支配されし

文化祭が近づくにつれ、真面目に劇が心配になってきたあたしは、たけちゃんが隼人と代わってくれた方がいいかな、なんて考え出してしまっていた。たけちゃんなら風も少しは、――。


そのたけちゃんは今、劇を成功させるために不可欠な、道具作りで体育館にはいないんだけど。きっとあたしが頼めば断りはしないでしょ。


あ、でも匠君にバレルといろいろと面倒なことになりそうだな…。


「空、劇は順調?」


「え?わっ!先輩!」


あたしが頭の中で延々と考えを巡らせていたそれにストップをかけたのは、いつの間に現れたのか、あたしの隣に微笑んで立っていた南先輩。


人の気配感じなかったっ!あたし相当、思考の深みにはまってたのかな;


あたしが異常に驚いたことで小さく笑った先輩に慌てて向き直ると、さっきの質問にいまいちです、と苦笑して返した。


だって、主役のお二人さん、劇の終盤に行けば行くほど、機嫌が悪くなって、ラストシーンなんて台本と睨めっこ状態だしね。


「ところで先輩は生徒会のお仕事いいんですか?」


「ん?うん、まあ…」


もう文化祭は近いわけだし、忙しくないわけないんだろうけど、心配して見に来てくれたのかな?だったら嬉しいっ。


「だあーもう、気が散る!何でテメーがここにいんだよ!」


「匠なら教室ですよ?」


そんなあたしとは正反対に、劇を中断して南先輩に突っ掛かる隼人と、遠回しにここに用はないだろうと言いた気な風の言葉を受けても、何やら思案中の先輩の耳には届いてないみたいで。


「おい、聞いてんのか!」


「ねえ、空ここ…」


「はい?」


そんな先輩の態度に痺れを切らした隼人だったけど、それすらも流してしまった先輩は、あたしが手にしていた台本のラストを指差した。


「本当にキス、しないの?」


「「!?――」」


「え?」


先輩が一言、そう言っただけでシーンと静まり返った体育館。隼人と風に至っては目見開いちゃってるし…。


ていうか学年劇で本当にキスなんて出来る訳無いじゃん。ウチの親父がまず煩いだろうし、それ以前に、風と隼人は恋人同士でもなんでもないんだ。たけちゃんなら構わないかもだけどね?←


「するわけ――」


「劇なんだし、べつにいいんじゃない?ね、獄寺君」


「っ!んなもんしねーよ!」


「…(このまま長引くと先輩のペースに巻き込まれるわね」


空の言葉を遮って獄寺に突っ掛かる先輩の目はマジで。まあ、この劇利用して空と獄寺を完全に引き離したいんだろうけど、私まで巻き込まないでほしいわね。


ていうか、獄寺とキスなんてしたら最後、私この学校の女子全員敵に回すことになっちゃうじゃない。


「わかんないなら手本見せてあげるよ」


「先輩…?」


私がそんな事考えてたらいつの間にか、事態はいらぬ方向に進んでて、空の顎に先輩の手がかかっていた。


冷たく笑った先輩に何がなんだか状況把握をしきれてない空はされるがまま。このままじゃヤバい!


「獄――!」


私が隣にいたはずの獄寺を呼ぼうとした瞬間に、舞台から飛び降りていた獄寺の背中が見えて、…こういう時は行動早いな、と暢気に考えながら私も舞台から飛び降りた。


「や…っ!あ…」


「!……っ」


条件反射だった。あたし、突然だったにしても先輩からのキス拒んだ。大好きな人からの、キス――、拒んだ…。


「手本なんかいらねーんだよ」


「隼人…」


先輩を拒んだ反動で、後ろに倒れかかったあたしを抱き留めてくれたのは、隼人で、それと同時に伸ばされた先輩の手は、あたしの手を掴んでいた。


二人とも、あたしが倒れないように配慮してくれたんだ。…なのに、あたしは先輩を傷付けた…?


「手、放せよ」


「何で俺が君に指図されなきゃならないの?――君が放せばいいだろ」


痛い――、先輩に掴まれた手首がキリキリと絞められていく度に、痛みと一緒にあたしの心をしめる恐怖心。いつもは優しい先輩が、今日は凄く怖くて――。


それがあたしがキスを拒んだせいだって分かってるから、放してなんてことは口が裂けても言えない。あたしが、悪いんだから。


「空を困らせないで下さい。手を離すのは先輩の方なんじゃないですか?」


「?!――、」


あたしがギュッと目をつむって唇を噛むことで痛みを堪えていたら、聞こえてきた馴染みの深い声。その直後、今まであった痛みはスッと消えて、目を開けた先にいたのは風だった。


そしてあたしの手は風によって優しく包まれるように握られていた。…先輩の手、放してくれたんだ。


「誰だってこんな公衆の面前であんなふざけた事されたら拒みますよ」


それでなくても、空は重度の照れ屋なんですから、と冷笑で先輩に対応する風に怒りに歪んでいた南先輩の表情が冷静さを取り戻していった。


「――、仕事に戻った方がいいんじゃないですか、先輩」


「ちょっとおふざけが過ぎちゃったみたいだね。そろそろ戻るよ」


風が最後に先輩に向けた言葉を合図に、先輩はいつもの穏やかなちょっとふざけた調子に戻って、あたしの大好きな笑顔を浮かべてくれた。


「――、空、劇の完成楽しみにしてるよ」


「!――、はいっ。先輩も生徒会の仕事頑張ってください!」


最後にあたしを振り返ってかけてくれた言葉に慌てて頷いて、あたしもいつも通り、先輩に言葉を返して笑顔を返した。


先輩はそれを確認してから、後ろ手で手を振りながら体育館を後にした。何だか嵐が過ぎ去った後みたいな心境だけど、先輩がいつもの調子に戻ってくれてよかった。


「はあ、一先ず一件落着ね」


「ありがとう、風。フォローしてくれて助かったよっ」


あたしは、いつの間にか解放してくれていた隼人の腕の中から、風に飛び付いてお礼を言った。だって風がいなかったらきっと今頃、先輩との関係にヒビ入ってたもん!


「ホント、感謝してよね、二人とも」


「うん、うん!今度アイス奢るー!」


「!――、」


空は気づかなかったみてーだが、春日の意味深な発言に含まれていた¨二人とも¨には俺が含まれてるみてぇだな。…ニヤつきやがって、別に俺はテメーに感謝することなんざねーんだよ。


けど、空とアイツのキスは何が何でも阻止しなきゃなんなかった。確かに春日がいなきゃ大事になってたかもしんねーけど、って、…俺何で阻止しようなんて思ったんだ?


別に空が誰と何しようが俺には関係ねーじゃねぇか。…しかも身体は無意識に動いてやがったし…、あーわけわかんねーな畜生。


「隼人も受け止めてくれてありがとうね!」


「!――」


ドキ――ッ
なっ!何だよドキッて!俺何でこんな心臓が高鳴ってんだよ!


「隼人ー?」


「!っ――、」


近ーんだよ馬鹿!下から顔をのぞきこんでくる空に、顔に熱が集まんのが自分でも分かった。だから咄嗟に口から出た言葉は空を責めるモノになっちまったんだ。


「て、テメーは無防備すぎんだよ!何簡単にキスなんかされそうになってやがんだ!」


「え、あ…ごめんなさい」


「っ!」


俺は、謝る空を直視できず、何かわかんねぇ感情を押し込める為にその場から逃げるように飛び出した。何でこんな時だけ素直に謝ってくんだよ。恋人ならそんなの普通じゃねーか。俺が口出すことなんかじゃねぇ。


「あ、隼人!どこ行――!」


「私が行くから、今日の劇の練習は終わりにして準備してる武たちのサポートに回ろ」


「あ、うん…」


「私も直ぐ獄寺連れ戻して来るから。頼んだよ副会長」


「うんっ」


あたしが隼人を追おうと踏み出した一歩は、風に止められて、優しくあたしの頭を撫でてくれた風は、そのまま隼人を追って体育館を飛び出していった。


何で、こんなに胸が苦しくなるんだろう。…おかしいよ、こんなの変だよ。


「今日の練習はここまでにしまーす!この後は教室で作業してる大道具、小道具の人達のサポートに回ってください!」


胸にある思いを振り払う様に、手をパンパンッと叩いて、舞台にいる劇の関係者の皆に何事もなかったかのように振る舞った。


歯車が狂いはじめた、
それはもしかしたらこの時からだったのかもしれない…。




(あらお帰り南君)
(……)
(…空ちゃんと何かあったの?)
(別に…、)
(そう…(悔しいって、顔に書いてあるわよ…)


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