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第一章
20「あとでお前の代わりに、礼をしに行かないとな」



そよ風が頬を優しく撫で、鼻歌でも歌いたくなるうららかな午後。
心地よい日の当たる屋根のうえで、慶次はなにをするでもなく空を見上げていた。


「なぁ夢吉。日はこんなに暖かくて、心地いいのに、一歩踏み出せばまるで間逆の空間が顔を出す。
『この場所』はひとつしかないのに、流れる時はまさに天と地の差だ」


夢吉は慶次が何を考えているのかをまるで察するように、少し寂しげな表情をして慶次を見上げた。
その顔が小さな子供のようで、慶次は笑って頬を人差し指でさする。


「――どうしたって人は、生きることにこんなにも器用なのかねぇ」


ため息交じりに吐いたその戯言に、慶次はいつも心の奥底で縛られていた。


「さぁて、柊ちゃんのとこにでも行こうかね」


屋根にへばりついた背中をはがし、慶次は身軽に屋根から飛び降りた。







雨季に、時折忘れさせまいと意地になって出てきた太陽が、雨で湿りきったものたちを一斉に乾かそうと光を放つ。
人々は久しぶりに顔をだした太陽に、よく来たと快く迎え入れる。そしてお茶の代わりに、皆溜まりにたまった洗濯物を差し出すのだ。
太陽からしてみれば、ここぞとばかりの活躍をみせる絶好の機会。名誉挽回だ。


そんな日の光を丸く切り取られた窓から、政宗は目を細めて見上げた。
せっかく久々に晴れたのだから、外で刀を振るいたいのは山々だが、見つかったら小十郎にどやされる。
それよりも今はやらなければいけないことが溢れ返っているのだ。


だからせめてもと、窓を開け放ち、部屋に溜まった湿りきった空気を緩やかに吹くそよ風に外へ運んでいってもらおうと思った。
すると窓の端で、とん、と小さな物音が聞こえた。
何かが屋根から落ちたのかと思い音のしたほうへ壁越しに目を向けると、やがて猫がひょっこり窓から顔をだした。
みれば、この前足に怪我をしていたので柊に預けた黒猫、のようだった。
猫の区別なんてつかないが、猫側は政宗を知っているように、はたまたただ人懐っこいだけなのかもしれないが、じいっと政宗を見つめるその瞳には覚えがあった。
ひとしきり政宗を見つめた猫は、躊躇なく部屋へと足を踏み入れる。
特になにも言わず政宗もそれを眺める。足元を見ると、うっすら一本の傷の痕があり、やはりあのときの猫だと知る。


山積みされた本を眺め、重たそうにしっぽを振り、飛び乗ろうとしたところを危機一髪のところで政宗がつかまえる。
この山に飛び乗られて、崩されたりしたらたまったもんじゃない。
ただでさえやることが沢山あるのに、この上部屋の片付けまで工程に組み込まれてしまう。
猫は不機嫌そうに目を細めたが、聞き分けはいいらしく、もう本の山に飛び乗ろうとはしなかった。
部屋を何度か巡回すると、やがて座布団の上に腰を下ろす。どうやらしばらく居座る気らしい。
ひとまずは落ち着いてくれた猫に、政宗も安堵する。


「傷、直してもらったんだな。・・・あとでお前の代わりに、礼をしに行かないとな」


一息いれ、再び仕事に取り掛かった政宗の後姿を猫は眠たげな瞳で眺めていた。







城内の一室。
木を丁寧に削り柔らかなさわり心地とは裏腹に、重苦しい印象を与える扉の内で、成実は書類のなかで蹲っていた。


「うぅ・・・、調べても調べても、わからない・・・」


書類にさらりさらりと書かれた字を何遍も読み直し、手がかりになりそうな書簡もあちらこちらからかき集めた。
現地に赴き攫われた女の家族、友人、数少ない目撃者の話などさんざん聞いたが、ある程度の情報を集めた時点で煮詰まってしまった。
首謀者が徳川の忍というのはすでに把握済みだが、てんで攫った女たちの行方がわからない。
城下町近隣の廃屋や洞窟など、人を大量に匿える場所は当たってみたが、これといった手がかりは手に入れられなかった。


そもそもなぜ、奥州の女なのか。
もし金銭目的なら、女ならどこの誰でもいいはずだ。特に奥州の女に「ぷれみあむ」がついているわけでもない。
それなのになぜ、三河からはるばる陸奥まで足を運ぶ必要があるのか。人の足でならゆうに50日はかかる距離だ。
陸奥の近くに、徳川と手を結ぶ何者かの根城でもあるのか?
それなら、三河付近で女を攫って陸奥に運ぶよりか、陸奥で女を調達したほうが手間はかからない。
しかし、徳川と同等に手を結ぶほどの勢力は陸奥では、伊達軍以外に考えられない。
なにか、伊達軍も把握していないような勢力が息を潜めているのか・・・?


畳に転がしていた体を勢いよく置きあがせると、付近に転がっていた書簡が衝撃でコロコロと転がり落ちる。
涼しげに書かれている字に嫌気がさし、一瞥しそらそうとしたが、ふと見慣れない字におもわず目を留める。
やがてなにかにたどり着いたように、目を細め、ため息がこぼれる。



「やれやれ・・・、こりゃあ、長引きそうだな」



第二戦といこうか、と言わんばかりに空になった湯のみを持ち、成実は重苦しい戸を引き部屋を出て行った。









「随分徳川軍に悩ませされているみたいだねぇ」


先ほど膝を怪我した、医務室常連客の足軽の五郎の手当てを終え、見送ったあとの後片付けをする柊を目の端に留めながら慶次は言った。
その言葉に、柊はごろりと大きな巨体を転がしている慶次を見やる。


「・・・徳川に直接話を聞きに行く、というのは駄目なのですか?」


柊は視線を宙にさ迷わせたあと、思いついたように言う。


「んー。確かにそれも一個の手だが・・・・、独眼竜の旦那が突っ走らないとも限らない」
「ああ・・・」


突っ走ったら戦になる、慶次が言わなくとも柊には理解できた。
一体なぜ奥州に危害を加えようとしているのか、何が目的なのか。
確かに直接徳川へ出向いて聞いてしまえば簡単な話かもしれないが、状況からして、当然平和な理由ではないはずだ。
それを聞いた政宗が黙っていられるか。答えは否だ。
すぐに徳川と戦になる。しかし今は戦国乱世。政宗とて天下統一を目指し長い策略を組み立てている。
しかし今、ここで予想外の戦を引き起こすことでそれが大きく狂ってしまう。
政宗はともかく、恐らくその事態を一番許さないのは軍師である小十郎だ。
だからこそ、こうして自分たちで徳川が奥州筆頭伊達政宗に茶々を入れている理由を見つけ出し、その理由が「ある意味」での正当な理由なら、小十郎とて黙ってはいない。
小十郎が納得したうえでの、戦へと持ち込みたい。


つまり今、彼らは「徳川と戦をする正当な理由」を躍起になって探している、といっても過言ではない。
人家をなによりも大切に思う伊達軍だ。すでに幹部方の心が穏やかでないのは明らかだった。



「大体、徳川へ出向いて簡単に訳を話してくれるとも限らない。返り討ちに合う可能性だって十分ある。
均衡が保たれていない相手のもとへ出向くってことは、それくらい危険が伴うのさ」


普段のうのうとしている慶次が、これほどまでに争いごとについての知識を持ち合わせていることが柊には驚きだった。
ただただ毎日を過ごしているわけではなく、その目で今までにさまざまな物事を見極めてきたのだろう。
それに比べ、無知な自分に柊は頭を抱えたくなる衝動を押さえ込むのに必死だった。
以前、鄭に戦へ行きたいと言ったが、今のままではただの足手まといなのは明白だった。



―――その時、右腕に鈍い痛みが走った。



「―――。慶次さん、ちょっと所用で出ます。お留守番、頼めますか?」
「ああ、もちろんだ」


キキッと慶次と共に返事をした夢吉に微笑みかけ、柊は部屋を後にする。
そのまま縁側から中庭へと出て、人目につかない屋敷の影に身を潜める。


以前雨の日に強く痛んで以来、暫くは音沙汰なしだったが、ここ最近またもやぬるく痛み始めた右腕を無意識に押さえる。
痛みは日増しに強く、長引いているようだった。まるで何かがここへ近づいてくるような錯覚に陥る。
ただでさえ奇襲騒ぎで米沢城は慌しいため、自分自身のせいでさらなる厄介ごとをここに持ち込むのだけは避けたかった。
特に政宗は、以前刺青が痛んだときのことを知っている唯一の人であるため、またもや痛み出したと知ればほうって置いてはくれないだろう。
―――いつも周囲を気にかける、厳しくて優しい人だから。



やがて序所に痛みが和らいでいき、柊は立ち上がり医務室へと踵を返した。











仄暗い、紫煙の先に揺られながら佇む一軒の屋敷。
鬱蒼としげる森のなかにあるにも関わらず、その屋敷はかなりの広さを誇っていた。


その中のある一室で、部屋を鈍く照らす蝋燭にはさまれ、クツクツと低い笑いを立てる者がいた。
長い漆黒の髪、体は痩せ細り、輪郭も随分と瑞穂らしい。
しかし瞳は唯一濁りを宿しながらも光っており、それが余計に他の部位との差を明確にする。


「ああ、もうすぐ、もうすぐじゃ・・・。あともう少しで、長年想い続けたかの者に、会える・・・!」


彼女は愛しむように視線を宙に投げたあと、己の前にさきほどから身動きもせず膝をつく忍を見やる。


「必ず、必ず連れてくるのじゃぞ・・・。殺してはならぬ。必ず、生きてここへ連れるのじゃ」


表情の読めないお面の下で、彼がいま何を考えているのか、そんなことはとうの昔にどうでもよくなった。
どんな思惑を胸に秘めておようが、結局は皆逆らえない。それを彼女は重々把握していた。


「任せたぞ。―――風魔小太郎」


返事ひとつもなく、風魔小太郎と呼ばれたその者は、その場から姿を消した。















暑い日々、溶けそうになりながらもしぶとく街を徘徊するあひるです。
皆さん、いかがお過ごしですか??

ということで、暫くこんな感じのお話が続きそうです・・・orz
風魔ってあのマスク?どこで調達したんでしょうね?
気になってしょうがないわ^^ww
・ ・・と下らないことを考えながら作業しておりました☆



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あきゅろす。
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