それから、歩いて行くこと数分、次は雲雀さんにあった。彼は、後ろに草壁さんを控えさせていて、草壁さんはなにやらその腕いっぱいに書類を抱えてあぶなげに歩いていた。 雲雀さんの手には、当然ながらと言っていいのか悪いのか、何も持たれていない。 「やあ、赤ん坊。紫杏」 ぺこりと頭を下げる。リボーンも挨拶をしていた。後ろにいた草壁さんは、抱えている書類を落とさないように私たちの方を見ると、少しだけ頭を下げた。それ以上頭を下げたら、書類が雪崩となって床を滑って行きそうに見えた。 「その書類は?」 「風紀財団の仕事だ」 そして、哲、と後ろの彼を呼び何かを言った後、草壁さんは私たちに再び頭を下げるとどこかへ足早に立ち去ってしまった。 「ボックス兵器か」 「さあ」 ニヤリと口角をあげる雲雀さんは、リボーンとの会話をかなり楽しんでいることが分かった。それをリボーンもわかっているのか溜息を一つつく。 「それにしても、もとに戻ったんだね」 「何がだ」 「君たちだよ」 そっけなく答えた雲雀さんは、あくびを一つもらすと私の方を見た。そして、クスッと笑う。何に笑われたのかわからなくて首をかしげると、今度はおもむろに雲雀さんの手が伸びてきて目元を親指でなぞった。 「…ちゃんと眠れてるんだね」 それは、この前のことを指しているんだと思う。お母さんに赤ちゃんができたって聞いて、ここにいられなくなるんじゃないかと思って不安で不安で眠れなかったときのことを。 「なんの話だ?」 「ああ、赤ん坊は知らないんだ」 クスリ、と再び笑みを漏らして、挑発するようにリボーンを見る雲雀さん。だんだん、その反応に苛立ってきたのか、リボーンは眉根を寄せ始めた。 「ねえ、紫杏?」 妖艶に、そこらの女の人よりも色気を出しながら囁かれた言葉に思わず顔に熱が集まるのを感じた。 「チッ、いいかげんにしないとぶち抜くぞ」 「随分短気になったね。前の方が気は長かったんじゃない」 その言葉にさらにいらつきが増すリボーン。何がリボーンの引き金になったのかはわからなかったけど、とりあえず不機嫌なのは分かった。 「ハア。ただ一緒に寝ただけだよ」 興が冷めたというように視線をそらす雲雀さん。一体、彼が何をしたいのかはよくわからなかった。 「一緒に寝た?」 「そう。君は知らないだろうけどね。明らかに寝てない風だったから、薬で眠らせた」 「…なんで、そんなことに」 「そこからは紫杏に聞けばいいんじゃない」 そういうと、雲雀さんは立ち去ってしまった。あ、仕事調査してない。 [ひばりさんの、しめいききそびれた] 「…雲雀は雲の守護者だぞ。何者にもとらわれず我が道をいく浮雲。何ものにもとらわれることなく、独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮雲となることが使命だ」 淡々と告げられるリボーン。そこにはさっきまで見せていた苛立ちはないように見えた。逆に、他の感情も全てなりをひそめているようだった。 孤高の浮雲。雲雀さんにぴったりだ。というか、どの守護者もそのまま当てはまっているような気がする。ここまでぴったりだったら、まるで彼らのために作られたかのような使命だと思った。 リボーンは何を言うでもなく歩き始めた。どこに行くのかわからなず、抱えられたままでいると、ついた場所はリボーンの部屋だった。そして、ベッドに降ろされて、リボーンもそこに腰を落とす。 「…紫杏。雲雀と寝たのか?」 なんだか、その言い方には語弊があるような気がしないでもないが、意味的にはあっているので一応うなずいておく。 「薬で眠ったって、なんで眠れなかったんだ?」 [おかあさんに、あかちゃんができたってきいた] お母さんに赤ちゃんができた。つまり、実子。それが意味するところは、養子である私はいらなくなるということ。 [おとうさんにも、きらわれて、りぼーんにもきらわれて、おかあさんも、いなくなったら、こわかった] 書いていることはバラバラな気がするけど、それを考えているほどの余裕はなかった。そのスケッチブックをリボーンに見せる余裕もない。ただ、書いた。言葉を書いているうちにふと、見れば、文字が滲んでいた。 スケッチブックの上に、ぽたぽたと滴が落ちてくる。それが文字を滲ませていた。 [ままのゆめもみて、こわくて、ねたくなかった] ただ、怖かった。もしかしたら、捨てられるかもしれない。でも、それ以上にママのもとに帰らなくてはいけないくなるかもしれないと思った。また、あの生活に戻ることはきっともうできない。優しさを思い出してしまったから。あのころの幸せを身にしみて感じてしまったから。 ママの怒りが収まるまで、石のように耐えるなんてできそうになかった。 「紫杏」 ふわっと、鼻をくすぐる珈琲の香り。それと同時に、包まれる温もり。目の前が真っ暗になったけど、かまわずに前にいる存在に抱きついた。 「大丈夫だ。大丈夫だぞ」 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれるリボーンに、同じように背中に手をまわして、回りきらないけど必死にしがみついた。 「もう、離れたりしねえから。俺の理由で、離れたりなんてしない。約束する」 コクン、と一つうなずく。それから、涙は止まることなくしばらくの間流れ続けた。その間、リボーンはスーツに涙がつくことも構わずに抱きしめ続けてくれた。 そして、私は泣き疲れて寝てしまった。 |