カタン、 誰もいないと思っていた生徒会室に、一つの物音が響いた。中にいた相模南はその音に、机に向かっていた顔を少しだけあげた。 「…何か用?見ての通り俺は仕事中だけど」 「とくにこれといって用があるわけじゃないわ」 「じゃあ、冷やかしにでも来たのか?如月」 「冷やかし?違うわ。ただお祝いを、ね?」 「…それが冷やかしっていうんだろ?」 如月は、勝手に簡易キッチンの方へ行くと俺の分の紅茶も淹れて持ってきた。 「空ちゃんと付き合うことになったって?」 「相変わらずお早い情報だことで」 「クスクス、やっと手に入れたのね?お姫様を」 「そ。ちゃんと次の約束もとりつけたよ。……二人っきりじゃないけど」 ふてくされながらも、切りのいいところまで終わった書類を引き出しの中に入れ、ソファーでくつろぎながら紅茶を飲む如月の前に座る。 「その約束って?」 「海に行く約束をした」 「…空ちゃん、顔真っ赤だったでしょ」 さすが如月、というかなんというか。まさにその通り。しかも、疑問形じゃないあたりがもう、なんというか…。空ちゃんは如月になついてるからな。 「…なんなら、お前も行く?海。人数多い方が空ちゃんも緊張せずに済むだろうし。今のとこ男4人に女2人だったからね」 「あら、いいの?」 「どうせ、暇なんだろ」 「その言い方は心外ね。これでも財閥の娘よ?それなりにやることはあるもの」 澄ました顔でいう如月の言葉は説得力がない。かといって、信じさせようとしているわけでもないみたいだけどね。 「その割には毎年毎年、暇そうにしてたけど?」 「相変わらず、嫌味な奴。今年は特別よ」 「ふーん、ま、俺達も3年だしね。遊んでばかりもいられない」 「……そうね」 如月は、高校で一緒になったけど、やっぱりよくわからない。外見もいいし、頭もいい。人当たりもいいから人気もある。なのに、進路希望の紙は白紙。先生方の頭を悩ませるところだ。 「如月、話は変わるけど、先生が進路希望の紙をいい加減出せってさ」 「……考えておくわ」 「俺には関係ないけど、いい加減に決めてやらないと、先生方が泣くよ?」 それには答えずに、カップの中の紅茶を飲み干すと、彼女は立ち上がってそろそろ失礼するわと言ってドアの方へ向かっていった。 「如月!海の方の詳細は追って連絡するから」 「わかったわ。空ちゃんたちによろしく伝えて」 それだけ言うと、長い髪をなびかせてここを出て行った。まったく、いったい何しに来たんだか。携帯を取り出して、空ちゃんに電話をかける。予定を決めるために。 如月も来ると知ったら、空ちゃんは喜ぶのだろう。…不本意だけどね。その姿が想像できてしまって、耳もとでなる電子音を聞きながら一人苦笑を洩らした。 *** 「はーい!じゃあ、伝えときます!」 「先輩から?」 受話器を置くとともに風に声をかけられ、うなずく。海の日の予定が決まったの!そして、なんと、波音さんも一緒に海に行くことになったんだ〜!だから、今からすっごい楽しみっ! 「というか、私たちまで行っていいの?先輩は二人っきりがよかったんじゃない?」 「ふっ、二人っきりなんて無理っ///」 「…そう;(先輩もお気の毒に」 もう、からかうんだから…。そんないきなり先輩と二人っきりなんて…っ//は、恥ずかしすぎる// 「じゃあ、その日は何も予定入れないでね!」 「でも、俺ら部活があるんじゃねえの?」 「その心配はないよ!匠君も来るんだから!」 「匠が来るのなら部活の心配はないわね」 これで、皆で行けるし。久しぶりの海っ!あー、楽しみだなあ!早く時間がたたないかな? 「じゃあ、私たちはもう寝るわ。おやすみ、空」 「おやすみ〜風、たけちゃん」 「おう!おやすみ」 部屋に入っていった2人を見送ってから、自分の部屋の扉を見る。隼人はご飯を食べてそうそう部屋に入っていってしまった。だから、隼人にはまだ先輩と付き合うことになったってことちゃんといってない。 だって、だって、やっぱり気まずいんだもん…。 でも、やっぱり、いわなきゃいけないよね。ずっとこのまま、ってのは嫌だし。ちゃんと、いわないと…。 部屋に入ってみれば、電気は消されていて、そろりそろりと自分のベッドに近づく。 「あでっ!」 そろりそろりとベッドに近づいていたはずなのに、何かに躓いてあたしはそのまま顔面からベッドにダイブした。 「ってえな…」 「は、隼人…、ごめん!足元見えなかった;」 しかも、躓いたのが隼人とかっ!キャーどうしよう! 「別に、これくらい平気だ…」 よ、よかった。怒ってるわけでは、ないみたいだし…。 「お、起こしちゃったよね。ごめん」 「……」 「あ、あのね!あ、あたし、先輩と、付き合うことになったから!」 「………そうか」 「それで、ね!今度、海に行こうってなって…ええっと、その、は、隼人も強制参加だからね!絶対だよ!」 よし、いった!後は、もういい逃げだ!! って、ことで、あたしは布団を頭からかぶり、目をぎゅっと閉じた。動揺しすぎて、動悸が早い。あたし、頑張った。うん。すごい頑張ったよね! 「…ハア。強制、かよ」 隼人がそうつぶやく声が聞こえたけど、もう何もいうことができなくてそのまま身動きをせずにじっと布団の中でうずくまっていた。ちょ、ちょっと暑いけど…。 しばらくして、隼人の寝息が聞こえてきてから、あたしもゆっくりと眠りについた。 |