痛みの休憩所

「空!ちょっと、いいか?」






野球のユニホームを来て、汗をかきながらあたしの名前を呼んだたけちゃんに頼まれて、あたしは野球部の手伝いをしている。本当は断ってしまいたかったんだけど…。ほら、風とのこともあるし。


でも、あたしに頼むってことは風はバイトか何かでいないってことだよね?


あたしは、頼まれた洗濯物を慣れない手つきで干していく。こういう作業はほとんど風がやっていたから、あたしはお手伝い程度にしかできない。そんなことより、風と気まづいままなんだよね…。隼人にも怒られちゃったし。


知らず知らずのうちにこぼれる溜息。この溜息を止めることはもうしばらくできそうにない。


「あれ?空?」


「へ?」


後ろから知った声に声をかけられて、間抜けな声がこぼれる。ギギギと錆びたロボットのように首を後ろに回せば、そこには新たな洗濯物の籠をもった風がいた。


「なんで、空がいるの?」


訝しげに聞いてくる風にあたしは挙動不審になって視線を泳がす。たけちゃんにはめられたんだ!たけちゃんの馬鹿ーっ!!


「た、たけちゃんに…、頼まれて…」


「……そう。じゃあ、私はこっちの籠をやるから、そっちをお願いしてもいい?」


「う、うん…」


二人で分けて干していく中、会話は全くなし。なんて気まずいの!うぅ、こんなことならたけちゃんなんか無視して変えればよかった…。今日は久しぶりに何をない日だったのに。


2本ある干し竿のうちの一本に手際よく干していく風をちらりと見る。慣れた手つき。風はこれを家でも学校でもやっているのかと思ったらすごいと思う。だって、あたしは絶対にできないもん。


それにしても、気まずい!!


あたしは、籠の中から誰かさんのユニホームを取り出してハンガーにかける。そしてしわを伸ばすように服を叩くと、指にチクっとした痛みが走った。


「いたっ…?」


「空?」


「……な、なんで??」


痛みに指を引っ込めて見てみれば、中指の腹にから赤い血が出てくる。でも、今は選択をしていただけであって、何かに差すようなものはなかったはず…。


「空?どうしたの?」


「な、なんかにささった??」


「!!見せて」


表情を歪ませた風があたしの手をとり傷口を確かめる。その傷が小さいものだとわかるとほっと息を吐き出した。


「…空。とりあえず傷口をそこで洗ってきて。痛いようなら絆創膏もあるから」


「うん…」


あたしは言われたとおりに蛇口の付いている場所まで行き、水で洗う。でも、思ったより結構深く刺さったのか血はなかなか止まってくれなかった。指だということもあるのかな?


「風、血が止まらない…」


とりあえず洗って戻ってくれば、風は絆創膏をポケットから取り出して張ってくれた。なんで、ポケットに絆創膏が??どれだけ用意周到なの。と思っていると、風の手の中に縫い針があった。


違和感が一つ。


「針?」


「そう。服にこれが仕掛けられてたの」


呆れたというように溜息を吐く風はその針を、小さな箱の中に入れた。それもやっぱりポケットから出てきたのもで、まるで四次元ポケット見たい…。


「仕掛けられてたってことは、この服の人苛められてるのかな?」


だって、そうじゃないと服にわざわざ針なんて仕込まないよね。そう考えて呟きながら風を見れば、ついっと視線をそらされた。


「…そう、かもね」


違和感が一つ、二つ。


「風?」


「今日はもうこれでいいから。ありがとう」


ニコリと笑みを向ける風にあたしはさらに違和感を覚える。だって、今の風の笑顔は絶対に何かを誤魔化した笑顔だ。


違和感が一つ、二つ、三つ…。


そして、唐突に思いつく一つの疑惑。それを確かめるために、風の手をとる。


風が、あっと声を上げた時にはあたしはもう風の手を開かせていた。そして、開いた手には小さくではあるが無数の傷跡。それは、どれも、さっきあたしが下みたいな傷だった。


「っ…、苛められてるのは、風?」


出した声はわずかに震えていた。風に確認するように視線を向ければ、苦笑される。でもその苦笑が肯定しているようだった。


「なんで黙ってたの!?」


「たいした傷じゃないもの」


「だからって、苛められてることに変わりないんでしょ?」


「まあ、でも、ほら、もう治りかけてるし?」


「ほらまたそうやってすぐ誤魔化そうとする!」


そうやって怒鳴れば、風は苦笑いをこぼした。


「また、火事みたいなことがあったらどうするの…」


「大丈夫よ。今回のことは、おじさんも少し知ってるから」


「お父さんが?」


風の言葉に目を見開く。なんでお父さんが関わってるの!?


「ちゃんと説明してもらうからね!」


そういって、詰め寄ったあたしに風は深く、ふかーく溜息を吐きだした。そんなあからさまな態度をとっても誤魔化されるほどあたしは甘くないんだから!


そして、あたしは風に洗いざらい吐かせた。それはもう、刑事と犯人のような感じで。かつ丼は出さなかったけどね!


「って感じなわけだけど、まあ、嫉妬だろうし。私に嫉妬してなんになるのかがわからないけど」


そりゃあ、たけちゃんが風を特別視してるからでしょう。文化祭の劇でも結構良い雰囲気を作ってたのに、なんできづかないかなー?


「大丈夫よ。今はまだ針程度だから」


「い・ま・は、でしょ?」


「大事になったらちゃんと言うって」


「大事になってからじゃ遅い!」


「今日は空の好きなシチューだし」


「本当!?やった!久しぶりの…――って、違う!」


「チッ」


舌打ちした!?食べ物で釣ろうだなんてそうはいかないんだから!


「じゃあ、今日はシチューはやめとこうかな?」


「ええっ!?」


そんな!あたしの大好きなシチュー!


風の爆弾発言に思わず声をあげたあたしを見て、風はニッコリと微笑んだ。


「じゃあ、武たちには黙っててくれる?」


「いや、それとこれとは…」


「よし。今日は空の嫌いな食べ物にしよう。好き嫌いはいけないわよね?」


ええ!?そんなっ!風だって好き嫌いたくさんあるじゃん!なんて、こんな場所でいったら本当に嫌いなものにされちゃう。残念ながら、あたしたちの食を握っているのは風なんだから。


「……黙ってます」


「そう?ありがとう」


ああ、腹黒い。腹黒いよ。風…。


「ん?何?」


黒ツナさん並に黒い…。なんて口が裂けても言えるわけがなく、あたしはちぎれんばかりに首を横に振った。






(お?仲直りしたのな!)
(…たっく、めんどくせえ野郎だぜ)
(でも、よかったよな!あの二人がちゃんと戻って)
(……そうだな)


(武と獄寺、こんなところで何してんだよ)


((!!な、なんでもないぜ/ねえよ!))


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あきゅろす。
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