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第一章
23「かけがえのない」(柊saide)



――奇襲騒ぎから、もう何日たったのだろう。
日にちの感覚が、無いに等しかった。
なぜならここ暫く、ずっと襖に閉ざされた部屋で過ごしていたのだから。


気がつけば鳥の囀りが聞こえて、気がつけば遠くの方で仕事に駆け回る人家の慌しい足音が聞こえて、気がつけば襖のむこうが茜色に染まっていて、気づけばもう光は差さなくて。
長すぎる夜が、ようやく和らいで、また鳥の囀りが聞こえて。
どこか遮断されてしまったような空間から、私は外の様子をなんとなく感じるしかなかった。




―かけがえのない(柊saide)―




今は、夕方だろうか。襖が淡い橙色に染まっていた。


あの奇襲騒ぎのあと。
朝方まで怪我人の治療をし、終えて一息ついていたときだった。
突然、刺青が激しく痛み出したのだ。
異変に気づいた政宗にはすぐに刺青のことだと悟られたが、暫くすれば治ると言って部屋に閉じこもった。
しかし、治まると思っていた痛みは無くなる気配がなく、短い間隔を経て痛みは続いていた。
そのため、暫く休養をもらいこうして部屋に閉じこもっていたのだった。


周囲の人には疲労から来た風邪ということにしており、うつすと悪いから部屋には誰も入らないように、とそれとなく政宗が広めておいてくれた。
そのため、時折襖越しで小十郎や成実、人家の者が様子見がてら話しかけてくれたが、部屋に入ることはなかった。
日に何度かは慶次が訪れてくれ、食事も慶次が運んでくれた。政宗から世話を頼まれたらしい。
慶次は不調の原因を深く聞こうとはしなかった。
政宗が知っている、事情を知ってくれている人がちゃんといるのなら、下手にこちらからのお節介は無用だと悟ったのだろう。



ふと布団から体を起こし、右腕の包帯部分を軽く握る。


「・・・段々、痛みの間隔が長くなってきた・・・?」


あれほど痛んだ右腕は、今はなんともない。少しずつ落ち着いてきているようだった。
嬉しいことなのに、しかしどこかで不安を覚えるのは――なぜだろう。


起き上がり、久々に自らの手で襖を開けた。汗でベトベトした体が気持ち悪い。


「今の時間なら、まだ人いないかな」


そう思い唐突だが、湯浴みをしようと足を向けたのだった。




わざわざ湯まで沸かす気力はなかったので、生ぬるい水で髪と体の汗を流し、さっぱりとした。
脱衣所から出てみれば、空はすっかり藍色へと変わっていた。恐らくもう夕餉の時間だ。
しかし久々に襖の外へと出たのに、すぐにまたあの場所へ戻る気にもなれず、人気のない中庭を目的もなく歩くことにした。
蔵の裏に、丁度腰掛けやすそうな段差があり、そこへ腰を下ろした。
もうすっかり初夏だが、夜は風が冷たくとても過ごしやすい。
体を流したばかりだったため、まるで風が体をすり抜けていくようで気持ちがいい。


「――柊っ!!」


突然名前を呼ばれ、寄りかかっていた私は勢いよく背筋を伸ばした。
見れば政宗がこちらへ足早に向かってきていた。
もうずっと会っていなかったような、とてつもなく長い時間を経て会えたような錯覚に戸惑う。


「ま、政宗さま・・・。お久しぶりです」
「テメェ・・・・、こんなとこで何やってるんだ」


なんだかその一言にやけに力が篭っていたが、まぁ、気にしないでおこう。


「汗を流したくて、湯を浴びていました」
「もう、古傷は大丈夫なのか?」
「はい。段々と痛みの間隔もあいてきたので。いろいろと、ありがとうございました」


隣に腰を下ろした政宗に、ぺこりと頭を下げる。
それを見て政宗は不機嫌そうに眉を寄せた。


「別に、なんもしてねぇよ」
「ふふ。そうですか」


笑えば、政宗は余計に不満そうに口をへの字に曲げたが、今度は何も言わなかった。


「・・・つかぬ事をお聞きしますが、政宗さま。奇襲から今日で何日たちましたか?」
「An? まだ3日しか経ってねぇよ」
「そうですか・・・。なんだか物凄い長い時間、あの部屋にいた気がしたものですから」
「ちゃんと眠れていたのか?」
「浅い睡眠ですけど。ちゃんと眠っていたのかは、自分でもよくわからなくて」


短い沈黙がふたりを包む。狙っていたかのように、風がザーっと通り過ぎていった。


「柊、あの風魔小太郎に、本当に心当たりはないのか?」
「はい。・・・きっと無いと思います」
「きっと?」


なぜ、余計な一言を付け加えてしまったのだろう。
いつもなら、なんとも思わずに断言していたのに。
政宗の前では、どうしても嘘を言えない、言いたくないと思ってしまう。


「・・・・私は、私自身のこと、何も知らないんです」
「――どうゆうことだ?」
「風魔小太郎が知っていて私が知らない事がある。父上が知っていて私が知らない事があった。
いつでも、私のことなのに、私だけが知らない」


言葉がやけにすらすらと口から出て行った。
ここ最近、ずっと考えていたことだ。いや、本当ならもっと昔から、ずっと考えてきた。
ただそれは、確証とするには情報が少なく、なにをするにもどうしようもなかった。
それがあの奇襲以降、ようやく形になって浮き彫りになってきたように、もうずっと、頭の中に出っ張り続けていた。
認めたくなくて、逃げ出したくて、だから私は何事もなかったかのように奇襲以降も普通どおりに人と接していた。
ただの現実逃避だなんてことは、最初から分かりきっている。


いつもそうだった。
私自身という存在に、誰にも疑問を持たせないように、自分の中に踏み込んでこようとするのをそっと避けていた。
他人と一定の距離を空けて接することで、私が私自身と向き合うのを拒否していた。
なのに。


「不安定なんです。何もかも、嘘の作り話で固められたような私だから。
――いつ崩れるのかも、わかりません」


言ってしまった。初めて、自分の奥にある、この不安定な気持ちを言ってしまった。
暫く、いや、実際は恐らくほんの少しだけ、黙っていた政宗がようやく言葉を発する。


「――your own way」
「・・・?」
「お前が関わりたくなくてもな、もう関わっちまってるんだ。俺たちは」
「・・・え」
「心配するもしないも、俺たちの勝手だ。お前にそれを制限されるいわれはねぇ」
「―――・・・」
「俺たちが、今話しているのは、関わっているのは、お前だ。
嘘で作られたお前だろうがなんだろうが、俺たちが話して、慕っているのは、今のお前なんだよ!」








――ポタッ。
ポタッ、ポタ。


雫が瞳から落ちるのと同時に、政宗に言われた言葉を思い出した。


「――ゆっくりでいい。言葉にしたくないなら、無理に言わなくてもいい。
ただし、無理はしても絶対に無茶はするな。ひとりで突っ走るな」
「約束しろ。――ここから、俺たちから離れるな」


それを言われて、自分はどうしようもなく、嬉しかったことも。
政宗がその言葉を言ってくれたから、私は私のままでもいいのだと。
――そう、ずっと政宗はそう言ってくれていたのだ。






「・・・御免なさい」


涙を拭っても拭っても、とめど無く瞳から溢れてきた。
政宗はいつだってそうだった。本心をいち早く悟っては、それを言葉にして伝えてくれる。
私に受け止める勇気がなくても――だ。


涙で濡れて、顔を上げられずにいると、――突然、手首を掴まれた。
当然、掴む人なんて政宗しか今この場にいない。
政宗の顔を見れば、涙をからかうわけでもなく、でも何かを言うわけでもなく、ただじっと見つめてくる。


政宗の、整った綺麗な顔が、瞳が、捕らえて離さなかった。


――不安定な存在の私だから、だからずっと思っていたことを、言葉にして初めて認めることができる気がした。


「・・・・政宗さま、私、嫌だったんです」
「嫌?」
「政宗さまに、嫌われてしまうのではないかって。そんなの、嫌だなって」


うまく笑えているだろうか。
そんな不安が過ぎったとき―――、






腕を引っ張られて、ほぼ強引に政宗の胸を押し付けられる。




それが抱きしめられているということだと頭で理解するのに数秒かかった。





やがて耳元を、吐息まじりの少し苦しそうな政宗の掠れた声がくすぐる。


「嫌いになるか。――阿呆」


ぎゅうっと腕に力がこもる。もう苦しいくらい、だった。
すっかり冷め切った体が、奥の奥から政宗の体温によって温かくなっていく気がした。


「お前はいつも、ひとりで何かして、・・・・ひとりで、泣こうとしやがるから。心配で気になってしょうがねぇ。
いつだって、頭の片隅にはお前がいる。――嫌いになれるはず、ねぇだろう」




――ほんとうに。
本当に私は、この人が好きだ。愛おしい。


・・・私は、少しでも政宗の中で大切に思われているのだろうか。
きっと優しい彼のことだから、こんな私にも他の人と変わらぬ思いを抱いてくれているのだろう。
それだけで、十分だった。それ以上に特別に想ってほしいなど、贅沢すぎる願いだ。


叶う恋だとは思っていない。
でもせめて、ここにいる限り彼を見つめることはできるだろう。
ずっとずっと。それだけで、私は幸せなんだと思う。




目を閉じれば、溜まっていた雫がまた頬をつたう。
政宗の肩へと、その雫が吸い込まれていった。




――まるで雨粒のように。




雨粒のように、一滴ずつ、彼の中へ溶けていければどんなに幸せなんだろう。


「ずっと、政宗さまの、傍にいさせてください」
「・・・あたりめぇだ。――居なくなっても、迎えにいってやる。覚悟してろ」




やがて政宗を探す成実の声に、私は名残惜しくも政宗に預けていた体を起こし、少し恥ずかしく笑った。










ヒロイン視点でした〜
もうなんかさんざん今までうじうじしてたんで、ここら辺ではっきりさせとかなきゃねと思いましてw


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