結局、ほかの奴のところに転がり込んでそこで雑魚寝した俺。今は、朝食を食べるために食堂にきていた。 座る場所を探せば、空が珍しく一人で食っていた。それを見つけたのは俺だけじゃねえ。あの野郎も見つけたみたいだった。いま、あいつと合わせたら空がまた泣くかもしれねえ。 何があったのか知らねえが、あいつに泣かれるのは本位じゃなかった。 俺は南の野郎の前をわざと横切って空の隣に腰掛けた。 「よお」 隣に腰を下ろせば、こいつは一度俺の方を見ただけですぐに目の前にある盆に視線を落とした。 顔を覗き込めば、化粧で隠されてはいるが、うっすらと目の下に隈が見える。思わずため息を吐き出していた。 「…昨日寝てねえだろ」 「寝た」 表情を変えることなく淡々と言ってのける空。しかし、その直後に漏れるあくびは、隠しようがなかった。あわてて顔をそむける空を見てどれだけ意地っ張りなんだと再び溜息をつく。 「じゃあ、その眼のしたの隈はなんだ」 「……メイク」 「………」 「突っ込んでよ…」 「ああ、悪い。本気で言ってんのかと思っちまったじゃねえか」 「バーカ」 減らず口はいつもより威勢がなく、調子を狂わせられる。盆の上に載っている朝食と思われるパンは、細かくちぎられてぱらぱらと皿の上に落ちていた。きっと、無意識だ。これをあとでこいつは食わねえんだろう。 今は何を言っても無駄か、と思ってさっきの南がどこにいったかを見回せば、意外なことにすぐ真後ろにいた。ほかの奴が楽しそうに話している中、話に入ってはいるが、空を気にしているようだ。 あいつと目が合わないうちに体制を戻して、朝食を口に運び始める。 「やっぱり、先輩と付き合うなんて夢みたいなことだったのかな…」 朝食も食べ終わるというときに、ぼそりと隣から呟かれた言葉。そのか細い声は、食堂の喧噪に飲まれてしまいそうな声だった。 驚いて隣を見れば、難しい顔をしてバラバラになったパンを凝視している空。なんて答えようか考えをめぐらすが、そんなもの思いつくはずもない。第一、あんな奴と付き合う空の気がしれなかった。最初っから気に食わねえ野郎だ。 だから、空の言葉には答えず盆を持って立ち上がる。 「今日、お前も試合なんだろ。今のうちに休んどかねえと体が持たねえぞ」 「…うん」 呟いた空を見てから、俺は盆を片づけに席を立った。あいつが、あんな調子だと、今日の師範との試合は身が入らねえだろう。あとですべて解決して正気に戻った時に悔しがる空が容易に想像できてしまった自分に思わず口端をあげた。 それから勉強部屋にいき、空の隣で昨日と同じように勉強していたが、隣の空はぼーっとペンで紙をつっついているだけだった。 師範との試合に呼ばれ、俺は席を立った。隣の空が気になってはいたが、早くいけと前の奴にせかされて、舌打ちをしながら出て行った。 たどり着いたのは、空手場。正直、俺は師範との試合だろうがなんだろうがどうでもよかった。ただ、さっさと終わらせて帰るのみだ。 「来たな」 待ち構えていたのは床にあぐらをかき、腕を組んで座っている師範の姿。 「来なくていいんなら俺はもう帰るぞ」 「まあまあ、お前はどうせ大会なんて出る気はないだろ?」 「当り前だ。こんなの空に付き合わされてるだけだ」 「だろうな。まあ、その割には筋がいいから俺としては出てほしいんだが」 「ケッ、誰が人の踏み台になるかよ」 「まあ、そういうってわかってたから、今日はお前に話があって呼んだんだ」 「ああ?話だと?」 しれっと試合はしないと言ってのけたこいつは、いつもひょうひょうとしていて何を考えてるのかわかんねえ奴だ。けど、言っていることはいつもまともだったりするから、嫌いではない。もちろん好きでもないが。 「チッ、さっさとすませろ」 「お前ら、昨日何かあっただろ」 その言葉に瞬時に浮かんだのは空の顔だった。しかし、素直にそんなことをいえるはずもない。 「なんのことだよ」 「…そろそろあいつも限界みたいだからな。苛々が頂点に達してきている。南が切れたら、お前も危ないぞ?」 「どう危ないっていうんだよ」 「あいつの腕は俺が認めている」 「ハッ、んなもん知るかよ。あいつがどれだけ強かろうが、向かってくんなら果たすまでだ」 そう、今までそうしてきた。向かってくる敵、十代目に仇為す敵はすべて果たしてた。それと変わらない。守る対象が少し違うだけで変わらない。 「…目を離すなよ。空から。じゃないと、南にかっさらわれるぞ」 「今現在、てめえのせいで目を離してるっつーの」 チッ、と舌打ちをうち、話は終わったというように踵を返した。 「俺は、お前の見方なわけじゃないからな」 後ろから聞こえてきた声に、何も答えずその部屋を出た。出た瞬間から早足になりながら、勉強部屋へと向かう。 かっさらわれる、か。そんなことになったら、春日の奴がうるさそうだ。と眉をしかめ、勉強部屋の扉を開けた。 中に入って、ここを出たときに座っていた場所を見れば、いるはずの空がいない。ほかの席に移ったのかときょろきょろと周りを見回すも、部屋の中に姿は見えなかった。 「あ、空?」 自分への問いかけに、そっちに顔を向ければ、いつも空と仲良くしている女がいた。小首を傾げて、立っている俺を見上げてくるこいつに、空がどこに行ったのかを聞く。 「空なら、南先輩がつれていったよ。カップルだからって、こんな時までデートに行かなくってもね」 くすくすと楽しそうに笑うこいつ。つーか、あいつが連れて行った?嫌な予感が頭をよぎった。 「あ、でも、いつもみたいに甘い雰囲気ではなかったかな?もしかして喧嘩中とか?」 そこまで呟いたところで、隣に座っていた奴と話し始めた女を置いて俺は急いで部屋を出た。 どこいったんだよっ! 「あんの師範、あとで果たすっ!」 あいつが呼び出しさえしなければ、こんなことにならなかったんだ。 「あれ?そんなにいそいでどうしたの?」 声をかけられて、前から歩いてきた奴の顔を見れば、俺と同質の奴だった。確かかなりそれなりに年上だったはずだ。 「おい、あの野郎見なかったか」 「あの野郎って、もしかして南?南なら、空ちゃんとさっきあっちの会議室に―――」 すべて言い終わらないうちに俺は駆け出した。 言い合いをしたり、話をつけるだけならいい。 ただ、さっき師範の奴が言った言葉が妙に気になっていた。頼むから、何も起こらないでくれっ。そう願いながら走るしかなかった。 |