突撃お部屋訪問インタビュー

隼人君がシャワー室に消えるころには武の中で何らかの折り合いをつけたらしくベランダから戻ってきていた。空はシャワーから出てすぐもう一度謝ってくれた。


武はそれに対して、どう答えていいかわからなかったようだけれど、私の方を見た後これが獄寺じゃなくてよかったよなと笑い飛ばした。もし獄寺だったとしたら、おそらくここまで動揺もしていなかっただろうなあと思いながら、私は空を小突くだけにとどめた。


そのあと、武もシャワーをすませ、夕飯までの時間4人でトランプをしながら談笑をしていると、チャイムが鳴った。


驚いて空がトランプを落とす。


先生だとしたら、まずいと四人で顔を見合わせた。


本来、男子が女子の部屋に行くのは禁止されている。いろいろと倫理的な問題があるからだ。いくら同棲しているとは言え、そんなこと先生が知ったことではないのだから、私たちでもお咎めを食らうだろう。


目くばせしたのは一瞬だった。


素早く身をひるがえした二人をよそに呑気な声が響く。


「空ー!風ー!あーそびーましょー!!」


思わずがくっと肩を落としたのはしょうがないだろう。


なぜ、このタイミングでこの部屋に来るのかなと思わずにはいられない。先生ではないことは明白だったために武と隼人君の動きが止まった。


「誰だ?」


隼人君に小声で尋ねられ、1年のころに知り合った友人だと答える。


天真爛漫な性格は相変わらずのようだ。せめて一言メールでもくれたらこんなにも慌てなくてもいいのに。別に、彼らがいたからって彼女が先生に知らせるようなことはないだろう。むしろ、目を輝かせ、いいネタを仕入れた記者のごとく4人そろって質問攻めにあうのが落ちだ。


一応、武も隼人君も有名人。隼人君は空を俺の女宣言しているため、彼女も知っているだろうが、それとこれとは別だ。


顔を真っ赤にしたのは空だった。隠れなきゃ!と言った一言に武と隼人君は一応動き出した。


「あれー?いないのかなー?どーする?」

「だから、連絡してからって言ったのに…」


どうやら彼女一人じゃないらしい。もう一度ため息をつく。


「ぜーったいいると思ったんだけどなー。面倒くさがりな風が外に出るとは思わない」


その発言に武がクッと喉を鳴らして笑う。


どうやら彼らはクローゼットの中に隠れたらしい。


空と顔を見合わせ頷きあった。覚悟を決めいまだになり続けるチャイムをどうにかするためにドアへと向かうことにした。


「うるさい。そんなに鳴らさなくても聞こえてるわよ」

「ほら!やっぱりいたー!」


ドアを開けた先には、ドヤ顔をする短髪の女の子、志月(しづき)。そしてその横で苦笑している流衣(るい)がいた。


この二人とは入学式前に知り合い仲良くなっていたのだ。クラスが一緒にならなかっため、そのまま関係は終わるかと思われたが、なぜか気に入られ、そして空も二人によく懐き、たまに廊下で会っては話すような仲になった。


ちなみに、志月はいくつもの部活を掛け持ちしているし、流衣は生徒会に入っていることもあってふたりとも広い人脈を持っている。そのおかげか、いろいろな噂を流してくれるのも彼女たちだ。


「ひっさしぶりー。入っていいよね?お邪魔しまーす」


私の返事など一切聞かずに、づかづかと踏み入ってくる志月。このこは本当に自由奔放だ。


「ご、ごめんね。大丈夫だった?」

「ああ、うん。大丈夫大丈夫」

「あ、お菓子発見!食べていい!?」

「本当にごめんね!!!」

「志月自由すぎでしょ!あたしが買ったお菓子なんだからね!?」


頭を抱えた私に流衣が慌てて謝るが、流衣が謝るようなことは一つもない。


「とりあえず流衣もどうぞ」

「うん、ありがとう」


はにかんだ流衣は相変わらずほのぼのとしている。はきはきしゃべる志月と、どちらかというと大人しめの流衣。一見正反対に見えるけれど、二人はとても仲がいい。


「って、志月。食べるのはいいけど、ベッドの上に食べかすは落とさないでね」

「はーい」

「で、二人はどうしてこっちに?」


聞いてみると、二人は顔を見合わせた。そして、志月がニヤリと笑う。


「そりゃー、まあ、噂の真相を確かめに?」


つまり、武と隼人君との関係を聞きに来た、と。


噂がいろいろ流れているのは知っている。実際に、付き合った次の日に、どこから流れ出たのか教室に入ってすぐに女子から詰め寄られたのだ。ごまかそうにも、武がすでに肯定してしまったためにどうすることもできず、なすすべもなく言われるがままに質問に首を縦と横に振りながら答えていたのだ。


あの時ほど帰りたいと思ったことはないだろう。


「直接話してくれるかなって思って待ってたけど、こっちにくる様子全然ないし?これは強行突破だ!って思って」

「空のネタも上がってるんだからね!」


こういう時に限って二人そろうんだから本当にやめてほしい。流衣にまで、さあ話せと言われたら口を閉ざすことはできそうになかった。


「で、菓子パーティーしながら聞こうと思って、お菓子たくさん持ってきたんだ!」


持ち上げて見せたビニール袋の中には確かにたくさんのお菓子が見えた。あと1時間ほどで夕飯の時間だというのに、と苦笑するが、胃袋に関しては志月のそれは普通とはかけ離れているため問題ないだろう。


パーティー開きされたお菓子をつまみながら、もうこうなったら腹をくくるしかないと決意する。


部屋の中に噂の相手がいるとなると、あまり大ぴらなことは言いたくないんだけどなあと思いながらも空と顔を見合わせた。


「で!?まずは、噂の真相!」

「噂ねえ」

「一つ目!山本君と獄寺君って実は兄弟って本当!?」


その質問には思わず噴き出した。空なんかはお腹を抱えて笑っている。今頃あの二人は顔をしかめているに違いない。


「その笑い方はやっぱり違うんだね。苗字も違うし、顔立ちも似ていないからデマだろうなとは思っていたんだけど、雰囲気が似ているときがあるから腹違いとかもちょっと想像してたんだけどね」


流衣が肩をすくめる。なるほど、腹違いとか遠い親戚とかならあり得ない話ではないのか。


「ないない!あの二人が兄弟とかっ!」

「なーんだ。じゃあ、実は兄弟で付き合っているのを隠すために風たちをカモフラージュにしてるっていうのもデマなんだね」


ベッドの下とクローゼットが微かに音を立てた。私は、そのあまりに突拍子もない噂にさらにお腹を抱えて笑う。空は笑い死に寸前だ。


「それはデマだよ。出所は、マンガ研究部の子たちが妄想したのを話したことが元だもん」

「なーんだ。つまらん」


流衣は噂の出どころすら知っていたらしい。マンガ研究部では二人をネタにした薄い本も作成されているとか。すこし好奇心が疼いたが、この部屋にいる当事者二人のために深くは突っ込まなかった。


「というより、そんな噂初めて聞いたわよ?」

「そりゃあ、噂の中心人物の耳に入るわけないじゃーん!で、次はー、そうだなあ。実は二人はFBIでこの学校に潜入して真っ黒な組織と戦ってるっていうのは?」

「それ、どこぞのマンガのパクリみたいよ?」

「だよねえ。現実味はないなあ。じゃあ現実味がないついでに」


この二人、どれだけ噂話を仕入れてきたんだろうと思ったが聞いていて面白いのでよしとしよう。


「実は二人はマフィアで極秘任務のためにこの学校に来てるっていうのは?」

「…それ、さっきのと似てるわよ」


思わず息を飲んだことに二人は気づいただろうか。すぐに浮かべた苦笑と苦し紛れに紡ぎ出した言葉に彼女たちはどこまでごまかされてくれるだろう。


そんな噂が流れているなんて知らなかった。なんてピンポイントでついてくるんだろう。どうやってそんな噂が紡ぎだされたのだろう。彼らの言動で何かそれらしいそぶりなどあっただろうか。


「だよねー。これも現実味ない!」

「でも、あの二人浮世離れしてるっていうか、ちょっと普通の高校生とはちがった雰囲気を持ってるから、そういう現実味のない噂が出回るのかもしれないね。実は宇宙人説なんていうのもあるから」

「とりあえず、あの二人に対する周りの認識が気になってきたわ……」


二人の冗談まじりの言葉に救われる。分からない程度に肩から力を抜き、お菓子に手を伸ばした。


「それじゃあそろそろ本題に行こうか!」

「そうだねー。風たちが付き合いだしたのは最近なんでしょう?どっちが告白したの?」

「…告白は…、あっちね。でも、お互いにわかっている感じではあったわよ」

「えー、じゃあ山本君のどこが好き?」


え、それここで答えるのよね?


思わずうろたえる。だってここには当の本人がいるのだ。なんて恥ずかしい。


「…黙秘権は?」

「「「なし!」」」


こんなときばっかり三人の意見は合致するのだ。思わずうなだれる。こんな時ばかり便乗する空を睨みつける。次は空なんだからね。好奇心で目を輝かせる三人を前に誤魔化すことすらあきらめ素直に白状した。あとで絶対に武にからかわれそう。


「……好きなところねえ…。そうね。私が寄り掛かっても、ちゃんと立っていてくれそうなところじゃないかしら」

「頼りがいがあるってこと?」

「平たく言えば。言葉をくれるとかじゃなくて、ただそばに居させてくれるから、安心するのね」

「ふーん。じゃあ、いつから好きになってたの?」

「さあ?気づいた時には好きだったわ」

「おーっ!」


なぜか目をキラキラさせて私の方を見る志月に苦笑する。そんな感動されるようなことを言った覚えはないのだが。


「あ、ねえねえ。獄寺君ってどんな人?あまり人と関わらないから、情報が少ないんだよね。でも、空が付き合ったっていうことはただ不良っていうだけじゃないんだろうし。それに獄寺から告白したんでしょう!?なんだっけ?“こいつに手出したら皆殺しにする!”」

「違うよ志月。“こいつに手出したら、てめえら全員果たす!”だから」

「ちょおっ!待って!?なんで一言一句違わず覚えてるかな!?」

「だってすごい言葉だよねえ。もう公開プロポーズみたいだもん」


うわあと顔を真っ赤に染めてベッドに転がる空に思わず笑う。


「で、で!?公開プロポーズのあと教室を出て行ったんでしょう?何話したの?キスはした?」


志月がここぞとばかりに攻めはじめるのを眺める。自分から話が逸れたこともそうだが、何よりあのあとのことは私も少し気になっていたのだ。空は恥ずかしがって話さなかったが、あの時のことがきっかけで二人はちゃんと付き合い始めたのだから。


「い、言わない!そ、それよりたけちゃん!たけちゃんと風の話に戻そうよ!」

「私はさっき話したじゃない。あ、この際だから空は獄寺のどこが好きなの?」

「ええっ、ここで!?今!?」


空の目はチラチラとクローゼットの方へ向けられる。クローゼットの中には武と隼人くんが仲良く隠れている。


「私が言ったんだから言えるでしょ」

「ええっ……ええっと、うーっ」


顔を真っ赤にしてうろたえる空にさすがにいじめすぎたかと思ったところでタイミングよく流衣のケータイの音がなった。


「あ、もう食堂に移動だって」

「えーっ、まだ何にも聞けてないのに!」

「また今度ゆっくり聞こうよ、志月」

「仕方ない!今日は見逃してやるか!」

「風と空も一緒に行く?」

「そうね、一緒に行くわ」


ここで顔を合わせるのも気まずいし、と志月と流衣とともに部屋を出て食堂へ向かった。


だから私たちは知らない。クローゼットから這い出してきた二人が赤くした顔を見合わせ微妙な表情をしていたなんて。









……
(風!さっきの嬉しかった)
(あ、あれは志月に問い詰められたからっ)
(でも嘘じゃねえだろ?)
(嘘じゃない、けど……っ)
(俺も好きだぜ)
(………!((ここ食堂なんだけどっ)


(お、おい!空)
(は、隼人……!)
(さ、さっきの……)
(え?)
(チッ!なんでもねえっ!さっさと行くぞ!)


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