甘い蜜の囁き

獄寺君と春日が行ってから、その後ろ姿を忌々しげに見送る。突き落とそうとした子たちは、失敗したみたいだし。何やってんだか。くっつけるようなことしてどうするのよ。あいつら。


にしても…、


「なんで、あいつが傍にいるの…」


誰が彼らを好きになろうが、そんなこと関係ない。そんなこと関係ないのだ。


ただ、彼らが手に入ることなんてないんだから、だったら、皆のもの。皆の人気者でいてくれたら、皆満足できる。でも、誰かが彼らと一緒にいちゃうとそれは崩されてしまう。


そんなの、絶対にだめ。暗黙の了解なんだ。皆、わかってる。だからこそ、誰も告白することなく、傍で少しお話をして、少し遊んで、それで満足する。深みには入らないうちに諦めて。


「なのにっ!あいつのせいで…っ」


なんで、あいつは、傍にいられるの?なんで、彼らはあいつらを気にかけるの?なんで、そんな顔して笑うの?なんで…。


「邪魔なのね?彼女たちが」


「!!」


「しー。大声を出してはダメ」


目の前にいる彼女は、そっと口元に手をやって声を出しそうな女子を制する。目を見開く女子に苦笑しながらも、本題を進めていく。


「好きなのね。貴女は。彼が」


「そう、よ。好き。好きなのっ。なのにっ!なんで、」


「声を抑えて」


冷たい声がぴしゃりとたしなめる。しかし、彼女はすぐに柔らかく頬笑み、優しい声音を出す。


「わかるわ。その気持ち。私にも好きな人がいるから。だから、よくわかる…」


「っ…」


そっと頭をなでられ、悔しさからか、目に涙が浮かぶ。


彼女なら、胸の内を明かしてもいいんじゃないかと思えてくる。友達同士で彼を好きだということはタブーだった。でも、日に日に膨らんでいく気持ち。


なのに、彼の傍にいるのはあたしじゃなくて…。


「泣いていいのよ?」


「あいつらは、思いあがってるだけなのよ!山本君たちが優しいから…。だからっ」


「そうね」


「わたしの方が好きなのに!彼らは一番を作っちゃいけないのよ!だから、みてるだけで皆、皆我慢してるのにっ」


「そう、それは、とてもずるいわね」


「でも、彼らは、優しいから、断れなくて…」


「じゃあ、彼らも迷惑してるのね?」


「そうよ!そうにきまってる!」


「なら、」


頭をなでていた手が、そっと後頭部に周り、目の前の彼女の口元が耳に近づく。ふっと息を吐き出されて、体を震わせる。


そして、彼女は優しく、妖艶に囁く。


「引き離してしまえばいいじゃない」


「でも、そんなの…できな…」


「わからないわよ?やり方次第で、」


「でも…、彼らに気づかれたら…、嫌われちゃうっ」


「いったでしょう?上手く、ばれないようにするのよ…」


「でも、」


「でもは無しよ。好きなんでしょう?」


まだ口を開こうとする唇に人差し指を当てて制する。


「貴女はとっても魅力的だもの。きっと、すぐに気がついてくれるわ」


「そう、かな?」


「ええ、そうよ。じゃあ、検討を祈るわ」


最後に、優しい抱擁を残して、彼女は去って行った。しばらくぼーっとしていると、チャイムが鳴り、その音にはっとなって、あわてて教室へと戻る。その間も、ずっとさっきの会話が流れていた。




***

生徒が帰った後、女子たちは、まだその場に残って、どうやって、彼からあいつを引き離すかの算段を立て始めた。


「どうやったら、離れるかなー」


「やっぱ、脅すー?」


「というか、普通に一緒にいることがおかしいんだから、離れろ、って言えばいいんじゃない?」


「それで、離れるか?絶対に、調子に乗ってるのに」


「そうだよねー」


「とりあえず、話しあいして、それで無理ならちょっと脅してー、って感じにすれば?あまり大事(おおごと)にしたら、めんどくさくなるし。チクったらただじゃ済まさないけど」


「そうだね。じゃあ、あたし呼び出すの書いてくるよ!一回やってみたかったんだよね!」


「どんなふうにする?」


「あの、新聞紙切って張り付けるやつは?」


「犯行声明とか、うける!」


げらげらとした笑いが教室内に響く。


「でも、いいんじゃない?筆跡でバレる心配ないし」


「じゃあ、そうしよっかー」


「じゃあ、渡すのは、お前ね」


「えっ!」


ずっと黙っていた一人の女子に、全員の視線が行く。彼女は、その突き刺すような視線を受けて、ひやあせを浮かべながらも、必死に心の中で格闘していた。


渡しに行きたくない。でも、行かないと嫌われる。でも…。


「これ、強制だから、決定!じゃあ、明日の集会のときにしようよ」


「そうだね」


「じゃあ、帰ろー」


がたっと座っていた場所から立ち上がり、それぞれ鞄を持って廊下に出る。


さっき指名された女子は、一人残って、乱れた机と、開け放たれた窓のカギを閉め、ちゃんと戸締りとかをしてから教室から出て行った。


[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!