[通常モード] [URL送信]
共に生きたいと願い ◎

元々セインガルド王国の客員剣士であったから急な任務が入ることが多く明確な休暇はなかったが、七将軍になってからは特に休暇は少ない。最年少であるが故に稀に舐められることも多くあり、それをねじ伏せられる多くの功績を上げ続ける事が必要だった。何よりも逆に休暇を頂いて屋敷でゆっくりしていても時間が差し迫っている己にとってはそれすらもどかしく、結局は登城してしまうことの方が多かった。それに屋敷にいるとどうしても「彼女」の面影を追う己がいてどちらにしても怪我をしない限り大人しく休暇をする気にはなれなかった。「彼女」にとって安心してこの屋敷にいてもらうため、何よりも「彼女」が裏切らないでいい環境を作るためには、己が前以上の強さを手に入れること、そして天上王が下手に手を出せばねじ伏せられるだけの権力を手に入れる必要があったからだ。努力のかいありオベロン社の実権を実質握ることができ、記憶を呼び起こしてイレーヌ・レンブラントを味方に取り込むことにも成功した。この状況では己の方が国王陛下の信頼が高いため、ヒューゴ・ジルクリスト──己の父の中に潜む天上王ミクトランは下手に動くことはできない状況まで追い詰めることができた。
そしてようやく「彼女」と再会することができてから初めての休暇を頂いた。と言っても呼び出されることはあるからインナーは普段の七将軍の軍服を着てカーディガンを羽織り、シャルティエを持って部屋を出る。

『久しぶりの休暇ですね坊ちゃん!』
「ああ」
『今日はどうしますか?』
「そうだな……」

とある部屋の前で足が止まるのはもはや癖になりつつある。今はこの部屋の主は帰ってきていた。その現状に少し笑いをこぼし、歩みを進めようとしたそのときドアが開いた。

「うわっ?!」
「キリオ!!」

状況を把握した次の瞬間には反射的に僕は前へと飛び出し、部屋から出てきてなぜか転けたキリオを間一髪で支えた。腕の中で無事の彼女に安堵のため息をもらす。

「大丈夫か?」
「あ、ありがとエミリオ。大丈夫」

苦笑いするキリオに少しだけドキッとした。
時空間の彼方から現実世界へと出た影響からか、彼女の髪は昔に比べとても長かった。体も僕とは違い前の世界の体のままなので、今の僕より身体年齢的には歳上なのだろう。そのためか今初めて本当にキリオを女として意識した。なぜ前はシャルに言われるまで気付かなかったのだろうかと不思議に思うくらい目の前のキリオは間違いなく女性だった。
己の考えていたことに目をそらしたくなる気持ちをこらえ、そのまま支えながらキリオを立ち上がらせ手を離すがまたもやふらつき慌てて支え直す。

「あ、歩き辛いんだけど……何で」
「足に痺れなどは?」
「ないからわかんないんだよ」

眉間にシワを寄せるキリオは本当に心当たりがないようだ。体力が落ちていることを差し引いても異常だ。それにしても、と思いキリオを見る。前の時は口が悪いからと頑なに敬語を貫き通していた彼女を思い出す。なるほど、と少し納得する。言われてみれば昔も戦闘とか熱くなるとよくこんな口調で喋っていなかっただろうか。これが素のキリオなのだろう。
彼女の右肩、いや肩すらほとんどないが、右腕があった場所が目に入り推測が立つ。

「腕がないから体のバランスが崩れているのかもしれん」
「腕一本で崩れるものなのか?」
「無意識にお前が使ったつもりで使えないから、体重が傾きこけてしまう可能性は十分にある」
「なるほど……」

そこで初めて完全に目が合い、完全に言葉を失った。目が紫色である己と違いキリオは目も純粋な黒だった。だが、その瞳にはどんな人も持つであろう光が映っていなかった。瞳孔は物を捉えているため見えてはいるのだろう。ならば、この何もかも諦めたような絶望に見える瞳はなんだ…。この瞳が昔からというならば僕はどれだけキリオのことを見てあげなかったのだろうか。
次の瞬間、本当に一瞬だけ光が映った。その理由を気付けぬほどもう馬鹿ではなかった。まだ、こいつはいまだに僕のことを想ってくれているのか。いまだにこんな僕のことを。
状況に気がついたらしいキリオが慌てて僕から離れる。

「ごごごごめん!!あ、ありがとエミリオ!!」
「あ……いや、謝るな。おはようキリオ」

また倒れようとしたキリオの右側を背中から軽く支える。これではいっときひとりでは出歩かせられないなと思う。

「へ?あ、お、おはようエミリオ」
「何を驚いている」
「えっ……いや、その……人と挨拶するの久しぶりだなと思って」

彼女の発言に少しだけ己の眉間にシワがよった。
少々キリオの時空間の彼方にいた時間の体感を舐めていた気がする。思えばカイル達との旅が終わりひとりの人生が終わってあとも彷徨い続け、僕自身がここまで成長した時間も含めればどれほど長い時を時空間の彼方で彼女は過ごしたのだろうか。そもそも時空間の彼方という存在すら曖昧である場所であるため、僕達の体感よりも長い時を過ごしている可能性だってある。そんなところにキリオは独りで耐え続けた。今思えばこうして彼女が精神的に崩壊していないことすら奇跡のはずだ。辛かったはずだろうに何も言わずに普通に振る舞っている彼女の精神力の強さに素直に感服する。
キリオのその言葉に何も返すことができず数度だけ頭を撫でた。それにびっくりしているキリオに少しだけ笑った。

「朝食は食べれそうか?」
「…………空腹の感覚が麻痺っててわからない。てか、そうか。ゴハン……あったよな」

額を押さえて唸っているキリオに今度は僕の方が苦笑いになる。訂正しておくべきだな。少々所ではなく、かなり舐めていた。
よくよく見ればやけに体のラインが出ていると思ったが痩せすぎか。しかし、そのせいで逆にキリオの剣で鍛えられた筋肉質なところが際立っている。特に彼女の手は女性にしては堅く広い。体が痩せているせいか手の大きさは余計にそれが目立った。
そうだ。キリオは女なのだ。男性よりはやはり力は弱いはずなのに、前の客員剣士の頃を思い出すと体格が似たような男性はおろか、自分よりも余程力のある相手を圧倒的な剣技でねじ伏せていた。それをわずか2年もしないうちに体に叩き込み、最終的にはソーディアンマスター5人をひとりで相手にした。あの双剣ソーディアンを手にしたキリオを一対一で相手をしていたら僕は倒せたかどうか自信はない。
そうなるためにどれほどの苦労をしたのか、それすらも僕は詳しくは知らない。知らなさすぎる。それをキリオを目の前にして改めて感じた。

「それならいきなりは食べ過ぎるな。吐くぞ」
「お、おう……確かに胃が驚きそうだし、固形物は遠慮したいかもしれない」

キリオを軽く支えながら食堂に向かい入ると朝食のいい香りが広がった。

「めっちゃいい匂い……この香り久しぶり……食べ物の香りってたまんないな」

香りにうっとりしているキリオを見ていると本当に幸せそうで笑みが零れる。

「リオン様おはようございます……あら、起きていたのねキリオ。おはよう」

丁度運んできたマリアンに出くわし、走っていこうとしてまた転けそうになったキリオの襟をつかんで戻した。

「何度もご迷惑おかけします……」
「全くもう少し気をつけろ」
「はーい…」
「ふふっ」

朝食の準備をしながら僕達の様子を見ていたマリアンが笑ったので二人で動きを止める。

「マリアンどうかしたのかい?」
「いえ、おふたりがまた揃って笑っているところを見られるのが嬉しくて」
「へっ?」
「ああ。キリオに説明するのを忘れていたな。マリアンもすべてではないが少しだけ前の記憶があるそうだ」
「まじで!?」
「ええ。キリオの事もちゃんとわかるわ」
「覚えてる人がいるって地味に嬉しい」

本気で感動している様子のキリオに今度は僕とマリアンが顔を見合わせて笑った。

「僕とスタン。それにウッドロウはすべてを覚えている」
「ウッドロウも?!」
「ああ。たまたまイクティノスに触れた時に思い出したらしい。あとはジョニーとダリス、それにイレーヌもすべてではないが記憶があるようだ。ダリスはウッドロウから、ジョニーは向こうからつい最近連絡がきたばかりだ」
「そこなんでダリスまで?」
「そこは僕も知らん。だが、連絡が来ない姉さんや、フィリアには記憶がないと考えるのが妥当だろう」
「けどこっちの記憶がないって思ってる可能性は?」
「ないな。覚えているならば、スタンが客員剣士で僕が七将軍であることに疑問を持つはずだ」
「なるほど…………ん?…え」
「どうした?キリオ」

ピタリと固まったキリオに首を傾げる。

「待って。今なんて?」
「覚えているならば、スタンが客員剣士で僕が七将軍であることにというところか?」
「な、なんでエミリオ七将軍?!今更だけどなんでスタンが普通にいたんだ!?え、ていうかスタンが客員剣士でエミリオが七将軍?!なんでそうなった?!」
「説明するから落ち着け」

プチパニックを起こしているキリオをとりあえず椅子に座らせる。マリアンは僕のぶんの食事を置いて一旦下がった。僕はキリオの正面に座りなおす。

「覚えているというのに動かないのは愚行というものだ。だから、ミクトランに対して先手を打つためにまずは権力を手に入れようと考えたんだ」
「けど、七将軍って……そんなに簡単なことじゃねぇだろ」
「ああ。それなりに大変だったが、記憶があるおかげで色々と先回りはできたから難しくはなかった。例えばフィンレイ様の暗殺阻止」
「フィンレイ様って……大将軍生きてるのか?!」
「ああ。だが、ミクトランのフィンレイ様の暗殺計画自体は阻止できたが、流石は天上王と言われただけあってフィンレイ様は命は助かりはしたが重体だった。その影響で剣を長くは握れない体になってしまった。そのまま引退するフィンレイ様の推薦で、僕は入れ替わりにフィンレイ様の後釜として七将軍候補として名前が上がったのは半年前、正式な七将軍として迎えられたのと今度は僕の代わりの客員剣士としてスタンが正式についたのが最近の話だ」
「すげぇ……」

目を瞬かせ驚いているキリオに思わず笑う。そうか。こんな表情をする奴だったのか。

「な、なんで笑ってんだよ?!」
「すまん。『前の時のキリオ』は笑顔しか思い出せないから、今のお前の表情がよく変わるのが面白いと思っただけだ」
「あー、うん。まぁ、確かに笑うことしかしてなかった。笑うことで色々誤魔化してたというか…」

前を思い出したのか苦笑いしているキリオに僕も「前の記憶」を振り返る。今のキリオを見ればよくわかるくらいに『前の時のキリオ』は張り付いたような笑顔だった。当時のキリオの状況を考えれば笑えるような環境ではなかっただろう。笑うことで僕やマリアンどころか、己自身さえも誤魔化していたとしか考えられない。
本人を目の前にすると己の失態や情けなさが浮き彫りでなんとも言えない気分になる。そして疑問が思い浮かぶ。何故彼女は僕を恨まないでいられるのだろうか。何故彼女は今でもこんな僕のことを想ってくれるのだろうか。

「キリオ」
「何?」
「…前から疑問に思っていた。『前の僕』はお前に対して決して良いことをしていない。むしろ、嫌われたり恨まれたり、罵倒されても仕方のない行為すらしている。それなのに何故僕を好きでいられる、恨まずにいられる。スタンならまだしも、何故そんな僕を変わらずに信じていられる」

32歳の時のあの行動は、信頼を失っても、嫌われても仕方のない行為をしでかした。今の僕としてもあれは最低だと思う。むしろ、キリオの立場が僕ならば怒鳴るだろう。怒るだろう。嫌いになるだろう。本人でさえそう思うのに何故当人は不思議そうにしているのだろう。

「別に嫌なことされたからって嫌う理由にはならないっていうか、俺がエミリオを護りたい、好きだと思った理由となんら関係ないから問題ないっつーか。なんだろ……単純に好きだからとしか言えない……ってか、本人目の前に何言ってんだ俺!!」

頬を赤くしたキリオは机にうつぶせてしまった。今の嘘もない真っ直ぐな言葉に少し己も赤くなっているようなので助かったと思う。
しかし、たったそれだけの理由でそんなに傷だらけになって、僕の身代わりとなって、命すら投げ出したというのか。そこまで想われるほど僕はキリオになにも返せたことはない。あげれたものもないのに。段々と眉間にシワがよっていたのかキリオが顔を上げた。

「あーっもう!そんなに深く考えるなよ!本人もよくわかんねぇほどお前が好きだから仕方ねぇだろ!!今更嫌いになんかなれないっての!」

最早ヤケクソと言わんばかりに喋ったキリオに笑いが漏れる。幸せだな、僕は。何をしても許してしまうようなこんなにも一途に思うバカがそばにいるなんて。
嗚呼、信じよう。信じられる。コイツの想いなら変わらずに信じられる。そして、今度こそ答えてやろう。護ってやろう。何度も許してくれたお前の想いを今度こそ無駄にはしない。

「───ありがとうキリオ。変わらずに僕を想ってくれていて」
「へ?」
「お前の分も朝食来たから食べるぞ」
「あ、……うん?」

想いを新たに僕はここから始める。
前とは違う。決して同じ結末にはさせない。誰よりも強くて傷だらけの彼女を護ることこそが今の僕の願いだ。



NEXT→

[*前へ][次へ#]

54/102ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!