放心が呼ぶ名

「ちょっと外してもいいかな」


「え?どちらに…」


空達のクラス劇が終わり、全校生徒に感想を聞いて回るインタビューが始まった。それから直ぐ、席を立った南様の一言に生徒会役員一同の視線が彼に集中した。私は、遠くから見ているだけだけれど。


「さっき怪我してたの放置してたから。保健室行ってくるよ」


「あ、はい…」


「でも確か保健室って今人いなかったんじゃなかったか」


先程の出血、まだ止まっていなかったのね。聞こえてきた会話に耳を傾けつつ、ちらりと南様の様子を伺えば、どこか苛立っているようにもみえた。


きっと、今の劇の配役が急遽変更になっていたことが、お気に召さなかったんでしょうね。


「手当くらい一人で出来るから。暫く頼んだよ」


「はい!」


役員に笑顔を向けた南様は、私に見向きもしないで体育館を後にされた。─当たり前、よね。


「あまり気は進まないけど…」


あの方の損ねた機嫌を直せるのは、ただ一人だけ。私に出来るのは、あの子を彼の元に向かわせるくらいね。






***

「皆、お疲れ様ー!急な配役変更にも対応して、無事舞台を終了できました!ほんっとよくやったよー」


「けっ主犯が何偉そうに言ってんだよ」


「主役外されたからって拗ねないの。隼人もよくやったぞー」


「なっ!ガキ扱いすんじゃねー!」


ボソッと呟いた隼人の頭を撫でて、劇中の活躍(カンペ)を褒めてやれば、バッと手を払われてしまった。もう、素直じゃないんだから。


そんな彼の態度に周りは笑って、口々にお疲れ様、と言っていた。皆きっと、この劇に大きな達成感を得たに違いない。だって、こんなにも笑顔が飛び交ってるんだもん。


「たけちゃんも、お疲れ。ラストは、もうアドリブだらけでハラハラしちゃったよ」


その中に見つけた劇主役の一人、たけちゃんに声をかけたあたしは、後半の舞台の様子を思い出して、苦笑しながらそう言った。


「ハハ、けどよ、あれは半分獄寺が悪いんだぜ?」


「その辺はきっちり締めといた。ね、隼人?」


「…ケっ、あれはテメエが言ったんだろうが」


「そのことじゃなくてさ、」


それに対して、たけちゃんから返ってきた返事に、隣にいた隼人を振り返れば、プイッと顔を逸らされた。全く、懲りてないな、隼人ってば。たけちゃんをそそのかしちゃだめじゃない。


「大体あれはテメェが台詞覚えてねーのが悪ーんだろ!」


「だからアドリブで頑張ったじゃねーか」


何だか喧嘩になりそうな二人は置いといて、あたしはもう一人の主役である風の姿を探した。そういえば、緞帳が下りてから一度も目にしてないんだよね。


「!あ、風!」


「───」


やっと見つけた、と思って風に駆け寄る。だけど、風は心ここにあらずといった感じで、あたしが傍によっても全然気がついてない。


何か、こんな風は珍しい気がする。劇中のたけちゃんのアドリブに合わせる事が大変で、やっと終わったって事で、ボーッとしてるとか?


「おーい、風?風ってばー」


「!え、あ…空…」


「舞台お疲れ。…大丈夫?」


「え、うん…、大丈夫」


やっと放心状態から我に返ったのか、あたしの言葉に頷いて返した風は、まるで自分に言い聞かせるように、大丈夫と繰り返した。

何かあったのかな…?


「風、何か──」


「空ちゃーん!桐島さんが呼んでるよー!」


あたしが風に、何かあったのかと聞くため口を開いたそれを遮るように後ろから飛んできた声に、ギョっとした。だって桐島って、ゆりなじゃん。あたし、何かしでかしたっけ?


「空、早く行かないと」


「でも…(行きたくない…」


「私は大丈夫よ。先輩関係の話かもしれないじゃない」


「うっ、じゃ、じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃい」


ゆりなからの呼び出しを無視したら何言われるか分からないし、風の言う通り、南先輩関係の話かもしれないから、ということで、あたしは風に送り出されるまま、ゆりなの元へ向かった。







(ナンデショウカ)
(何で片言なんですの?)
(ご用件は、)
(ちょっとこっちへ来て)

───
(で、お前アイツの承諾とってやったのかよ、アレ)
(!何の事だ?)
(見えた)
(!!──、ハハ)
(─…(とってねぇのかよ…)


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あきゅろす。
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