連れてこられたのは、ある一室だった。そこは、それなりに広くて、もともと私が住んでいた部屋と作りが似ていた。天蓋付きのベッドはとてもふかふかで気持ち良さそうだ。 そして、部屋の中心にはポツンと昨日まとめた荷物が置かれていた。 「ここが、あなたの部屋よ。クローゼットとかは好きに使っていいわ。ご飯はさっきの場所よ。場所は覚えてるかしら?」 こくんと頷く。ちゃんと覚えてるよ。 「そ・れ・と、何かあったらメイドに言えばいいわあ!幹部はたいていさっきの談話室にいるから」 [ざんざすさんは?] 「ボスは、そうねえ。大抵執務室じゃないかしら?でもあまり近づかないことね。スクアーロ見たいになっちゃうから」 スクアーロさん?そういえば、グラスをぶつけられていたっけ。あんなふうになるってことだろうか。 「それじゃあ私は行くわあ!夕飯になったら、また呼びに来るから、それまでは自由にしてていいわよ!」 [ありがとうございました] 出ていったルッスーリアさん。部屋に一人残った私は、部屋の中を物色することにした。 ホテルとかに来たら、とりあえず全部開けてみたくなるよね。今もあの衝動に近いものがある。とりあえず手初めにトイレを開けてみた。とても広く、何かの花の匂いだする。豪華な造りだった。トイレにここまで金をかけてどうするんだ、と貧乏性な面が首をもたげたけど、それを首を振ることによって振り払った。 次にお風呂。バスタブはとてもひろく、大の大人が二人はゆうに入れるだろう広さだった。ここもまた高級感に溢れている。 風呂場の扉を閉め、次に開けたのはクローゼット。洋服はまだ入っていないそこは、ハンガーだけがかけてあった。 ここが、新しく生活していく場所。 ―――いつまで? 湧き上がってくる不安を押し込んでベッドに飛び込む。思った通り弾力があった。ベッドは体を小さくバウンドさせたにもかかわらず、どこも体に痛みを与えずに包み込んだ。 ふかふかのベッド。枕に顔を埋めれば、お花の匂いがした。 その匂いに誘われて目を閉じる。甘い花の匂いは、催眠剤となってすぐに私は眠りに落ちていった。 「紫杏ちゃん。家は、ある?」 「俺達の、俺と麻依の『家族』にならない?」 「守護者も、皆一緒に食卓を囲んで」 「その日あった楽しかった事とか腹が立ったこととか、たくさん」 「たくさんくだらない話をしよう」 「オレ達の子供になってください」 「紫杏ちゃんがいつでもただいまと言って帰れる場所をつくるよ」 ふ、っと目を開ける。どうやら少し眠ってしまっていたようだ。天井は、今日あてがわれた部屋のもので、何も変わらない。変わったと言えば、少しだけ部屋の中が暗くなっていると言ったところだろうか。どれくらい眠っていたのだろう、とぼんやりとした頭で考える。 なぜ、いまさらになってあの記憶を思い出したのか。なんて、幸せな記憶。 最初は家族にならないかと言われた言葉が信じられなくて、信じたかったけどまた捨てられるのが怖くて、何も反応ができないでいた。でも、目の前にいる彼はとても優しく愛譲の籠った眼差しを向けてきていて。 柔らかく微笑み、私の頭をなでる彼を見つめる。その瞳は、すべてを包み込むようなそんな大きさがあった。 いつから、変わってしまったのだろう。何がいけなかったのだろう。何が…。まだ、私の中ではこんなにも鮮明に覚えているのに。色褪せることの無い記憶は何度この幸せを見せては、現実を突き付けてくる気だろう。 この日にした約束は、今ではもう無意味なものとなってしまった。お母さんたちのところに私の居場所はなく、ここに、置き去りにされた。 もっと、言葉を伝えていれば、こんなことにはならなかっただろうか。もっと、いい子にしていれば捨てられることなんて無かったのかな。 ボーっと天井を見つめていれば、ドアをノックする音が聞こえて、横たえていた上体を起こす。 「はいるわよー?」 この声は、ルッスーリアさんだ。ガチャ、と入ってきたルッスーリアさんの姿を見て、思わず体を硬直させた。 ルッスーリアさんは、がたいの良い体に、ピンクのフリフリのエプロンをつけていた。それは、なんとも奇妙な光景だったけど、仮にも心は乙女らしいので、指摘しては行けないんだろう、と無理矢理思考回路を切り替える。 「あら、寝てたのかしらあ?」 ルッスーリアさんの問いに、コクンとうなずけば、そう。と頷いただけだった。そのあと、彼女に連れられて部屋を出る。向かった先は談話室だった。 |