まとわりつく熱気をどうすることもできずに、風と空は弾む息を落ちつかせようとしていた。 今度ある球技大会の練習と称して、他のチームと5分間の試合をたった今終えたところだった。 隣のコートでは、男子がまだ試合をしていて、それを女子は目をハートにさせながら見ている。試合をしている男子を見てみれば、知っている顔が3つともあって、思わず納得してしまえる。 「元気ね…。さすが運動部…」 「本当に…。もう、やだあ…」 できるだけ風に当ろうと体育館の床近くにある窓へと近づき、腰を下ろす。窓からかすかに入ってくる風は、とても弱くまとわりつく熱気を取り払ってくれそうにない。熱気がさらに汗を出させ、倦怠感が襲う。久しぶりの試合とあってか、なかなか白熱したものになり、普段走ることのない足は駆使されていた。 今は休憩時間となっていて、ほとんどの女子が床にへたりこんでいる。しかし、その視線は男子の方へと注がれていた。 「あ、隼人ゴールした!すごーい…」 「へえ。獄寺ってバスケできたのね」 「え、そこ?」 風は手で顔を仰ぎながら隣のコートを見やる。そこには、すでに武の方にボールが渡っていて、黄色い歓声が上がっているところだった。 空はその様子を気だるげにみた後、後ろに手をついてゴールを見上げる。 「あのさ、風」 空の持つ雰囲気が変わった。それは一瞬のことだけど、それだけで十分だった。言われる内容に心当たりがありすぎて、身構える。 「なんで、苛め受けてるの?」 「…愚問じゃ無い?」 「まあ、そうなんだけど…」 「空は関わっちゃダメよ」 「なんで」 疑問形じゃないところを見ると、理由は分かっているんだろう。そう思って、笑みだけを見せて再び男子コートに目をやる。タイムを見れば、もうすぐ試合が終わりそうだった。 「…なんで」 小さくなった声は、今にも泣きそうに聞こえた。 「なんででも。これは私に売られたケンカよ?」 「喧嘩って、不良じゃないんだから…」 「でも、そういうことなのよ」 ワアアと歓声が上がった瞬間にブザーがなった。誰かが投げたボールはゴールに入ることはなく、壁に当たって空しくバウンドを繰り返している。 「どっちが勝ったのかしら?」 「…同点じゃ無い?どっちも悔しがってないし。隼人が負けてたら、絶対にたけちゃんにつっかかってるし、買ったら馬鹿にしてるだろうし」 「…確かに」 容易にその場面が想像できてしまって、少し笑えた。 男子の方は集合がかけられている。女子の方を見れば先生がどこかにいっていて、それぞれが好きなことをして時間を過ごしていた。授業がこれでいいのか、と思わなくはないけれど、疲れていたからありがたいことに変わりはない。 「風。絶対に何かあったら言ってね」 「空?」 「だって、もし、集団でリンチとかになったらどうするの?」 「いまどき、そんな古風なことする人いないんじゃない?」 「わかんないじゃん」 「まあ、そうなんだけど」 「あたしだったら、空手やってるしなんとかなるんだけど、風はやってないんだからたけちゃんとかに絶対に言わなきゃダメだよ!」 「…わかった」 たぶん、と心の中でつけ足しておく。それが分かっているのか、いないのか空は私を睨みつけてきた。その顔に苦笑する。カコンという甲高い音が響いてなんだろうと思って周りを見回しても何もわからなかった。上から何かが堕ちてきたのかもしれないけど、気にしなくていいだろう。 「大丈夫だって。そんな柔な体してないわ」 「そういう問題じゃないし…」 「そう?」 「うん」 いつの間にか、吹き出すように流れていた汗はとまり、ようやく涼しい風が体を撫でていくように感じられた。随分長い時間座っていたからか、少しお尻が痛い。 「あ、今日の夕飯何がいい?」 「…シチュー食べたい」 「シチューか…。よし。カレーにしよう」 「なんで!?」 「…いやがらせ?」 笑っていえば、ヒドっ!と言って空が嘆く。 そのとき、頭上で何かがギギギと音を立てた。 「やだやだ!シチューがいい!」 「ええ、でも、シチューのルーが確か切らしてたはずなのよね…」 「買って!」 「じゃあ、空が買っ―――」 「風っ!」 買ってきてと続くはずだった言葉は、男子コート側から聞こえてきた、先生の怒鳴り声と、武の私を呼ぶ名前にかき消された。 驚いてそちらを見れば、なぜか武と獄寺が切羽詰まった感じでこっちに走ってきていて、呆然としていれば、上でギギギという鈍い音が耳に入った。 そして、 視界は暗転した。 |