「隼人―」 ベランダに出て煙草をふかしてた後ろ姿に声をかければ、顔だけ振り向いた彼に、おでかけしよっとにこっと笑って見せる。 今日は風は、たけちゃんとおでかけだ。おでかけというより、まあ、報告のいっかんみたいなもので、お父さんのお墓に行ってる。 元々隼人と二人きりの一日ではあったけれど、折角の休日だし、二人だけでお家のんびりもいいけども、ちょっと買い物もしたいし、一人でいくのもなんかあれだしね。 「買い物か?」 「それもあるけど、デート……?」 こてん、と首を傾げておどけてみせれば、おーなんて、気のない返事が返ってくる。 ちっ。 かわい子ぶり作戦失敗か。 なんて思ってベランダから離れようと背を向けた瞬間、ぐいっと状態が後ろに引かれて、引かれて?ん? 「そんなに俺と離れたくねぇのかよ」 「っ!?」 「って」 思わずというか、身体に染みついてる防衛反応というか、後ろから抱きしめてくる隼人の鳩尾にあたしの肘が命中、はしなかったけれども、のけぞった隼人は、いたずらっ子のように笑う。 煙草くわえたまま! もう!危ないんだからな! 「からかわないでよっ!」 「事実だろ」 「事実だけど!!」 「!……ちっ」 今更照れたって可愛くないんだからな! 時々そうなんだけど。というか、悪戯隼人が降臨するのは、風とたけちゃんの目がない時が多いかな。こんな風に、急に抱きしめてきたり、ちょっと恥ずかしいことサラッと言っちゃって。 あたしだって、照れるし、こういうの今までにないからどう反応していいか分からなくなっちゃうっていうか! 「空、さっさと準備しろよ」 「あっ、待って待ってー」 晴天。デート日和に、隼人と二人おでかけ決行です。まさかまさか、この後、思わぬ人物と遭遇してしまうとは思いもよらず。 この時のあたしは、ただただるんるん気分で、仕度をして、隼人と二人、家を出た。 「空……?」 「!?」 「誰だ」 ドアを開けて隼人と家を出た瞬間だった。 目の前にはよく見知った顔。名前を呼ばれて驚きのあまり停止したあたしの前に、隼人が庇うように前に出た。 ストーカー事件以来、前以上に過保護になった隼人の無意識の行動なんだけども。 これは非常にまずい状況である。 「貴方こそ、誰なの?どうして、うちの娘の家から一緒に出てくるのかしら」 「娘……!」 「お、お母さん待って!」 隼人がやっと事の重大さに気づき、空気がもの凄く凍っているのを肌に感じながら、隼人の腕を引き、母の前に出る。 「南君と別れたのは聞いてたけど、彼は誰?パパに様子見てきてほしいって頼まれたから来たけど、風ちゃんは今いないの?」 「!……あ、風は、ちょっと、お父さんのお墓参り行ってて…」 「そう。アンタ、ちょっとそこどきなさい」 「え…?何で?てゆーか、お父さんに頼まれたって何よ!」 ストーカー事件の後、お父さんは特に何かを言ってくることはなくて、あ、でも何か隼人とは、学校休んでるときに、電話で何か話してたみたいだけど。 て、今はそんな事考えてる場合じゃなくって! 隼人も下手なことを言ったらヤバいと分かっているのか、特に口出ししてくることはなくて、あたしとお母さんの一騎打ちみたいになっている現状。 ああ、こんな時に風がいたら、適当にごまかしてくれるのに! そもそも、これまで同居していた事実を隠し通せてきたこと自体奇跡なんだけどね! あともう少しなのに。 こんなところで、引き離されてたまるもんか! 「どきなさい」 「いや!」 「じゃあ、そこの彼連行しましょうか?」 「!」 「あ!隼人は関係ないもん!」 「!――ああ、彼が隼人君なのね」 「え……?」 「隙あり!」 「あっ!ああっ!!!」 何で隼人の事知ってるの、と一瞬隙ができたそこを狙われて、お母さんがあたしたちの家に踏み込んだ。 慌ててお母さんに続いて家の中に戻る。隼人も、一緒に戻ってくれて。 「やっぱり、同居してたのね」 「うっ」 「四人?男二人連れ込んでたわけね」 洗面台、リビングの食器棚。 諸々確認してそう判断したらしいお母さんは、そこに座りなさい、とあたしと隼人をダイニングの四人掛けテーブルの椅子を指さした。 隼人と視線を合わせて、二人で仕方なく席につけば、お母さんが向かいの席に腰をおろす。 「坂下君の一件で、パパがこの家に電話したとき、電話口に出たのは、彼ね」 隼人の肩がはねる。 気まずそうに視線を外すのを見て、ああ、あの学校休んで付き添ってもらってたときか、と記憶をたどる。 あの時は、無言電話の恐怖から、電話に出ること自体が、恐怖の対象だった。 今でこそ大丈夫だが、あの時は、本当に。 「!……あたし、あのとき、電話、怖くって……」 「責めてるんじゃない。あの一件は、ママもパパも何もしてあげられなかった事、凄く悔やんでいるから」 そっと隼人の手があたしの膝の上で固く握りしめた拳を包んでくれた。 「その点は、感謝しているの。隼人君にも、風ちゃんや、多分力を貸してくれてたんだろう、そのもう一人の男の子にもね」 「お母さん……」 「南君の時もそう」 その話題になるとは思わず、びくりと肩がはねる。隣にいた隼人の空気が変わるのを感じて、思わず隼人の手を握っていた。 「パパが、相模と結んでいた関係を切るって凄い形相だったけど、南君が、あの後一人で家に頭を下げに来たわ」 「え……」 「もう、金輪際、娘さんとは関わりませんから、どうか家同士の関係まで切らないでほしいって」 南先輩は、責任感のとても強い人だ。 自分の事が原因で、家同士の関係まで壊れてしまえば、しわ寄せは全部、お父様の方にいってしまう。 ああ、だから、あたしの両親はあの時、何も言ってこなかったんだ、と、今この時になって初めて知った。 知らないんだと、そう思っていたから。 知ってたら飛んでくるような二人だ。だから。 「それでもパパ、許せなくてね。関係は、南君が世代交代したときには、切るそうよ」 「!……そっか」 「その南君が、頭を下げに来た日、言っていた敵わない人というのが貴方ね」 「!」 話が脱線していたけど、隼人に視線を移したお母さんの目は、さっきみたいに鋭いそれではなくて、とても優しい色をしていた。 隼人も面食らったような顔をしている。 「南くんでの一件も、坂下君での一件も、娘の事、守ってくれて、本当にありがとう」 「!……俺は、間に合ってねぇ。空は、二度も、俺の前で――」 くしゃっと顔を歪める隼人のそれは、後悔に沈んでいて、思ってもみない反応にお母さんが、言葉に詰まるのを見て、そっと隼人の頭に手を伸ばすと、くしゃっと撫でた。 「何してんだ、お前は!」 「ん?慰めてるの!」 「はあ!?」 「隼人は、助けてくれた。南先輩の時も、坂下の時も、隼人がいたから、あたし今ここにいるでしょ」 「!……そういう事じゃねぇんだよ。……馬鹿」 一瞬陰った表情に赤みがさす。 ふてくされてる隼人可愛い、なんて思いつつ、お母さんに向きなおる。 「お母さん、あたし、隼人と一緒にいたいの」 「――アンタはいずれ、家を継ぐのよ」 「家を継ぐから、隼人と一緒にいちゃいけないなんて、そんな決まりないでしょ」 あたし知ってるんだから。 お母さんが、お父さんと結婚するのに、どれだけ大変な思いしたのか。 「お母さんだって、お父さんと結婚するために、駆け落ちまでしたくせに」 「あら、でも私は最終的には家の人間認めさせて、正々堂々結婚式挙げたわよ」 「あたしだって、ちゃんと認めてもらうもん!」 「…っ(俺と結婚する前提で話進めてんじぇねぇ!」 隼人が胸中で何を思っていたのかは知らないけど、とりあえず、あたしとお母さんは似た者同士ってことで。 お母さんは、ちゃんと話せば、この同居の事も、隼人やたけちゃんのことも、ちゃんと認めてくれる人だ。 それに、これは期限付きの恋だから。 「もう少しだけでいいの。お母さん、隼人とたけちゃん、この家で一緒に生活させてください」 「ちゃんと最初から相談してくれたら、もっと早く助けてあげられたのに」 仕方ないな、と言わんばかりの表情。 諦めたような、でもそれでいて優しいその表情に隼人と二人顔を見合わせる。 「隼人君」 「!…はい」 「娘の事、お願いね」 「……はい」 隼人が敬語ー!? なんて、叫び出すと頭を叩かれそうだったから、珍しく大人しい隼人の横で、静かにしていました。 ...... (じゃあ、今から家へいらっしゃい) (えっ!) (パパ待ってるから) (…(圧力がすげぇよ!) [*前へ][次へ#] |