空を抱えて飛び降りる。空は泣いているのか、肩を震わせて俺にしがみついている。軽い音を立てて着地して、降ろすこともせずにそのまま生徒たちが並んでいる場所に向かった。 「空!!」 あいつ、相模南が近づいてきやがった。会長の仕事してるんじゃねえのかよ。睨んでくるこいつを無視しようと思うが、腕の中の空のことを考えて、かなり不服だが、空を地面におろしてやる。チッ、なんで俺がこんな役まわりしなきゃいけねえんだよ。 「先輩…」 「よかった。見当たらないから、もしかして…って思ってたんだ。本当に、無事でよかった。…空?」 「風、風が!風が、まだ中に、たけっ、たけちゃんと、一緒で、女の子怪我してて…」 空は相模に縋りつくと、泣きながらも、必死に春日に言われたことを伝えようとしている。しかし、こらえきれずに、泣き崩れてしまった。 「獄寺君」 地面に崩れて泣いている空を抱きしめているこいつが、俺に説明を求めるように名前を呼んできた。相模の胸に顔をうずめるようにして泣いている空から顔をそむける。胸にあるモヤモヤをなぜか必死に押さえていた。うざったい、なのに、ここから離れようとは思えねえ。 「詳しくは知らねえが、ボイラー室で爆発が起こった際に負傷した女子がいた。そいつを、山本が背負っていまこっちにむかってるはずだ」 いつの間にか近くに来ていた相模匠は眉間にしわを寄せながらも俺の話を聞いている。煙草、吸いてえ…。 「山本の話だと、JCS200。だから、すぐに助けられるよう、準備させるために、あいつは俺に空を連れて2階から飛び降りさせた」 ま、半分はこいつのためだろうな。春日はそういうやつだ。自分を犠牲にしてでも、コイツやまわりを助けようとする。まるで、昔の俺のようで、見ていてイライラする。他のためなら自分の命を投げうつなんて、俺は十代目のため以外ならぜってえしねえがな。 大分落ちついてきた空は、あの野郎に笑顔を向けていやがる。 落ち着いてよかったはずなのに、苛立ちはつのる。そこにいるのが嫌になってきた俺は、立ち去ろうとすれば、相模匠に腕を力いっぱい握られ、引き留められた。 「風は!?じゃあ、今、風はどうなってんだよ!」 「うっせえ!山本が一緒にいるっつっただろ!あいつはそこまで傷をおってなかったから、大丈夫だろ…」 苛々する。相模匠から視線をそらせば、空とあいつが目に入って、湧き上がってくる不満を腹の奥に押し込んだ。空をなだめていたあいつは、やっと落ち着いてきた空を離して、他の役員に素早く救急車を呼ぶように指示を出した。 次に、俺に向き直ったときのコイツは、生徒会長としての顔をしていた。 「獄寺君、今回の爆発の原因とかわかるかい?」 「…俺より春日の方が知ってるだろ。あいつは当事者だ」 「あいつらよ…」 「空?」 呟くほどの空の声は俺には聞こえなかったが、相模南には聞こえていたらしく、ちゃんときこうと名前を呼ぶ。 「あいつだよ!風を呼び出した奴らだ!あいつらが、あいつらのせいで、風が、ボイラー室に行ったから…、だから…」 また興奮してきたのか、涙を流しながらも叫ぶ。座り込みながらも、必死になって伝えようとする空に目線を合わせるようにして、今度は俺がしゃがんだ。空の頭をなでる。そして、耳元に口を近づけて、空にしか聞こえないような声で呟く。 「落ちつけ。俺達はマフィアだ。危険には慣れてる」 「!!」 「それに…、あいつを信じろよ」 「……、うん」 納得したのか、落ちついた空。信じるなんて、俺が言えた言葉じゃねえだろうけど、山本が春日を見捨ててくるなんてこと絶対にあり得ねえのはわかりきってる。 学校のほうを見れば、大分炎上していて、炎はさらに激しさを増しているようだった。救急車と消防車が近づくサイレンの音が聞こえる。 消防隊の消火活動が始まった。ポンプからは勢いよく水が飛び出していく。しかし、それがあまり意味のあるようには思えねえ。炎はさらにさらにと全てをくらいつくすように燃えていく。 誰も口を開くものはいなかった。ただ、呆然とこれまで過ごしてきた学校が、炎に飲み込まれていくさまを見ていた。 「あ!」 誰かが、声を上げたと思ったら、生徒の間にざわめきが起こる。窓のところに人影が見えたと思ったら、それが下に飛び降りたのだ。空もそれが見えたのか、俺にすがる様にしながら立ちあがって、そっちをじっと見つめる。全員が息をのんだ瞬間だった。 炎の隙間をかいくぐって表れたのは山本だった。山本が現れたことに、生徒が歓喜の声を上げる。空も嬉しそうに息をついたのがわかった。俺達は、群衆の一番前にいて、俺達を見つけた山本はすぐにこちらに向かってきた。 歓喜の声を上げる周り。しかし、俺と相模匠はそのどちらもしなかった。山本しか見えないのだ。もう一人、走っている奴がいてもおかしくねえのに。 相模南が空から離れて山本に近づき、後ろに背負っている女子を受け取る。煤で汚れた顔は酷く苛立っているように見えた。 「こいつ、怪我してて相当やばいらしいから、あと頼むな」 「わかった」 あいつは、そのまま山本が連れてきた女子を救急隊員の方へ運んで行った。 相模匠が山本に近寄る。 「おい、武、なんで、風が一緒じゃない?」 「……あと、頼むな。獄寺」 「……ああ」 「おい、武!置いてきやがったのか!?なんで!」 相模が山本につかみかかる。相模の言葉を聞いて、空が再び崩れ落ちそうになるのを、支える。 目を見開いたまま震えている空を落ちつかせるように、そのまま抱きしめてやる。俺には、何があったかなんて検討もつかねえ。けど、山本が珍しくあのむかつく笑みを浮かべられていないのは分かった。 「風は、今足をくじいてんだ。だから、俺に先に行けって、いった」 「だからって!置いてくんなよ!」 相模はつかみかかって、殴ろうとするが、山本はその拳を片手でやすやすと受け止めた。山本は俯いていて、その表情こそはわからねえが、微弱な殺気が漏れている。 「っ答えろ!」 山本は、そのまま相模を突き飛ばした。 「ってえな!何するんだ!」 「――風が、待ってるんだ…」 「…武?」 山本は、俺に支えられてようやく立っているような空のもとに近寄り空の頭に手を置いた。 「たけ、ちゃん?」 「空、大丈夫だ。絶対一緒にもどってくっから、な?」 山本がそういって、いつものむかつく笑みをつくったあと、戦闘時のような真剣な表情に戻った。 「おい、わかってんだろうな」 俺達は、ここで死ぬわけにはいかねえってこと。俺が向けた視線に、こいつは、目を見開いたが、すぐに小さく、口端をあげた。 「ああ」 空の顔を俯かせると同時に、今までの笑みはすっと消える。 殺気を抑えようとしているのが俺にはわかる。裏の人間だからこそわかるような微弱な殺気。しかし、それも抑えがきかなくなってきているみてえだ。 そして、俺達に背を向けた後、再び学校へと向かっていく。それに気付いた、消防隊員が、山本を抑えようとするが、山本が、一気に殺気を放った。 「止めるな」 すぐに抑えられた殺気だったが、近くにいた隊員にとってはよほどのものだったんだろうな。腰を抜かしたようで、地面に座り込んだまま炎の中に戻っていく山本を見送った。 全員が呆然と立ち尽くす中、再びどこかで爆発が起こった。 |