王道的なドッキリ企画

今日はたくさん予定があったおかげで妙に疲れた一日目になった。というより、飛行機で到着してすぐにイベントがあること自体、強硬手段にもほどがあると思う。


ホテルは、豪華すぎるほど豪華でもない普通のホテルだった。私たちは二人部屋で、ツインルームなためベッドも二つある。


しばらくは自由時間だが、2時間もすればすぐに夕食になるため宴会場へいかなければいけない。


その間にお風呂を済ませなければいけないのだが、いかんせん人数が多いため大浴場より個室のユニットバスを使った方が楽だと先生から言われた。直訳すると、大浴場は迷惑になるから部屋で入ってこいよ、である。


「お風呂どうする?」


「ここですませちゃえばいいと思う。大浴場までいくの面倒だもん」


空の言葉にうなずいて、どっちが先に入るかは、私が先になった。ラフティングで川に入った後、軽くシャワーはさせてもらえたのだけど、まだ髪が軋んでいるのだ。


「じゃあお先」


お風呂の用意をしてユニットバスへ入る。湯船を貼れるわけでもないから、さっさと済ませてしまおうと、早速服を脱ぎ始めた。







風がお風呂場へ入っていき、しばらくしたころ部屋のインターホンが鳴らされた。


のぞき穴からのぞくと、そこにはなんとたけちゃんと隼人がいた。


「どうしたの?」


ドアを開けながら二人に問う。この二人も確か同じ部屋だったはずだ。ただし、今日は大部屋で10人くらいで雑魚寝になるらしい。男女に扱いの差が出ているが、双方から苦情は出なかったから、きっといいんだろう。


「わりいんだけど、風呂かしてくんね?」


その予想外の言葉に目を瞬かせる。


「男子部屋は風呂場ついてねえんだよ」


「あ、そっか」


「でも、大浴場だと混むだろ?だったら、空たちのとこで借りた方が早いよなってなったんだ」


「うん、いいよ!とりあえず入って」


着替えを持ってきたらしい二人を中に入れると、物珍しげに部屋の中を見回した。


「本当に女子は個室なのなー」


「チッ男女差別じゃねえかよ」


「男子とは事情が違うんです―」


「そういや、風は?」


「風は…」


ふと、ここであたしによこしまな考えが浮かんだ。


というのも、普段からかわれてばかりだから、ちょっと仕返しをしてやろうと思ったのだ。といっても、本当に少しドッキリをしかけるだけのつもりだった。


「風は、ちょっと外に出てるの。すぐ帰ってくると思うよ」


「ふーん?」


「それより、たけちゃん先に入ってきていいよ」


「?でも、空も入ってねえんだろ?」


「あたしはここが部屋だから、夜ご飯の後でも入れるもん」


「そっか、じゃあ、獄寺もいいか?」


「さっさと行け」


「おう、じゃあ、先に入らせてもらうぜ」


にこやかに告げてお風呂場へ向かったたけちゃん。ベッドに座っている位置からはその姿は見えなくなるが、きっと鍵が閉まっているドアが開けられようとしたら風も驚くだろう。


にやにやしながら耳を澄ませていると、ガチャとドアが開く音がした。


……開く音がした?


「え…」


バタンというドアが勢いよく閉まる音。そして、たけちゃんの上ずった声に、もしかして、と最悪な予想が頭をよぎる。


風だから、きっと鍵は閉めているだろうと思っていた。


思っていたのだけど…。


「ど、どうしよ…」


これは本当に起こられるかもしれない。


隼人の方を見ると、なぜかあきれ顔だった。


「は、隼人…」


「自業自得だバカ」


この一連の流れを瞬時に理解したらしい隼人が肩をすくめる。


そして、ぼそっとつぶやいた言葉にあたしは心底たけちゃんと風に申し訳なくなったのだ。


「生殺しもいいとこだな」


ふらっと壁の影から出てきたのはたけちゃんだった。


顔を片手で押さえてうつむいているが、耳は真っ赤になってしまっている。


「……おい、大丈夫、か?」


それは珍しいほどの隼人の気遣いの言葉だった。でも、そう確認してしまうほどたけちゃんはふらふらな状態だった。


「た、たけちゃんごめんね?まさか鍵を閉めてないとは思ってなくて…」


声をかけると、たけちゃんの体はまたふらりと傾いて背中を壁に預けたかと思うとそのままずるずると座り込んでしまった。


「たけちゃん!?」


「……ほっとけ。しばらくは使いもんになんねえだろ」


「た、たけちゃん、本当にごめんね!」


「……やべえ…。ちょっと、これは…、反則、だろ」


体育座りをして座っているたけちゃんはその膝と腕に顔をうずめて完全に顔が見えなくなった。


隼人に目をやると、ほっとけともう一度言われる。


「たっく、くだらねえこと考えやがって」


「だって、風だよ!?鍵かけてると思うじゃん!」


「だからって、していいことと悪いことがあんだろうが。まあ、気い抜いてたテメエもテメエだな」


気配は常に読めって教えられただろうが。


吐き捨てられた隼人の言葉に、たけちゃんが微かに頷くのが見えた。


そのとき、お風呂の扉が開けられ、風が出てきた。


初めにあたしと目があった時、睨み付けられたけれど、そのあとに床に座り込んでいるたけちゃんを見つけて肩をすくめた。


「空、入ってきたら。それとも、武?」


呼ばれたたけちゃんの肩がびくりと跳ねる。


「た、たけちゃん先入る?」


「先入ってきやがれ。空」


「わ、わかった…」


すぐに出せるようにしてあった着替えなどを持ってお風呂場へ向かう時、風にあとで覚えときなさいよとつぶやかれた。


それにぶるりと体を震わせながら逃げるようにお風呂場の中へ入る。そして、あたしはしっかりと鍵をかけた。







気を抜いていたともいえるし、考えなしだったともいえる。


しかし、誰が予想できるだろうこんなこと。


私たちは今まで一緒に暮らしてきていたが、お風呂ドッキリという同棲にありがちそうなものは今まで経験したことはなかった。それは、お互いに気を付けていたからだし、お風呂に入るときは必ず誰も入っていないかを誰かに確認を取ってから入るようにしていたからでもある。


だって、男女4人で同棲している状態で、お風呂ドッキリなんて気まずいにもほどがある。


そういうわけで、今までそういう出来事はなかったのだ。


それが、まさか、修学旅行先で起こるなど誰が予想できるだろう。


シャワーも済ませ、タオルで頭を拭いているとき不意にガチャ、という扉特有の金属音がした。


かと思うと、開かれる扉。最初はもちろん空だと思った。それよりも鍵してなかったっけ?と頭に疑問符を浮かべた。


そして止めるなどという考えが浮かぶまでもなく、扉は開かれたのだ。


そこにいた人物を見て、体がコチンと固まった。


相手も固まっていて、お互い見つめ合うコト数秒。相手はドアノブを握ったままだし、私はタオルで髪を拭いている恰好。つまり私に至ってはショーツを履いただけで、他は何もまとっていなかった。


「…あ、う…っわ、わり、あっ」


口をパクパク開閉させた武が言葉になりきらない言葉を発した後、ようやく思い出したように扉を閉めた。


しかし固まること数秒。思わず頭を抱えたのは言うまでもないだろう。


まずどうして武がいるのか、空はどうしたのか。今、何が起こったのか。


「………気まずい…」


思わずつぶやいた言葉はここから出る気をなくすには十分な威力を持っていた。しかし、だからと言っていつまでも脱衣所にいるわけにはいかない。


とりあえず、今更になってしまうが鍵を閉めて、さっさと着替えて、ドライヤーもしてから、意を決して部屋から出た。


部屋の外に出て最初に見たのは、気まずそうにしている空。空を一睨みして、他を見回すと、呆れ顔の隼人君と壁際でうずくまるようにして座り込んでいる武がいた。その顔は腕とひざに隠れて何も見えない。


とりあえず、どちらかにお風呂に入るように促した。


着替えを持ってきているところを見ると、私たちの部屋に入りに来たのだろう。男子は大浴場で済ますように言われていたはずだし。


空がそそくさと風呂場へ消えていくのを見送り、私は隼人君に目を向ける。


「…これは、空のイタズラってことでいいのよね?」


「ああ、まあな。鍵が閉まってるもんだと思っての行動だと」


「…落ち度は私にもあるとはいえ…。とりあえず、武、いつまでそうしてるの」


「、ちょ、待ってくれ。今は顔みれねえ…」


顔を動かした武。少しだけ見えた耳は、珍しいほどに真っ赤になっている。


女子だから、だろうか。自分の裸にそこまで赤面されるような何かがあるようには思えなかった。もちろん、男子に見られることに抵抗はあるし、それが武でも同じだ。断じて露出狂ではない。


ただ、ここまで顔もあげられなくなられるとは思っていなかったのだ。


「……隼人君、どうしたらいいと思う?」


「ほっとけ。そのうち自分で折り合いつけるだろ」


そして、隼人君はこの空気に耐えがたくなったのか、タバコと言ってベランダへ出て行った。


修学旅行先でタバコって大丈夫なのかとは思うけれど、まあなんとかなるだろう。


私はとりあえず洋服をしまって、ベッドの上に座りながら本を開いた。内容は一切頭には入ってこないが、何かしてないと落ち着かなかった。


「…風」


「ん?」


「…わり」


「うん」


「つーか、なんでそんな普通にしてられんだよ・・・」


「・・・普通、ねえ」


未だに頭に入ってこない文字列を眺めながら呟く。どこが普通だというんだろう。未だに武の方を見ることができないというのに。顔が赤くならないのはいいことなのか悪いことなのか。これが風だったら、きっと真っ赤になってしまっているのだろう。


そちらの方がどれほど可愛げがあるか。


平静を装ってしまうのはもはや意地だろうな、と思いながら肩をすくめる。


「これでも、だいぶテンパってるのよ?」


「俺のことからかってねえ?」


武の方をみると、やっと腕から顔を上げていた。その顔は未だに赤いが、拗ねたように唇をとがらせて私の方を睨みつけている。


「顔真っ赤」


思わず指摘すると、気まずそうに目をそらし、やがて頭をかきむしった。


「あーっ、くそ。頭冷やしてくる」


そう言って武はベランダへと出て行った。


本当にここまで動揺している武なんて珍しい。それだけ意識してくれていると喜べばいいのか、意外だと驚けばいいのか。それとも、この気まずさに嘆けばいいのか。


考えることも面倒になって、私は再び活字へ逃げることにした。


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