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朧げな人(番外編) ◎



「小さい子供なのにやけに大人びている」などこれで言われるのは何回目だろうか。そんなセリフを街中で耳にして、また子供らしくもなく深いため息をついた。
今の私は見た目はただの子供でしかないが、何度も夢に見た「己とまったく同じ容姿と名前の男の人生」を一生分見てしまい子供ではいられなくなってしまった。それが己であることを認めるのに随分と時間を要した。それが本当にあったことであり、本当に自分自身のものだと納得したのは「ソーディアンシャルティエ」もその記憶を有していたと発覚したときだった。



『街の噂なんて放っておきましょう坊ちゃん』

「言われなくとも放っておく」

『どんな坊ちゃんでも僕のマスターは今目の前にいる坊ちゃん、あなただ』

「それは私も同じだ。ソーディアンはシャル以外に考えられない」

『僕たちの絆は時も次元も超える!…なーんてね』

「こうして超えているのだから間違ってないだろう」



神の眼を壊すために別れてしまったシャルティエとこんな形でも再会することができ嬉しく思い笑みがこぼれる。
庭に出てシャルを鞘から抜き筋力をつけるために正確に振り回す。



『そういえば坊ちゃん』

「なんだ」

『ヒューゴ…っていうより、ミクトランの件はどうしますか?』



そのシャルティエのセリフに一瞬剣を振るのをやめるが、またすぐに振り始める。



「シャルは今の父さんをどう思う?」

『完全にミクトランに乗っ取られてると思います』

「やはりか…私もそう思う。今は私たちの秘密は感づかれないようにするべきだ。例え陛下に報告できたとしても、信じてもらえはしまい。1人でミクトランに勝つのが無理なうちは無謀な手出しはするべきではない。それこそマリアンにも危険がおよぶ」

『ですね。大人しくスタンやディムロスたちと合流できる機会を伺いましょう』



ひと息つきシャルティエを鞘へとしまい屋敷の中へはいる。部屋に戻ろうと思い足を向けるがその歩みはとあるドアの前で自然と足が止まった。
この部屋の前を通る度に足を止めてしまう。どうもこの部屋を見るたびに胸が締め付けられるような痛みが走る。それでもいつも、何故かはわからないのに自然と歩みを止めてしまう。そしてなにか大切なことを忘れてしまっているような、そんな感覚に陥る。



「シャル」

『はい、なんですか?坊ちゃん』

「この部屋は誰か使っていたか?」

『いえ、誰も使用していない空き部屋の筈ですけど……。坊ちゃんがよく立ち止まる部屋ですよね?』

「ああ。自分でも何故かはわからんが、どうしても足が止まってしまうんだ」

『坊ちゃん、ここ……今じゃなくて"前"のとき誰かが使っていませんでしたか?はっきりとは僕も思い出せないんですが……』



シャルティエに言われた瞬間、一瞬だけ人影が過ぎった。いつもそこにいるのはわかるのに、声も、顔も、名前も、思い出せない朧げな奴がたしかに記憶の中にいる。その人物が使っていた部屋なのだろうか。だが、それならば声はおろか顔も思い出すのは難しいのも納得する。前の神の眼騒乱のときに壊れてしまったこの屋敷はそれからほとんど使われていなかった。ということは、神の眼騒乱より前の人物ということになる。普通に年寄りと言われるような年齢まで生きたのにそんな前の人物を覚えているわけがない。何より名前も思い出せないなど忘れてしまってもいいような人物なんじゃないか?
そう思ったとき胸の奥が痛む。それを否定するかのように。



「シャル、前の神の眼騒乱の出来事全て思い出せるか?」

『えっ、ええ…多分』

「スタン、姉さん、フィリア、ウッドロウ、マリー、ジョニー、コングマン、チェルシー……違う。やはりおかしい。なにかかけている」

『坊ちゃん?』

「もう一人、いなかったか?あのとき、神の眼を追いかけてスタンたちと旅をした時に、もう一人……」



この部屋に入ってみたほうが早いかもしれないとは思うが、ドアノブに伸びたその手は途中で止まる。



『もう一人……』

「神の眼騒乱の頃の記憶がところどころ抜けているのはきっと……この部屋の人物のせい、なんだろう」

『この部屋に入ればわかるかもしれませんよ』

「開いて良いのだろうか。開けばすべてが変わる気がして……」



自分らしくもなく直感でしかない。だが、不思議とそれは確信だ。ここを見なかったことにすればきっと変わることはなく、あのときと同じように時は進む。逆に言えばここを開けてしまえはきっと自分自身でさえもすべてか変わってしまう。それが怖いというならここを気にしなければいいだけなのに、こうして私は何度も、何度も、何度も、足を止めてしまう。



『坊ちゃんはどう思っているんですか?』

「シャル…?」

『僕はどんな坊ちゃんにもついていきます。だから、大丈夫です!何が起こってもひとりじゃないですよ坊ちゃん。それにスタンならこんなとき考えるよりも先に開いちゃいますよ?』



そう言われてスタンが「何ためらってるんだよリオン!先に入るぞ」と言いながら先にドアを開けた姿が想像出来て思わず口元が緩む。気がついたときにはドアノブをひねっていた。



「ああ、そうだな。スタンならこういうとき考えるよりも先に開けるだろう。まったく……アイツのバカがうつってしまったな」

『いいじゃないですか、少しくらい』

「悪くない」



重いと思っていたその扉は子供の体でも不思議と簡単に開けれた。



「だったら、俺が親友になる!!お前の親友になってみせるから覚悟しろ!!」

「!」



部屋の中を見渡すが誰もいない。だが、たしかに今誰かが叫んだ。心臓の鼓動が早まる。ゆっくりと部屋の中へと足を踏み出す。



「たしかに私は弱い、弱すぎです。あなたの足元にも及ばない。けれど、それを才能がないと言い訳にして諦めたくない」



真っ直ぐに見つめてくるのは黒。黒というよりも漆黒に近い。そうだ。私も黒髪だが、彼女は髪だけではなく瞳まで純粋な黒だった。
ゆっくりまた1歩踏み出す。



「もうひとりでなんて抱え込ませません!私も同じように背負います」



綺麗だったはずの彼女はボロボロになりながらも諦めず確実に実力をつけ隣に立ってみせた。彼女の努力は底なしに存在していた。ああ、そうだ。私の大切な……初めての友人だ。彼女は私が、僕が初めて認めた……親友だ。



「俺はエミリオの味方。それだけは何があっても変わらない」



そういった彼女は僕たちを裏切って何も語らず、そして死んだ。
静寂に包まれる部屋は綺麗に手入れがされていた。客室のようで最低限の机とベッドと収納棚があるくらいで生活感は一切なかった。



「…俺は……この結末を…覚悟していた…リオン・マグナスの……エミリオ・カトレットの命こそ……俺の全て…」



すべては私のために尽くした人だ。きっとこの世の誰よりも、私を愛してくれた人だ。そして本当に、そのまま私への想いを貫き消えて行った。
自然と机へと足が向いた。そして鍵付きの引き出しが目に入る。



「ここは……」

『坊ちゃん?』

「そうか。シャルは知らなかったな。この鍵付きの引き出しに彼女の日記が入っていたんだ」

『彼女…?』

「もう少し…もう少しなのに……名前だけが出てこない」

『ここ開けてみましょう坊ちゃん!』

「……ああ」



私は確信があるかのように取っ手を引くと鍵はかかっていなかった。代わりにそれほど大きくはない箱が机の中に収められていた。その箱には小さなレンズがはめ込まれていた。



「これは……」

『コアクリスタルをそのレンズに近づけてみてください!』



シャルティエの真剣な声に箱のレンズにシャルティエのコアクリスタルを近付けると共鳴するように光り、カチッと何かが外れた音がした。シャルティエをベッドの上に置き私は箱を開けた。



「指輪、と手紙?」

『坊ちゃん、これはハロルドの技術です。どうやら僕のコアクリスタルとだけ連動するようになっていたみたいです』

「!…ということは恐らくはシャルティエのマスターか、それとも私個人へなのか。いずれにしろ私たちへ向けたものなのはたしかなようだ」



箱の中に入っていたのは指輪と手紙らしき紙だった。私は惹かれるように指輪に触れた瞬間、頭が揺さぶられるような感覚が走り床に膝をついた。脈打つように頭が痛む。



「くっ……」

『坊ちゃん?!』



酷い頭痛の中に一瞬だけ、だが鮮明に朧げだった人物の姿がよぎった。その時に自然にその人物の名前を口にしていた。



「───っ……キリオ、ああ……そうだキリオ…」



思い出した笑顔ももはや朧げな部分も多くて、忘れていた己に腹が立った。声でさえあっているのか判別がつかない。



「何故キリオのことだけを忘れていたんだっ!」

『キリオ?……って、ああああ!!』



覚えていると言ったのに忘れかけているどころか本当に忘れていたなど許されるだろうか。
キリオ・アキヤマ。どこか毛色の違う名前で、そして珍しいくらいに純粋な黒髪と黒目だった。何を言われようと隣に立つことを諦めず食らいついて客員剣士の称号まで勝ち取った。その命を落としてまで、人を殺めながらも守り通すという矛盾を抱え最後の最期まで戦い続けた大切なかけがえのない親友。そんな彼女をずっと尊敬していた。そして彼女のことを思い出す度にほんの僅かな後悔を抱えていた。親友と言いながら抱えていた苦痛に気づいてやれなかったことに、手を差し伸べてやれなかったことに。
強く拳を握りそして気がついた。私は今は子供であることに。それに僅かな希望を見出す。たしかにこの記憶は私であって私でない記憶だ。今の私が生きるのに無視しても構わない記憶だ。だが……



「シャル、思い出したな?」

『ええ、きちんと思い出しました』

「ここはキリオの部屋だな」

『そうです。キリオの部屋です』



箱の中に入っていた紙が目に入り取り出す。その紙を開くと少し雑な昔の文字が書かれておりすぐに目を通す。



〔リオン・マグナスへ
ハロー☆元気ー?そりゃあんたのことだから元気か。ご察しの通りこの箱はシャルティエにしか開けられないように私が作ったわ。その時代にミクトランが復活してるからわざわざ作ってやったのよ、感謝しなさい。
指輪に関してはアンタなら察しがついてるでしょ。揺さぶりをかけて記憶が蘇るようにしておいたわ。
さて、本題に入るわ。この手紙書いた理由はアンタに伝えたいことがあるからよ。
歴史は変えちゃいけない。それは当たり前。すでに起こった歴史を変えることはどんなやつでも、たとえ神様でもやっちゃいけないこと。それは一緒に旅したあんたなら充分わかってると思うわ。でも、今この手紙を読んでるあんたは「前とはまったく別物」よ。今この時を進んでるのはそこに今生きている人たちよ。ぴょんぴょん時代を飛んだわけでもないから「似たような歴史を繰り返してる別の世界」として考えるのが妥当ね。これも一種の歴史を改変した副作用かも知れないわ。今後のいい研究テーマになりそう♪っと話が逸れたわね。そういうことだから、「私たちの記憶にある世界の未来とは別の未来に変えても問題はない」と私は判断したわ。
けれど、私たちは「変えないこと」を今から選びに行くって決めたわ。実はねソーディアンチーム全員前のソーディアンの記憶もあったのよ。だからあんた達の時代のことも、今から起きることも全部わかっちゃってね。みんなで相談して、たくさん考えて、あんた達の時代に繋げることが私たち「千年前」のやることだって結論になったわ。これはソーディアンチーム全員の意志だから気にしちゃダメよ。あのときも言ったように無駄死にでもなんでもないんだから、私たちは私たちの運命と向き合っただけ。
でも、あんたたちは「変えなさい」。思いっきり変えちゃいなさい。運命なんてものぶち壊しちゃいなさい。カイルとリアラが証明してみせたように想いは運命を超えられるの。私たち千年前のソーディアンマスター全員の想いを千年後のソーディアンマスターたちに託すわ。この天才科学者ハロルド・ベルセリオスが遺した最後の研究課題証明して見せて。
あと、シャルティエがキリオのことを覚えてなかったのは私が封印してたからよ。あんたが思い出そうともしないならこれ見せる価値もないし。あっ、文句は全部シャルティエによろしくね〜☆

じゃ、伝えること伝えたからさいなら〜☆あ、ついでにキリオのことも助けておいてね〜☆
指輪はアンタの好きにしてちょうだい。

ハロルド・ベルセリオスより



我らがソーディアン、世界越えても変わらずにマスターと共に。
未来を頼んだよ。そして、我がマスターであり、友人であり、私の家族でもあるキリオの命を君に託す。

カーレル・ベルセリオスより〕




内容に少しだけ笑いが漏れる。本当にハロルドは変わらないな。



『坊ちゃん?その手紙はもしかして…』

「ハロルドとカーレルからだ。どうやらシャルが覚えていなかったのはハロルドのせいのようだな」

『はい。すみません坊ちゃん…。今思い出しました』

「私はどうやら試されたようだ。流石は天才科学者か」

『そういえばあのふたり、キリオのソーディアンでしたよね?』

「ああ。そうだった。だが、キリオがあの日海底洞窟のときまで黙っていたし、ジューダスのころも表立っては話そうともしなかったからソーディアンマスターということ以外ほとんどなにも知らない……。ああ、そうだ。私は本当にキリオのことをなにも知らない、な」

『坊ちゃん?』

「親友と言ったのにキリオの好きな物ひとつ思い浮かばないんだ。家族が何人いるかとか。何が嫌いなのか。ソーディアンたちとどんな話をしていたのか。休日に何をしていたのか。そういう何気ないことを……私はなにも知らなかった」

『自分のことを話す人ではありませんでしたからね』

「いや、私が聞くべきだったんだ。もっとキリオに興味を持って聞くべきだった。もっと知るべきだった。そうすればあいつの苦しさに少しでも気付いてやれたかもしれない」



そうすれば、彼女は生きていたかもしれない。



「シャル、私はキリオにもう一度会いたい。会ってもっと多くの時間を過ごして、キリオのことを知りたい」

『坊ちゃん。あなたの考えていることはきっと簡単ではありませんよ』

「ああ」

『それでも、いいんですね?』



シャルに言われて目を閉じて落ち着いて考えを巡らせる。
前の時、キリオの知る未来ならば海底洞窟でスタンたちを裏切り死ぬのは私、だった。そんな私の未来をキリオは変えた。それがどれほどの苦行を味わったかは、キリオの境遇やあの日記を思い出せば想像は容易にできる。簡単なはずはない。それを彼女は己の命を投げ出してまでやってみせた。そう、できないことはない。すべてをかける覚悟があるなら。



「キリオはその簡単ではないことをたった1人でやったんだ」

『そう、ですね』

「ならば今度は私が……僕がすべてを、人生をかけてキリオを助ける。それだけのことだ」

『わかりました。ならば、もちろん僕もソーディアンとしてできる限り坊ちゃんのお手伝いをします!』



信じてやることが出来なかった事への後悔。ずっと抱えてきた想い。あいつのことを僕はもっと知りたい。もっと同じ時間を過ごしてみたい。その為にはキリオを生かす。



「シャル、僕はキリオを助けたい。だから、付き合ってくれるか?」

『あ、当たり前です!僕のマスターは坊ちゃんです!だから、付き合うのは当然です』

「ありがとうシャル。……行くぞ!」





新たな始まり


(そして数日後私はマリアンと出逢い再会した)



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