哀しき温もり

風が呼び出されてからもう30分はたっている。今は集会の真っただ中。でもあたしの頭の中に先生の話なんて入ってくるはずもなく、さっきの風に見せられた犯行声明のような文が思い出される。


嫌な予感しかしない。不安が渦巻く。


風はあたしのように空手で戦えるわけじゃない。もし、男とか…っ!こんなときに呼び出してくれちゃって…。しかも、たけちゃんたちに秘密なんて…。あたしもついていけばよかったな…。


体育館の壇上で無意味なことを話している先生をしり目に、一度、息を吐き出してから、まわりに視線を走らせる。体育館の隅にいた担任を見つけると、少し腰を低くしながら素早くそこまで移動する。何人かの生徒がこちらを見ていた。


「どうした?」


小声で聞いてくる先生にあたしも小声で返す。


「すいません、ちょっと気持ち悪くて…、保健室に行ってきます」


「わかった」


体育館をなるべく音をたてないように素早く進む。少し生徒がざわついた。生徒の方を見れば、たけちゃんがこちらを見ていて、少し心配そうな顔をしている。隼人は、いないところをみると、またサボっているのかな?ったく。こんなときに。


体育館を出て、少し進んだところで、後ろから名前を呼ばれた。


「空!」


「…たけちゃん」


「どうしたんだ?」


聞かれたところで、風の言っていたことが脳裏に浮かんだ。


“武たちには黙っといてね”


少し、悩んだけれど、胸のざわめきは消えない。あたしの嫌な予感ていうのはよく当たる。本当に、嫌な予感だけ当たっちゃうんだよね。


「実は…」


あたしは、たけちゃんに話して聞かせると、たけちゃんの顔が少し険しくなった。いじめられているとは言わないし、呼び出された理由もなんとなくわかっているけど、それも言わない。


風が話さないんだったら意味がないと思ったから。


「で、ボイラー室ってどこなんだ?」


「ここから、正反対の場所」


それも、かなり遠くにある。走っても10分はかかってしまうだろう。こういうときに、どこでもドアがあってほしいと切実に思うよね。冗談じゃなく。


「あ?おめーら、今集会じゃねえのか?」


「…それ、隼人が言うセリフじゃない…」


場の空気を読まずに現れたのは、煙草をくわえた隼人だった。隼人は、その煙草を携帯灰皿に入れる。かすかに、紫煙が天井へとのぼって行くのが見えた。


「で、お前らどうしたんだよ。サボりッてわけじゃねえんだろ」


「それが…」


「とにかく行こうぜ!話は、行きながら話す」


「?」


「うん」




***

誰もいない廊下を走りながら、あたしから聞いたことをたけちゃんが隼人に話した。隼人は、それを眉間にしわを寄せながら聞く。


もうすぐだ。もうすぐでボイラー室につく、はず。


「おい。なんか暑くねえか?」


額から汗を流しながらたけちゃんがあたりをうかがうように教室をのぞきながら走っている。


「あ?…そういや、そうだな…」


あたしは、大分へばってきていて、はやくボイラー室につきたい一心だった。でも、意識してみれば確かに暑い。今は、もう夏も終わりわずかに暑さをのこすだけとなってきているこの時期に、走ったぐらいで、ここまで熱くなるはずがない。


ゆっくりと速度を緩める。汗でべたつく制服が気持ち悪い。


「おい、あいつが呼び出された場所ってボイラー室だよな…。さっきから、シューシュー言ってるのって、これ、スチームだろ?」


「何言ってるの?隼人。この時期にスチームがつくわけないじゃん…」


隼人が何か考え込み、たけちゃんも考え込んでいる。自然と止まった足。呼吸を整えるために大きく息を吸う。止まってしまった2人に、急ぐ心は苛立つ。


しかし、いきなり二人は声をあげて険しい顔をしながら顔を見合わせた。


「な、なに?」


問いかけるも、2人はその問いには答えない。そのかわりにたけちゃんはまた走りだして、隼人はあたしの手をつかんだかと思うと、隼人もあたしの手を引いて走りだした。


2人がなにに気付いたのかもわからないままそのままボイラー室に向かう。


ボイラー室に近づけば近づくほど温度は上がっていっているようで、今ではもうサウナのようだった。


廊下の角を曲がり、やっと50mほど先に見えたと思ったら、中から女子数名があわてて出てくるのが見えた。しかし、その中に風の姿はない。それに、その女子たちの顔は蒼白だった。


「チッ。獄寺!ここにいろ!」


たけちゃんは隼人にそういうと、さらにスピードを上げた。隼人はその後を追おうとはせずにスピードを緩める。腕が繋がれているから、あたしも同じようにスピードが落ちた。あたしにはわけがわからなかった。女子の悲鳴のような甲高い声がやけに耳につく。


たけちゃんがスピードを上げたのとほどんど同時。何秒の差もないほどで状況は一変した。


耳をつんざくような爆発音があたりを包んだと思ったら、あたしの体は温かい何かに包まれていた。それは、あたしとともに地面に伏せ爆風から守ってくれている。


けたたましいサイレンが鳴り響く。頭ががんがんする。軽い目まいも。一瞬遠のきそうになる意識を必死に手繰り寄せて瞼を押し上げれば、見えたのは白いシャツだった。


「ケホッ…、は、隼人?」


「チッ…空、怪我は?」


「ない、」


「風!!」


たけちゃんの焦りを含んだ声にばっとそっちを向けば、たけちゃんが少し変形した扉を蹴り破っていた。


その後を追おうと立ち上がろうとすれば、隼人に手をつかまれる。


「お前は行くな」


「なんで!」


「…あいつにまかせれば大丈夫だ」


「…うん」


真剣な目と、たけちゃんを信用しているもの言いに、あたしは静かにうなずく。今、珍しいとか茶化している場合ではないことはさすがに理解できた。周りを見れば、あたしたちの少し後ろで女子が伏せていた。そっと近付いて、体をゆすれば、うっすらと目を開ける。


「ねえ、何があったの?」


しかし、次の彼女の言葉は続かなかった。


ふたたび、ここではないところでの爆発音と爆風によって遮られたのだ。熱い。


隼人は立ち上がると窓に歩み寄った。窓は粉々になって下へと落ちている。他の窓も全部割れてしまっている。窓から横の方へとのぞけば、よく見えないものの黒い煙が立ち上っているのが見える。教室などはボイラー室からかけ離れているからどうなっているのかよくわからない。


「チッ、スチームから誘発しやがったな」


「ゆ、誘発!?」


隼人の言葉通りに、数分ごとに爆音が鳴り響いた。ここからじゃあわからないけど、あっちの方は火事になっているのかもしれない。


後ろを見れば、さっきまで気を失っていた女子たちは起き上がってよろよろとここを離れて行った。なんて奴ら。あいつらがきっとこの爆発の原因なのに。


「空!」


振り返れば、少し顔に傷を作ったりしているけど、でも笑顔でこちらを見る風の姿があった。


「風!!」


たけちゃんは、誰か知らない女の子を背負っている。どうやらその子は気を失っているようで、足からは血が流れている。


「っ!!…その子…」


「大丈夫。早くいこう、たぶん、ここもあぶない…」


風のその言葉通りに後ろのボイラー室で再び小さな爆発が起こった。


あたしは風の手を握って、走る。教室の方へ向かえば、そこは火の海と化していた。窓からは生徒たちがグラウンドへ避難しているのが見える。


たぶん、集会で皆体育館にいたからそれがまだよかったのだろう。


まじかで燃え上がる炎が肌を焼くように激しく揺れる。神経がだんだんと麻痺していくように熱さも感じなくなってきている。


黒く揺れる煙が肺に入ってしまわないように手で口を覆う。でも、あまり意味はない気がする。喉が焼けるように痛い。暑いし、喉が渇いた…。


「ケホッ、ケホッ。獄寺、ここから飛び降りれる?」


「あ?ああ…」


「じゃあ、空と一緒に飛び降りて」


「は!?ちょっと、風!?こんなときになんの冗談…っ!」


「冗談じゃないわ。この子、結構重体なの。だから、先に言って先生に言っておいて。ね?」


「じゃあ、風かその子が先に行けばいいじゃん!あたしの方がピンピンしてるんだし…、それにっ」


しかし、次の言葉があたしの口から出てくることはなかった。ただ、涙があふれた。風が、あたしを抱きしめたのだ。


「お願い。はやくしないとこの子死んじゃうかもしれない。この子じゃ衝撃に耐えられない」


長年一緒にいるけど、風のぬくもりがこんなにも哀しいと思ったのはこれが初めてだった。


「風…」


「大丈夫。ね?私はこんなので死なない」


その目は、力強くて覚悟を決めているんだと思った。逆らえない。逆らっちゃいけない。それを本能が知らせて、言葉を発せようとした開いた口は、何も発せられることなくそのまま閉じた。心の中では嫌だ、嫌だと叫ぶのを無理矢理無視して。


「獄寺、空のことお願いね」


「獄寺、こいつ、JCS200ってところだ」


「……チッ、今回だけだぞ」


「ありがと」


会話が終了すると同時に、隼人はあたしを肩に担いで窓から外へと飛び出した。




この会話が、最後かもしれないなんて柄にもなくそう思ってしまったの。




※JCS(ジャパン・コーマ・スケール)…日本で主に使用される意識障害の深度(意識レベル)分類


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あきゅろす。
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