ご飯を食べる時も、また壮絶だった。 飛び交うグラス。武器、クッション、皿、料理、怒声。ボンゴレでは、どっちかっていうと静かというかアットホームな雰囲気での食事だったから、食べようとした時にまず聞こえたガシャーンという皿の割れる音に身を固まらせたのは仕方ないと思う。 周りに視線を走らせれば、メイドさんはいなかった。つまり、この乱闘に巻き込まれないように避難していると言うことだろう。 この騒がしさの中で、ルッスーリアさんはオホホホと笑いながら優雅に食事をしていた。マーモンさんはフードを目深にかぶったまま騒ぎに加わることなく静かに食事をしている。ザンザスさんは無言で食事を続けている。たまに、何か気に障ったことがあったのか、手元にあった皿をスクアーロさんに投げたりしていた。 それをもろに額にうけ、怒鳴り声をあげているスクアーロさんの声でさらにここは騒がしくなる。 私は、出された食事に手をつけることなく、その光景をただ呆然と眺めていた。手をつけられないのは、その光景に気をとられているから、ということと、お面をつけていて食べられないということ。 ちなみに、椅子にはメイドさんの配慮で背丈が届く程度にクッションが敷かれているおかげで、テーブルには届いている。 「あらん?食べないの?」 気付いたルッスーリアに顔をのぞきこまれ、ビクッと肩が跳ねる。その言葉を聞き取ったのか、ベルさんがこちらに意気揚々とやってきた。 しかしその前に、ルッスーリアとは反対の隣に座っていたマーモンさんが口を開く。つまり私はルッスーリアさんとマーモンさんの間に座っているわけだ。 「お面をつけてるんだ。食べれるわけないだろう?」 「そうねえ。どうしても外しちゃだめなのよねえ」 「しししっ、んなこと言ってねえで外しちゃえばいいんじゃね?」 「…ベル。君だってそのティアラを外されるのは嫌だろう」 どうやらマーモンさんは常識があるらしい。 「俺は別にいいんだよ。王子だし。つけてるのが当り前だろ?」 「そんなの理由になってないですねー。というか、それならミーだってこのカエル外してもよくないですかー?ミーの方がつけてる理由無いですしー」 「お前はダメに決まってんだろ」 フランさんの言葉を一刀両断するベルさんに、マーモンさんは軽く溜息をついて食事を再開させた。 「ピーンッ!ししし、紫杏。一回そのお面貸してみろよ。それつけたままでも食えるようにしてやるよ」 どうやって?と思ったけれど、その間に、お面をとられるのは嫌だ。と思ってとっさにお面を掴む。それが分かっていたのか、ベルさんは、そのまま近づいてくると目線を合わせるようにしゃがんだ。 「その間、顔かくしてりゃいいだろ。すぐ終わるって」 だから早くしろ、と手を出される。しばらくベルさんをじっと見つめていたけど、前髪によってうまいこと両目とも隠れているため何を考えているのかわからない。 そして引いてくれる気もないみたいだし、私としてもこのままご飯が食べれないのは嫌。ということでしぶしぶ俯き、念のため顔を手で覆いながらお面を取り目の前にいるはずのベルさんに差し出した。 「ベル。何する気だい?」 「ししし、まー、見てろって」 両手で顔をかくしながら、指の隙間からちらっ、とベルさんの方を見ると、手にはどこから取り出したのか変な形をしたナイフが。テーブルの上に置いてある 何するんだろう、と思ったら、彼が少し手を動かしただけで、フランさんがおーと言って手をパチパチ叩いている。 「まあ!ベルちゃんってそんなこともできるのねえ!」 「先輩、いっそのことそっちの道に進めばよかったんじゃないですかー?一躍有名になれたかもしれないですよー」 「ししし、ま、こんなもんだろ。ほら」 得意げに笑ったベルさんに差し出されたお面は、猫のお面なのだけど、口の部分が切り取られていた。ちょうど鼻の上らへんで切られていて、あるのは猫の耳と目の穴だけ。 それを受け取り、つけてみる。まあ視界は変わらない。でも口のところが随分と涼しくなった。ぺたぺたと手で触って確かめてみるけどよくわからなくて前にいるベルさんを見上げる。 「ししし、ピッタシじゃね?さっすが王子」 「よかったわねえ!」 [ありがとうございます] 「ん、いーっていーって。お前見てると、マーモン思いだすんだよ」 ぽふぽふと頭をたたかれる。若干痛かったけど、まあ気にしたら負けだろう。 「…ベル。僕はここにいるけど」 「ちげえって。まだ赤ん坊のころの」 「そんなの思いだす必要ないんじゃないかい。それこそ時間の無駄だ」 「ししし、あの抱き心地気にいってたのにお前成長するし」 「誰だって成長はしますよー。あ、先輩は王子だから成長しないとかですかー?ププ」 そこから始まった二人の喧嘩。それはいつものことらしく、マーモンさんは再び溜息をつき、ルッスーリアさんは元気ねえと呟いて、私に食べることを勧めてきた。 ルッスーリアさんは、お母さん気質だとおもう。といっても男の人なんだけど。気遣いとかが。ヴァリアーの母?じゃあ父は誰だろうと考えて、いればザンザスさんと目があった気がした。すぐに視線をそらされたから気のせいかもしれないけど。父は、やっぱりザンザスさんかな。と考えてそれはそれでバイオレンスな家族の出来上がりだ。と少し怖くなった。 そのあとはおいしく料理をいただいた。 毎日の積み重ねのおかげで、食べるのもスムーズになってきた。前と勝手が違うせいでご飯をたべるときは苦労した。箸で物をとろうとしても握力がないせいか、取れないし。フォークやスプーンをつかっても口にたどり着く前にこぼれてしまう時があった。 まあ今はなんともないんだけどね。 フランさんとベルさんの喧嘩はいつの間にか終わっていて、それと同時に食事も終わり始めた。 食べ終わってそうそうにザンザスさんは席を立ち、自室へと戻っていく。それを見たレヴィさんは無言のまま立ち上がりその後を追うように出ていった。まるで忠犬のようだ。そこまで考えて、隼人が浮かんで思わず苦笑する。 ようやく落ち着きを取り戻した談話室。私も食べ終わったしそろそろ部屋に戻ろうかな。と思い付いたところで、ベルさんに声をかけられた。 「お前さ、ツナヨシのガキなんだろ?」 さて、頷くべきだろうか。と思って首をかしげながら頷いてみる。それをみてどっちだよそれ。と突っ込まれたけどしょうがない。戸籍上そうなっているのかもしれないし、というかマフィアが戸籍とか気にしていないだろうから、私がお父さんたちの家族だと証明するものは何もないんじゃないだろうか。 「というかー、紫杏って、すごい変な感じしますよねー」 「は?お前頭おかしくなじったんじゃね?」 「失礼な。そうじゃなくてですねー。なんか、幻術じゃないんですけどー、違和感と言うか…」 「意味分かんねー」 「ミーだってわかりませんよー」 「君の言いたいことは分かるよ。フラン」 マーモンさんが静かに呟いた。そして、私の方を向くけど、私は首をかしげるばかりだ。違和感ってなんなんだろう?たしかに私のような子供がここにいるのは違和感がありまくるのかもしれないけど、きっと彼らが言っているのはそんなことじゃないだろう。 一つだけ、心当たりがあった。 [ひばりさんにもにたようなこといわれた] 「へえ、エース君はなんて言ったんだよ」 エース君って誰だろうと思ったけど、話しの流れ的に雲雀さんなんだろう。なんでエース君? [わたしがいるのはへんで、じょうほうがない] 「…マーモン通訳」 「…ベル金とるよ」 「チッ、じゃあフラン通訳しろ」 「…先輩、日本語も読めなくなったんですかー?ついに老化現象が」 「だれが老化だ!読めるに決まってんだろ。意味がわかんねえっつってんだよそれぐらいわかれっての」 その言葉に、私も今書いた文字を読み返す。たしかに、意味がわからないかもしれない。うん。でも、書くのが面倒だから、なるべく短くしようと思った結果がこれだった。かなり端折ったのは言うまでもなく。 「つまり、紫杏がここにいるのが変で、紫杏に関しての情報が無いってことですかー?」 大体それであっているかな、と思ってこくんと首を縦に振る。 それからしばらく沈黙が流れた。ルッスーリアさんとスクアーロさんは年長組だからか、静かに事の成り行きを見守っている。 「はあ、仕方ない」 隣から呟きが漏れたと思ってそっちをみれば、マーモンさんはどこからともなく取りだしたトイレットペーパーで鼻をかみだした。というか、ティッシュじゃないと痛いよね。鼻が赤くなるよね。 そもそもどこから取り出したんだろう?いつも持ち歩いているのかな?この屋敷にはティッシュくらいないんだろうか…。 いろいろと考えていると、スクアーロさんの声に我に返った。 「う゛お゛おぉい!守銭奴のお前が報酬も無しにそれをやるなんてどういう風の吹きまわしだあ!?」 「うるさいよ。この子はリボーンが気にかけている。それだけでも興味はそそられるね。それに、正体を知っておくことは金の次に大事さ。得体のしれないものほど面倒なものはない。そうだろう?」 そう言って、鼻からどけたトイレットペーパーの切れはしを広げるマーモンさん。ベルさんとフランさんはそのトイレットペーパーを覗き込んでいる。マーモンさんが鼻をかむってそんなに珍しいんだろうか? 「…どういうことだよ。マーモン」 「みたまんまだね」 「つまり、どういうことですかー?」 「情報がないってそういうことか。出生もなにもないんだよ。紫杏という人物はこの世界に存在しないことになっている」 「いみわかんねー」 呆然と呟くベルさん。そして私に向けられる視線は明らかに、お前何者?と語っていた。 「でも、マフィアの娘だからってことじゃないんですかー?」 「それはねえ。こいつは、聞いた話だと養子のはずだ。気違いなドン・ボンゴレがどこからか拾ってきたって噂のな」 「あら、あの噂のシンデレラってこの子なの?」 「シンデレラって年齢でもねえけどなあ…」 そんな噂が立ってるんだ。というか、シンデレラってなに。灰かぶり姫?まあそりゃあこの姿になったときはみすぼらしい格好してたけど…。というかシンデレラって確か元はかなりエグイ話しじゃなかったっけ? その養子という単語に、なんとなく申し訳なくなって視線を手元に落とした。スクアーロさんは淡々とした口調だったけどそれが余計にリアルさを増幅させていた。 「つまりもとは一般人のはずだったってわけだあ!マフィアの出だとしても、なんの情報も、それもマーモンの術にかからねえ情報なんてそうそうねえ!」 「スクアーロに言われるとなんだかむかつくけど。まあそういうことだよ。情報が無いのはいくらなんでも不自然すぎる。術者によって阻まれた感じもない」 「それじゃあ意味がわからないですよー」 「そのままさ。この世界に存在しないってことだよ」 着々と進められていく会話は、以前雲雀さんとしたものを彷彿とさせる。ほとんど正解に近いことを言っている彼らをみて、どうしようかと迷う。言ってどうなることでも、言わなくてどうなることでもないだろう。ただ、この場は言わないと逃れられないだろうけど。 言ったらどうなるんだろう。ここを追い出される?気味悪がられる?虐待を受ける?彼らは暗殺者だし、虐待と言わずに、ザンザスさんが言ったようにカッ消されそうだ。まだ、死にたくはないんだよね。 ああ、でももうどうでもいいかもしれない。もう、家族はこわれたのだから。 [わたし、いちどしんでるから] 書いてから、隣に座るマーモンさんの服を引っ張った。もちろんこっちを向いたのはマーモンだけではないんだけど。私が書いたものを見たとき、皆同じように眉をしかめた。 「う゛お゛おぉい…、じゃあ、今そこにいるお前は幽霊かなんかだっていうのかあ?」 「王子、幽霊とか信じてねえんだけど」 「それはミーも同感ですー」 いや、幽霊じゃないよ、と首を横に振る。そうすればさらにわけがわからない、と首を傾げられた。 えっと、説明するには、確か前に雲雀さんに説明したときの絵がまだ残っているはず。最初の方からページをめくっていくと、やっと見つけた。 それを、雲雀さんにしたのと同じように見せていく。最後に、お母さんたちには言わないでと付け加えて。 しんと、静まりかえる室内。やっぱり嫌われるかな。と思っているとだんだんと下に落ちていく目線。もう顔をあげられそうにない。いや、顔をあげても、お面で目は隠れてるんだけど…。 |