弁慶だって泣きたいさ

隼人に起こされてから僅か10分で、学校の用意と風の用意してあった朝食をつまんだあたしと隼人は、匠君から借りて一晩中やり込んでしまったゲームを引っつかんで(風に頼まれたんだよね)、家を飛び出した。


「何で学校行くのにローラースケートなんだよ」


「こっちの方が早いもん!ほら、隼人も鍵貸したげるから、チャリ使って」


いつぶりだろうか。あたしは、仕舞ってあったローラースケートを取り出して、はきおわると隼人に自転車の鍵を放り投げた。


「チャリなんかあんのかよ」


「あるよ、ほら早く!」


疑うような眼差しが隼人から向けられるが、それを一切無視して彼の手を引き、マンションのチャリ置きまで急ぎ向かう。多分、今から飛ばしても、間に合う確率は五分五分ってところだ。

いざとなったら、隼人には遅刻してもらうけどね!




***

「何ちゃっかりお前まで乗ってんだよ」


「だって坂じゃん?久々だから、ローラー怖いんだもん」


「振り落とすぞテメェ!」


「大丈夫!隼人につかまってるから!」


「なっ!?」


ギュ───ッ
言うや否や、俺の腰に腕を回して後ろからしがみついてきた空に俺の心臓が大きく脈打つ。有り得ねえ、コイツマジで有り得ねえ。


それでもどこかで、このままでいいと思う自分もいる。だあーくそッ、何か俺、最近おかしいんじゃねぇか?


「ほら隼人!しゅっぱーつ」


「何が出発だ。重い荷物は黙ってろ」


「なっ!今の傷ついた!目茶苦茶傷ついたー!」


「煩ーな。舌かんでも知らねーぞ、アホ女」


「ちょ、えっ?!早ッ!ぎゃぁあ」


その後、坂を下り終わるまで、のーてんき馬鹿(空)の絶叫に近い悲鳴を背に猛スピードで下ってやった。ヘッ、二人いりゃあスピード増して最高だぜ。


「うぇっ。朝ご飯逆流するっ」


「吐くなら降りやがれ!」


隼人の荒い運転で坂を下りたあと、あたしはさっき食べた朝食が逆流しそうになり、片手はしっかり隼人の腰に回して、片手で口元を覆った。吐くなら降りろとか、誰のせいだ!


「隼人のせいなんだから、責任もって学校まで乗せてもらう!」


「責任転嫁してんじゃねーよ!つーか、ローラースケートはいてきた意味ねぇじゃねーか」


だって履きたかったんだもーん、と心の中で呟きながら、大分落ち着いてきた自転車のスピードに隼人にしがみついていた腕を解いて、跨がっていた右足を器用に左側に下ろした。


つまり横座りになったあたしは、隼人の背に体を預けるように寄り掛かってから、隼人に言葉を返した。


「いいから、いいから。隼人は安全運転してくださーい」


「けっ、」


何だかんだ言っても、隼人優しいから。あたしが身体を預けても、それについて文句をいってくる事はない。─そのさり気ない優しさが、隼人のいいところの一つかな。


─隼人の背中あったかくて落ち着く。


それから得に会話することもなく、心地のいい静けさと、穏やかな風を感じながら学校まで向かった。




***

「間に合ったじゃん!流石あたし!」


「…ただ乗ってただけの奴が何言ってんだ」


無事、というかかなりギリで学校に到着したあたしと隼人は、乗ってきた自転車を自転車置場に片付けていた。


隼人なんて自転車おりるなり煙草に火つけて吸いだすし、煙たいったらないよ全く!おまけにもう学校なんですけど!


隼人に煙たいっ、て言っても気にした様子もなく、チャイムがなってないとはいえ、まだ校舎に入ってないのにダラダラと歩く隼人に、あたしの心には焦りが生まれる。


チャイム鳴る前に教室入りたいのに!


あたしが後ろを振り返りながらそう思った矢先、耳に届いたのは予鈴の鐘の音。や、やばい!


「隼人チャイム鳴った!あたし先行くから!」


「なっ!テメッ!こんな時だけいい子ぶんのかよ!」


「だっていい子だもんー!」


あたしが隼人に向かってそう叫べば、何か後ろから怒鳴られたけど、全部聞き流して急いで校舎前の校門をくぐり抜けようとしたんだけど──。


「空、ソレ校則違反だよ?」


「み、南先輩!」


ローラースケートを履いていたあたしは、校門前で待ち構えていた南先輩に腕を掴まれ引き留められた。わっ、朝から会えるなんて感激ーって、そんなこと言ってる場合じゃなーい!


「随分と遅い登校だね、今日から遅刻防止週間なの知らなかった?」


「え!あ、いや……、そのー」


知らなかった!なんて言える訳無いじゃんー!南先輩に失望されちゃうよーっ!


「何でテメェがここにいんだよ」


「隼人…!」


言葉を濁す空の後ろから出て来た獄寺君に、俺の胸中は黒い渦を巻く。─二人仲良く遅刻?俺の空に近すぎるんだよ、獄寺君。


「生徒会長だからだよ。──獄寺君、君遅刻だからこのまま生徒指導室行きね」


「はあ?それなら空だってそうだろーが!」


空の名を気安く呼ぶな。そう思った俺は知らず知らずのうちに、握っていた空の腕に力をいれていたらしい。


「…いた─っ」


「あ、ごめん。大丈夫?」


「はい、何ともありません!」


空の声で我に返った俺は直ぐに、彼女の手を離した。少し赤くなってしまった空の手に罪悪感を抱き、何でもないように笑う空に胸がズキリと痛む。─空を傷つけるつもりなかったのに。


「赤くなってンじゃねーか」


「隼人ってば何言ってんのよー!先輩ホントに何でもないですからね?隼人のアホが大袈裟なだけですから!」


「ンだと!つーかテメェも遅刻組だろーが!おら行くぞ」


「あたし二回目のチャイムなる前に校門くぐ──わっ!?」


無理に空を引っ張るから空が躓くんだよ。でも今回だけ、君には感謝しておこうかな。


「何し──っ!」


「大丈夫?空」


「わっ!ごめんなさいっ南先輩!」


「っ──(相模の野郎っ今わざとやりやがったな!」


前のめりになった(半分俺のせいだけどな)空を抱き留めようと、腕を伸ばした俺は、足に走った激痛にその手が空に届くことはなく、その場にしゃがみ込んで足を押さえる形となった。


その激痛の原因は、足元にある竹箒だが、それをわざと空に見えねェ角度から俺の足を狙って蹴ったのは、俺の代わりに空を抱き留めた相模南だ。


「あれ?何で隼人がしゃがみ込んでんの?」


「ああ、ごめんね。──俺が前に出た拍子にソレ蹴っちゃたから。大丈夫かい?」


「っ!──何ともねーよ」


片腕でしっかり空を抱き留めたまま俺に手を伸ばす相模の手を叩き落し、心配したように俺を見つめる空に心配かけまいと、平静を装い立ち上がった。─本気(マジ)でやりやがるから、足がまだ痺れてんじゃねーか畜生。


ホントは今すぐにでも空を相模から引き離してぶん殴ってやりたいけどな、この足の痺れが邪魔してできねェなんて胸糞わりぃぜ、くそッ。


─それとは違うモヤモヤとしたこの感情は、今の俺にはまだ理解できねェもんだった。




(空、君は先に教室に行って)
(でも、隼──)
(あ、それから今週の日曜日空けておいてね)
(え?)
(デートしよ?今度は二人で)
(!─はいっ)
(ってめえ!)


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