゆく涙は光を放つ―…

その蔵馬に、飛影はもう一度言った。


「…戻って来い、蔵馬―…」


そのまま、酷くゆっくりと、飛影は蔵馬に顔を近付ける。
たかが数十センチの距離。
その短過ぎる距離を、時間を掛けて飛影は縮めてゆく。

紅の瞳が、翠の瞳を捕えながら…

距離を縮めてゆくのと同時に。
少しずつ、少しずつ…

ゆっくりとした飛影の動作、今まで静かに投げられた飛影の台詞。
その意図と飛影の想いを悟って…
濁っていた翠の瞳に光が戻りつつあった。

飛影は、蔵馬の瞳の中に宿り始めた光を確認して…
優しく、触れるだけの口付けをした―…

蔵馬が抱える闇から、蔵馬を引き戻す行為。

普段のそれと比べれば、酷くアンバランスなものであったけれど―…


飛影の優しい口付けの後、何かが切れる様に蔵馬は泣いた。
綺麗な顔を酷く歪ませて。
溢れる後悔を塞き止めていた反動だった。

その蔵馬を飛影は再び引き寄せ抱き締める。
蔵馬は飛影の首元に、肩に、胸元に…激しく縋り付いて泣いた。


「…九年前に、決着をつけただろう?」


―九年前。
耶雲の手下で傀麒が幻影によって見せた黒鵺の姿。
“裏切り者”と罵られても、蔵馬は黒鵺との友情を信じて打ち勝った。
己への責罰の思いで、身体が動かなくなり傷を負っても―…


「あの時のお前の想いが全てだ、蔵馬。」


“あの時に納得がいかなければ、お前は霊界までそいつに会いに行ったんじゃないのか”
そう、静かに飛影は続けた。

飛影の言う事は、正しくその通りであった。
心の何処かで黒鵺を助けられなかった事を悔やみ続けていても、全ての事に決着はついている。


「今日の様に、たまに思い出してやれ。それだけでいい…」


飛影のその言葉で、完全に蔵馬の身体の強張りが消えた。
体温は、抱き締めてくれる腕によって、既に戻りつつある。


「…このまま眠れ。」


こんなにも直接的に告げられる睡眠を促す言葉が、蔵馬にとっては本物の子守唄の様に身体を包んだ。


「…はい…」


蔵馬はそれだけ答えて、そのまま身体を飛影に預けた。

壁に寄り掛かりながら飛影は蔵馬の全身を支え、腕を伸ばして無造作に放っていた己の外套を拾い上げ、蔵馬を包み込んだ。
“お休み”の代わりの様に、飛影の腕は優しく蔵馬を抱き締め直して―…


明くる日、飛影の腕の中で目覚めた蔵馬は、すっかり元の蔵馬に戻っていた。
腫れた目元が少し痛々しく飛影の目には映ったが。

“他の男の事で俺にフォローさせるんじゃない”と苦々しく飛影がからかうと、蔵馬は何の曇りも無い笑顔で切り返した。
“黒鵺は…そうだな、幽助や桑原君みたいなものです。あ、飛影にとっての雪菜ちゃんみたいな存在かも♪”と。

何とも狐らしい発言に、蔵馬が吹っ切れた事を読み取って安心した飛影は、何処か腑に落ちない気分にもなって。

そんな飛影に。
“有難う”と…
綺麗に笑んで、蔵馬は口付けを返したのだった―…



(END)



*4444*REQUEST
乃亜様より 「アンバランスなKiss」
受付 2010.9.13  掲載 2010.10.3.....☆

★あとがき★
乃亜様、キリ番お踏み下さって、しかも素敵なリクエスト有難うございました^^
受付から大分時間が経っている…
申し訳ございません(土下座)
二人にアンバランスさせちゃって♪との事でしたが…
まさかの冥界死闘編の匂い…どーーーん(笑)
し…少々蔵馬さんが女々しいのは許ちて下ひゃい…><
『アンバランスなKiss』出来てますでしょうか…(激汗)
テーマと題名が一緒になっちゃった…ていうね(´`;)
む…難しかっ…
あ、これ以上の言い訳は日記にてさせて頂きます。。。
乃亜様、そしてお読み下さった皆様、有難うございました^^

【2010.10.15追記】
本日、このお話をリクエスト下さいました乃亜様のサイト『FOXy』にこのお話を貰って頂きました
その紹介文に乃亜様も書いてましたが、そうなんです(笑)
密かに飛影に理想男性像を投影しております
バレたか…!!(爆笑)
色々ネガティブ方面に走りがちなウチの蔵馬ですが、飛影が側に居て幸せよねって話です、ウフ(´m`)
と言う事で、乃亜様、有難うございました^^

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あきゅろす。
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